10/14/2026

ネオンライト

 いつだったか、まだ私が札幌にいた頃だと思うけれど、
何かの件で藤沢だったかに行ってその帰りに
東京の友達の家に何人かで行って泊まったことがあった。
あれはなぜ行ったのか思い出せない。
ワンルームのきれいな部屋だった。
たぶんバンド(その時はもう活動していなかった)の関係か
たまたま私が札幌から帰っていたので誘ってくれたのか。
女性2人と男2人だったと思う。
ほとんど寝ずに夜を明かしたと思う。
そこで友達がレコードをいろいろかけてくれた。
そのレコードの中にクラフト・ワークがあった。
クラフト・ワークはその時初めて聞いた。
その中のネオンライトと言う曲がとても良かった。
その友達の家の窓から街の明かりが見えてきれいだった。

それがすごく印象に残ったので、札幌に帰ってから
そのレコードを買ってずっと聞いていた。
東京に戻ってからクラフト・ワークのライブにも行った。
あれは中野サンプラザだった。
おかしなコンサートだったけど知ってる曲ばかりで
楽しめた。

その「ネオンライト」は今聞くとあの時いた
友達の家を思い出す。
それと札幌のアパートから夜によく行った
ジャンプ台のあたりから見えた札幌の街の灯りを思い出す。
その二つが一緒になって
とても懐かしい。
ちょっと怖くて、ちょっとさみしい
友達と仲良かった頃を思い出す


渋谷1974

 

1974年の渋谷のハチ公前の写真というのがあった。
なんというかこれはあの時だろう?と思ってしまう。
例えば右の端にいるのは自分と友達のように思える。
そんなことはないのだろうけど、そう思いたい。
右手に交番があった。
ちょうどその前にいた。
学生の頃中の良かった友達とそこで別れた。

それっきり会っていない。
会いたいとは思ったけれど、
向こうも忙しそうだった。
込み入った話も聞いていたから。
また会おうとは言えなかった。

ずっと後になって、電話で話した時があった。
その時は田舎に帰ってお母さんと暮らしていた。
私は声を聞いて少し安心した。
精神的に不安定になっていると聞いていたから。

それからまた膨大な時間が過ぎてしまった。
周りの友達は皆行ってしまっている。
だから時々思い出す。
1974年というのはそういう年だった。



10/11/2026

10歳の時に記憶したメロディー

 このところずっと見ているOne Step Beyondだけれど、
期せずして子供の頃の記憶がよみがえった。
ストーリーは全く覚えていなかったし、どういう話だった
のかも覚えていなかった。ただエピソードの中で
幽霊の子供が「マーマー マーマー マママママーマー」
と歌うように母を呼ぶ声を覚えていた。
これにはメロディーがあった。
ただ単に平たんに言っているだけじゃなかった。
今日、ドラマを見ていて話がそこに至る前に
その声とメロディーを思い出した。
このエピソードはその後一度も見ていない。
だからあれは10歳の時の記憶だ。




Alex North's 2001

 知らなかったのだけれど、キューブリックはAlex Northと言う人に
2001のサウンドトラックの作曲を依頼していたそうだ。
それは実際には使われなかったので当人は怒ったらしい。
その人の曲はCDになっているそうだ。
YouTubeで聞くことができる。
これを聴いてみたけれど、映画音楽だ。
リゲッティやシュトラウスの音を聴いてしまった今では
ひどく安っぽい映画音楽に聞こえてしまう。
だけど、これが他の映画で使われたとしても
全く違和感なく聞いてしまうと思う。
ちゃんとした映画音楽だから。

ちょっと気になったのはストラヴィンスキーの「春の祭典」あるいは
「火の鳥」に出てきたフレーズに似たフレーズが出てきていることだ。
なんでわざわざ似せているんだろう?
ひょっとするとキューブリックが彼に
「ストラヴィンスキーのような普通のクラシックじゃない曲を・・・」
とか言ったのだろうか?
リゲッティーは普通のクラシックじゃないから、
そういうことを言っていてもおかしくはないと思う。
だけどリヒャルト・シュトラウスもヨハン・シュトラウスも
普通のクラシックだ。
(なんでどっちもシュトラウスなんだ?)
しかしツァラトゥストラはあまりにもシーンに合いすぎて
いるように思える。
ドナウの方は曲の時間から選んだのかなあ?
それにしても映像にピッタリだ。こっちは今となっては
これ以外考えられないくらいだ。

まあ、映画音楽じゃなくて良かった。と思う。






10/09/2026

硤合反応

硤合反応という漢字を見て、
これはキレート反応みたいなものか?
と思ってしまった。
 挟むという字に似てるでしょう?
でも先生の名前だった。

この反応というか鏡像体と言う話は中学の時に聞いた。
あれは「科学教室」とかいう東京都がやっていた
各学校から中学生を選出して小平の学校で皆一緒に
学校では習わないことを習うというものだった。
私はそれが面白そうだったので、先生が選出する前に
自分であれに行きたいと希望した。
その時先生は「あれは、お前、成績がすごくいい生徒が行くものだぞ」
と言った。橋本先生と言った。
皆にあまり好かれていない先生だった。
でも先生は私を選出候補に選んでくれた。
それで行くことになった。

確かにそこでやってることはまだ学校で習っていないこととか
があった。何かの公式で黒板に書かれた数式は全くわからなかった。
それでも意味だけはわかった。
その教室だったと思うのだけど、
味の素はどうやって生まれたか?
という話があった。
なぜかよく覚えている。
味の素を作った人は昆布を何トンも煮詰めて
そこから「味」の元となる物質を抽出した。
それがL-グルタミン酸ナトリウムだった。
その人はその物質を合成しようと思った。
こうすればできるはずだという反応を考えて
それでグルタミン酸ナトリウムを作った。
しかしそれは全く美味しくなかった。
調べてみると光学鏡像体が同数混ざりあっていることがわかった。
L型とD型が半分ずつ混ざっていて、
L型はおいしいがD型はおいしくない。
それらを分離することができなかった。
ところが生物が作り出す物質は全てL型になっている。
そこでその人は微生物を利用してこの混合物から
L型だけを取り出すことに成功した。
だから最初の「味の素」は微生物の助けをかりて作っていた。

という話なのだけど、今回の硤合反応はその混合物のうちの
片方の物質をほんの少し触媒として加えると、反応はその触媒と
同じ型のものを多く生成し始め、その生成された物質がまた
触媒としてそっちの方向に反応を進め、結果として非常に純度の高い
物質を生成できる。

というものだと思う。
正確に何の物質についてかは知らないけれど、
そういう感じだと思う。

なんと硤合先生は私と同い年だ。
























10/07/2026

シャルル・ミュンシュ

 そういえばいたよね指揮者の「ミュンシュ」
と思ったのだけど、Charles Munch と言う名前を見て
なんか違うなぁ。という思いがした。
「ミュンシュ」はいいけどチャールズじゃない。
あの人は何ミュンシュと言っただろう?
とずっと考えていた。
昔の音楽雑誌などを思い出していた。
そうだ「サルル・ミュンシュ」だと思いいたった。
絶対にこう言っていた。
ベルリオーズの幻想交響曲なんかこの人以外に考えられなかった。
ところが「サルル」では検索に出てこない。
出てきたのは「シャルル」だ。
とそこでやっとわかったのはCharlesの読み方だ!
そうかチャールズさんだったんだ!
とやっとわかった。
だけど記憶にある70年代のFM放送なんかでは
絶対「サルル」と言っていたと思う。
しかも「サルル・ミュンヒュ」と誰か言っていた
とさえ思う。
明日古い音楽雑誌を調べてみよう。



500年前

 現代から500年前にもどるというショートムービーが流行っているようだ。
たまたまそのうちの1本を見た。
青年が現代の車(BMWか何か)に乗ってドライブしているうちに
500年前の世界に入り込んでしまうというもの。
当然当時の人は驚くけれど、そんなに大騒ぎはしない。
城内の大将は町の発明家を呼ぶ。
発明家と青年はすぐに仲良くなる。
お互いの技術を教えあう。
そのうち戦争が起き、発明家は青年を車が隠されている場所に
案内し、青年は城から車で逃げだす。
発明家は馬で彼を追い、青年が去ったことを確認する。
その後も発明家は何年も何年も彼が去った場所に行ってみる。
すっかり歳をとるが、彼が帰ってくることは無かった。

というなんでもない話なのだけど、とても良かった。
他の同じような動画をいくつか見たけれど、この動画が一番良かった。
エキセントリックなことは起きず、話は淡々と進んでいる。
Aiかもしれないが、特に青年がいい感じだ。
それと発明家もそれらしく好感が持てた。
ああいう体験なら青年役でも年取った発明家役でもどっちでもいいから
やりたい。




10/06/2026

皆忘れてほしい

 もう私のことを知ってる人も残り少なくなっていると思うけれど、
小学校、中学校、高校、大学、社会人1年目、社会人6年目、
社会人8年目、社会人9年目、それからその後もずっと
私を知ってる人は私のことは忘れて欲しい。
何を言ったのか、何をしたのか、何をしなかったのか
全て忘れて欲しい。

夢が辛いんだ
昔の嫌な自分が出てくる
いや、そうではなく
昔の嫌な自分を知ってる人たちが出てくるんだ
湯面も中の自分は今の自分
だから、昔の自分がどんなだったかを知ってる
その頃の自分がいた世界が再現される
それは辛い
自分のことを皆知っている世界にいる
私は申し訳ないし
皆その頃の私を知ってるから
皆が成功していても
私はそうじゃない
そんな中で言葉を探し、
皆のことを伺いながら何かしようとしている
何もできない
できるようなふりをしているけれど
何もできない
夢っていうのは、もっと楽しいものじゃないのか?
なぜいつも責めるような夢なんだ?
夢の途中で嫌になって目が覚める
タブレットを点けて、画面を見る
何を見るでもなしに
流れてくる画面を見ている
そのうちいつの間にか眠ってしまう
そしてまた無間地獄に陥る
朝までそんなことをしている


10/05/2026

1915年11月14日の奇跡

 またOne step beyondの話だけれど、気になったので調べてみた。
それは1915年11月14日の22時30分に起きた奇跡のことだ。

フランス軍の兵士4人が戦闘中に空にまぶしい光が現れ、
その光を見て戦闘意欲を無くし武器を捨てて基地に戻ってしまった。
彼らは脱走兵として死刑宣告を受けた。
彼らはみな戦争中なのにそれとは関係ないシーンを見て戦争が
嫌になって基地に戻ってしまったのだった。
その光は同時刻にフランドル地方でイギリスの自動車部隊にも目撃され
また東プロイセンのロシア人歩哨によって報告された。
あるいはイタリア歩兵中隊の作戦行動を中断させた。
またイギリスの海峡上空を飛行していた連合軍の偵察機に
よっても発見された。
同じ時刻に1000人以上の目撃が報告されている。

というものだけど、これは本当だったら面白いと思って、
この日付時刻 November 14, 1915 22:30 で検索してみた。
すると何件かヒットした。
しかしいずれもこのドラマOne step beyondを見た人の話で
同じようにこの話は事実だろうか?と疑問を持った人達だった。
その大元の事実を述べている人はいなかった。
これは単に当時の出来事をネットから見える形で載せていない、
ということかもしれないけれど、
恐らく創作だろうな。
関連するとしたら1915年のクリスマスに例のクリスマスの奇跡
が起きていて、これは事実だから。
それにインスピレーションを得て使った話だろう。







映画を観てきた

 開示日の映画だけど、
ストーリーとかはどうでもいいけれど、気になったことは
途中で女性アナウンサーが言葉にならない言葉をしゃべるシーン、
あのしゃべり方は他の映画で無かっただろうか?
どこかで聞いたことがあるように思う。
それが思い出せない。

最近では映像を公表しても「Aiじゃないか?」
と言われてしまうから、証拠となる映像を出してきても
だれかが「Aiだ」と言えば皆はAiだと信じてしまう。
映像の信ぴょう性は著しく失われていると思う。
だからその映像が本物だと実証するにはどうしたらいいだろう?
たぶんその方法は無いかもしれない。
あらゆる可能性が示されたら誰も信じない。

だから実際に自分に降りかかってこない限り
信じることはできないだろう。
「ゴジラが東京に現れた」と言われても信じないだろうし、
東京タワーが宇宙人に壊されたと言われて映像を見せられても
信じないだろう。
だから実際にかなり大変なことが起きて、それが映像として
TVで流れても信じないかもしれない。
「あれは誰かがCGで作ったものだ」とか
「あれはAiの映像だ」とか
言って信じないだろうから、世の中はすぐにはパニックにならない。

昔アメリカでSF小説をラジオで朗読したら
みんなそれを現実に起きたことだと思って
パニックがおきたということがあったけど、
今では起きないだろう。
インターネットで「本当のことだ!」と言われても
すぐには信じないだろうね。

昔のSFでは宇宙人が現れて「人類は戦争をやめるべき」
とか言って平和裏に終わるような話があったけれど、
高度に知的な存在が現れても戦争してるだろうね。
そんなものには負けずに戦争してる。
きっとそうだ。


9/30/2026

昨日見たOne Step Beyond(世にも不思議な物語)のエピソード

 あのドラマはどこまでが本当の話かよくわからないけれど
全部作り話と思われる回とこれは実際にありそうだ
という話がごっちゃになっている。

昨日の話はサンフランシスコの大地震を予知した男の話で
結局誰も信じてくれなかったけれど、
一組の老夫婦だけは彼の話を信じて助かったという話。
話はそこでおわるのだけど、最後にナレーターが
「もう一つの物語がある」と言い
「ユタ州オグデンの鉄道電信技士が受け取ったメッセージでは
地震のことを伝え、衣料品と食料を送るように促していた。
その電報は地震の4時間前に届いたものだった。」
という話を言っている。

ほんとかどうかわからないがそういう話は好きだ。
ちょっと検索してみたがその電報に関するものは出てこなかった。
しかし当日家族宛てにおくられた電報と言うのは残っていて
自分たちが無事だと伝えている

この電報を見ると日付は入っているが
時間は入っていないようだ。
全部が同じフォーマットだったかどうかはわからないけれど、
時間が記録されていたかどうかわからない。
後から作った話かもしれない。

もうひとつ気になったのは1906年4月18日の何かの文章が
地震のことを書いているようだ。
スタンフォード大学の資料らしいから胡散臭い話ではないだろう。
地震について語ってるらしい。
しかし地震は4月19日なのになぜ4月18日の日付なのだろう?
紙面が小さくて内容がわからない。


概要
1906年のサンフランシスコ地震と火災の回想を、カリフォルニア州サンフランシスコのミッション成人センターでの高齢者向けオープンハウスでランドグレーブが語った。
とあるのでのちに当時のことを語った話らしい。
それで前日のことを話しているのかもしれない。


夢日記その**

 電車に乗った。
どこか田舎の駅だった
人は大勢いた
渋谷に帰ろうとしていた
切符を買おうとしていた
すると中にいた駅員が作業をやめて外に出てきた
そして「これで乗れます」と言って切符をくれた
その人と一緒にホームで電車を待っている
するとホームの向こうから電車が入ってきた
なぜかホームの左側に入ってきた
近くに来ると電車はとても古い電車で
茶色で、まるで昭和初期の中央線のようだった
その一番前の車両の一番前のドアから入る
中は人でいっぱい
私は端の方に寄るけれど
さっきの駅員さんと離れてしまう
そのうちどこかの駅に着く
どこだかわからないけれどそこで降りる
大きなホールのような、デパートの1階のような
天井の高い広いところにいる
外にでようと思う
向こうに広い階段がありみなそこを歩いて行くらしい
そこに行くとガラスの扉があり
そこを出ると間の抜けた階段のようなものがある
それが下の道路まで続いている
ビルの4階くらいの高さがある
大きな梯子のような状態で
そこを1段ずつ飛び越えるように降りていく
隣に女性がいてやはり一緒にその梯子のような階段を
下りて行く
無事に下まで降りた時にその女性と顔を見合わせて笑う
全く知らない人だ
私のシャツの胸のポケットにカードがいくつか入っている
出してみるとPASMOが入っている
「なんだ、これで電車に乗れたじゃん」
と思う

今回の夢の見どころ:
梯子のような階段を下りて行く時
飛びながら階段を下りる感覚が気持ちよかった
あれが現実だったら絶対にできない