7/21/2013

私の音楽ー4 フォークソング

中学の頃
中学の頃はクラッシック音楽にのめりこんでいたので、自分で音楽をやる
というこは無かった。
兄はベンチャーズコピーバンドをやっていたが、私はエレキには全く
興味がわかなかった。それよりもクラッシク音楽のことしか頭に無かった。

日本フィルが当時テレビ番組を持っていて、その公開録画があった。
応募したら抽選で当った。
上野の文化会館だった。日本フィルの演奏で指揮は渡邉曉雄さんだった。
渡邉曉雄さんは長身で日本人離れした風貌でとにかく格好良かった。
曲目はベートヴェンの交響曲第6番「田園」全曲とブラームスのビオラと
チェロのための協奏交響曲の2つだったと思う。
でももう1曲アンコールで何かの序曲をやったような気もする。

演奏はとにかく素晴らしかった。開場と同時に走って一番前の席に座った。
そこから聞こえるオーケストラの音はレコードでは絶対に聴けない音だった。
それが良い音といえるのかどうかは知らないが、
最前列のバイオリンの音から最後列のコントラバスの弦をこする音まで
全て聞こえた。
コンサートが終わって家に帰るまでブラームスの旋律がずっと頭に流れていた。

高校の頃
中学の終りくらいからフォークソングが流行り始めたように思う。
記憶ではアメリカンフォークと日本のフォークはほとんど同時に始まったように思う。
アメリカンフォークでは「漕げよマイケル」(Highway men)や「花はどこへ行った」などが
歌われるようになった。「Tom Dooley」の方が先だったかもしれない。
日本では「バラが咲いた」が口火を切ったと言えるのではないだろうか。

とにかく高校に入った頃にはフォークソングブームだった。
私はどちらかというとアメリカンフォークばかり歌っていた。
下の写真は高校2年の時だろうか。
同級生の鈴木と一緒に文化祭で歌った時だ。
しかし何を歌っていたのか思い出せない。
私が弾いているギターは何だろう?底の方を見るといわゆるセミアコのような
金具がついている。
この頃自分のギターは持っていなかったので、誰かから借りたのだろう。



鈴木と一緒に歌ったのはこの時だけだと思う。
その後、中学の時に同級生だった石川と一緒に歌った。
その時はどこかのステージで歌うということは無かったと思う。
その頃、タウン誌でフォークソングのメンバーを募集しているのを知り、
連絡してみた。降矢という人が仲間を集めていた。
そのグループにはPP&Mをやっていたグループと他に何人かいたように思う。
私は降矢が古いアメリカンフォークを好きだったので、二人で演奏していた。
Cripple CreekやWildwood flower,Worried man,などの曲をやっていた。

二人では三鷹公会堂、神田の駿河台にあった小さな公会堂、ジャンジャンなどで
演奏したと思う。神田では高田渡さん、ジャンジャンでは名前を忘れたが誰か
女性フォークシンガーと一緒だった。

降矢は両国の「フォークロアセンター」を教えてくれた。
ダルシマーを見たのはそこが最初だった。
Jack Eliotの歌を聴いたのもそこが最初だった。

高校の時の同級生に久美ちゃんという女の子がいた。
久美ちゃんは同じく私の友人とデュエットを組んでいて、Ian & Sylviaのカバー
をやっていた。初めて彼らの歌を聞いた時驚いた。
久美ちゃんの声はシルビアの声にそっくりだった。これまでイアンとシルビアの
カバーバンドはいくつも見ているが、久美ちゃん達を超えるグループを知らない。
あの声をもう一度聞きたい。
久美ちゃんと一緒にやっていた男は私の親友だった。

高校のスキー合宿の時の写真。
37番が私。下の右端が久美ちゃん。