5/18/2026

突然思い出す記憶

 ヴェイロン・ラクロアって何だっけ?
さっき急に浮かんだ。
ナントカ、ヴェイロンラクロアだ。
癪だけど検索した
そうだ、ロベール・ヴェイロン・ラクロアだ!
誰だっけ?
ピアニストだ。
そうだピアノ伴奏でよく聞いた名前だった。
メインの演奏家としてはあまり聞かなかったように思う。
例えばアルトゥール・グリュミオ、ピエール・ランパル
ソチエタ・コレルリなんかの名前と一緒記憶していた。
どうもピアノというよりクラブサンの奏者として有名だったみたいだ。

もうひとつ「たんす歩道橋」だ。
もうあんまり都内には行かないし、都内の交通情報も聴かないから、
どこだっけ?
と、すぐには思い浮かばなかった。
使わないと記憶は奥の方にしまわれてしまう。
六本木ね
IBMがあったとこだね。
あの歩道橋を渡ったことはあるだろうか?
たぶん無い
道のどっちか側を歩いていたから
たんす歩道橋ね
覚えておこう

5/17/2026

スチームパンクな夢

 というか、スチームパンクはかなり夢に近いと思う。
造形物にしてもそうだけど、映像になるとこれはほとんど
夢だ。

AIが作り出した架空の創造物だから
それが何かはわからないでも
それは夢の創造物に近い。

私の夢にはよく青空と星空が出てくる。
青空には何か浮かんでいる
真っ白な何か
それが何かはわからないけれど、巨大なもの
星空もよく見る
星は満天の星で星座を形作っている
それをじっと見ていると
星々が動き始める
星々はそれぞれ色が付いている
時々その中に巨大な宇宙船のようなものが現れ
私は家の陰に隠れて見ていたりする
それと電車だ。
本当に毎回のように電車が出てくる。
どこか遠くの街にいる。
そこから家に帰りたいのだけど、どこをどう帰っていいかわからない
たいていは雰囲気は栃木とか埼玉とかだ
どこの駅から何線に乗ればいいかわからない
あるいは路線を間違えて全然別なところに行ってしまう。
あるいは切符を買う場所が無い。
そうだ、夢の中では必ず切符を買わなければいけない
PASMOで乗るなんてことはできない。
家に帰り着いたことが無い
それどころか最後までどこにいるのかわからない

それと駅だ
駅の構内
各プラットフォームに行く通路
渡り廊下
何番線なのかわからないホーム
ホームの途中から止まる電車の行き先が違っている駅

夢の渋谷駅で降りてどこかの店で何かを買わなければいけない
という夢があった。
渋谷で降りるのだけれど、全くわからない。
知らない街
記憶をたどり、青山通りを行けばお店があるはず
だけど青山墓地のような場所に出る
すこし高くなっていて坂の向こうにビル街が見える
そっちに行こうと思うのだけど
途中でいくつもの路地に分かれていて
どこを行けばいいかわからない。

だいたいそんな感じの夢だ。
でもそういう夢で迷っているのはまだいい夢だ
仕事のことで責められる夢よりずっといい







5/16/2026

ライブで歌う

コマツことWilliamという友人が清里で歌を歌うのだけど
一緒にやらないか?
と言ってきた。
別に何の問題もないので「いいよ」と言った。
考えてみると人前で歌うのはたぶん5年ぶりくらい。
最後はデュエットで歌っているルー&クリポンという
イアンとシルビアのトリビュートバンドに招待された時だ。
招待と言っても1曲歌ってと言われてJohn Stewartの歌を歌った。
それがたぶん5年くらい前だ。
その前は亡くなった松尾のバンドに参加した時だから、もう7年くらい前だ。

それで来週清里に行って二人で演奏する。
と言ってもメインは彼なので私はギターを弾いて
ハモをちょっとやるだけ。
コマツと二人でやるのはたぶん20代の頃に三鷹の家で
練習したときくらいだ。
コマツ、William Hamesは今は著名な写真家だ。
The Bandのラストワルツの時代からロックミュージシャンン
の写真を撮っている。
多くのレコードジャケットのカバー写真もやっている。
当時憧れたミュージシャン達の写真を撮っている。
考えてみるととても不思議だ。
あの頃の仲間が、憧れだったロックバンドの写真を撮っている。

彼とやる曲はその昔一緒にやっていた曲だ。
たぶん練習一切無しでもエイヤーで歌えると思う。
しかし、先週練習したことをもう既に忘れている。
あの歌の出だしはどうやったっけ?
と思い出せない。
重症だ。
電話で前の日に現地でちょっと練習しよう
ということになった。

しかし一体どういうシチュエーションで
どういう人たちの前で演奏するんだろう?
彼の関係だから音楽関係だろうか、
そうだとすると緊張するな。
有名な人とかいたらまずいな

逆に昔のロックを知らない人ばかりでも困る。
「あの人たち何歌ってるの?」ってことになるかも。
昔キングストン・トリオのカバーバンドを学生の時に
先輩の人たちとやっていたことがある。
ある日、知らない人の結婚式に呼ばれて
歌を歌うことになったので、キングストンの歌を何曲か歌った。
それで最後に新婚夫婦からリクエストがあって
トワエモアの「空よ」をやってくれということになった。
それをなんとか歌って帰る時に、
どうも何かおかしいと気が付いて、
呼ばれたのはキングストントリオのカバーじゃなくて
キングトーンズのカバーバンドだったのではないだろうか?
と私は思った。
先輩にそれを言ったらしばらく黙って考えていて、
「帰ろう!急いで!」と3人で急いでそこを離れた。
ということがあった。
一般の人は恐ろしい。


5/15/2026

夢を見る理由

 というのをYouTubeで見た。
曰く、記憶を整理して嫌な記憶を和らげているとかなんとか、
それはどうかな?
私はその夢によって絶えず嫌な記憶を思い出させられている。
決して和らいでなどいない。
忘れていたことも夢で思い出させられている
ふだん思い出さないように気を付けていることも
夢では何の障害も無く出てくる
それは何だ?
最近では夢がつらい
だけど夢を見ない日は無い
「わかった!頼むもうそれは見せないでくれ!」
と言っても無駄だ。
夢はそれを楽しんでいるように新たないやな記憶を出してくる。
こっちが忘れているのに、
なんでそれを知ってるんだ?

夢は記憶を整理するというより
潜在している記憶を掘り起こしているように思う
それが当人に必要なものかどうか、お構いなしに

5/13/2026

羽田空港第3ターミナル

 昨日は香港から帰ってくる妻を迎えに羽田に行きました。
羽田はきれいです。
昔は羽田は古臭くて成田がきれいでしたが、今は逆です。
先週行った成田はどこも古くて、エレベータも汚くて、
あれはリフォームした方がいい。
少なくとも国際空港のそれではない。

羽田は家から車で飛ばして40分くらい。
昨日は8時20分到着予定だったので、ピザを買って早めに
行って車でたべようと思ってた。
着いたのが7時45分くらい。
十分時間があるなと思っていたけれど、一応到着時間を
確認しようと思い時刻表のところへ行って見たら
8:05になっていた。
ああ、早く着くんだ、と思い、到着ロビーでそのまま
待つことにした。
しかし8:05になったら、到着時間が8:35になった。
どうしたんだろう?と思った。
ロビーは大勢の人が待っていた。
8:35になって、「着陸済」の表示が出た。
それからが長かった。
なかなか出てこない。
広東語を話している人たちがどんどん出てくるけど
なかなか現れない。
最初の予定時間から1時間くらいしてやっと出てきた。
何かの理由で着陸をやり直して、栃木県の方まで回って
帰ってきたらしい。
まあ、無事に帰って来てよかった。

ロビーで中から人々が出てくるのを見ていたが、
よくまあこんなに違う人種がいるもんだと思った。
太い人、細い人、巨人のような人、
いろいろだ。
あそこで名前を書いたカードを胸の前に持って
誰かを待っている人が何人もいるが、
名前しか知らないんだろうな。

全くでたらめな名前を紙に書いて
胸の前にかかげてあそこで立ってみんなの様子を
見ていたら暇つぶしにはなりそうだ。

5/11/2026

ハングの仲間

 一昨日のことだけれど、フェイスブックで私が最初にハングを
習った伊豆のエリアのところを見ていた。
今、誰か知ってる人は残っているのかを見ていた。
インストラクターの力也氏はまだ元気だ。
たぶん私より20歳くらい若いから。
当時の校長の西野さんの姿は見つからなかった。
でもホームページには会長として載っていた。
西野さんはハング選手権の第一回優勝者だった。
確か私より10歳くらい年上だったように思うけど。

知っている名前をずっと探していた。
パラグライダーの方には何人か当時の人がまだ飛んでいるようだ。
そのスクールではもうハングの講習をやっていないので
ハングの人は見当たらない。
ただ「マユミちゃん」という人が私と一緒にハングを練習していたが
その「まゆみ」という名前のパラグライダーの人が2人いた。
顔を見ても、似ているかもしれない、としかわからない。
二人のうちの一人はそうかもしれない。
ハングをやめてパラにしたのかもしれない。
笑い顔とかマユミちゃんに似ている。
ハングをやっていた女性でもう一人「まりちゃん」という
私より20歳以上若い人がいた。
彼女は見当たらなかった。
10年くらい前にバイクでそのエリアに行った時はまりちゃん
はまだそのスクールに行っているようだったけど
その後はわからない。

一緒にハングをやっていた男は3人いた。
一人は事故で亡くなってしまった。
ああ、ミツキ!
あのはにかんだような笑顔を忘れない。
あとの二人の名前は見当たらない。

今日になってフェイスブックでお知らせが入った。
ハングのEguchiさんという人からだった。
この人は足尾山の人だ。
ハング仲間の女性が病気で亡くなったという知らせだった。
動画が付いていた。
見ると足尾の東テイクオフから彼女がテイクオフしてランディングする
まで入っていた。
16年前の動画だ。
サングラスをしているのでわからない。
知っているようでもあるし、知らないかもしれない。
東テイクオフの映像はとても懐かしい。
地面の感じも山の様子も私が飛んでいた頃のに似ている。
テイクオフのすぐ前に立つ杉の木もそのままだ。
その杉の木に衝突して亡くなった学生がいた。
時々話をした人だ。
彼は一番大事なスイングラインのチェックを怠って
グライダーに手でぶら下がった状態で飛んでしまった。
それで目の前の杉の木の幹にぶつかってしまった。
彼のお葬式にも行った。

私が最初にいた伊豆のエリアの力也氏の友達リストに
この足尾で私が習った板垣さんというインストラクターの
名前があった。
どういうつながりかは知らない。
板垣さんも世界的なハングフライヤーだ。

その亡くなった彼女の動画を見ているうちに
なにかとても悲しくなってきた。
足尾のスクールはもう無い。
確か板垣さんが新しいスクールをやっているはず。

パラは便利だけど、飛ぶという意味で
ハングは格別だと思う。
高い空の上から真下を眺めながら飛ぶのは
何物にも代えがたい。

5/10/2026

ロイヤルエンフィールド

 昨日海岸通りを走っていたら左車線前をロイヤルエンフィールドの
350ccが走っていた。色は薄い水色。型は私が以前借りたもの
と同型だった。

これの水色版だった。
乗っていたのは小柄な女性。
しばらく並走していたが、遅いので私が先を行った。
信号で止まった時、出だしてエンストしたらしく、心配で
しばらくバックミラーを見ていたが、すぐに立ち直って
走り出したので安心した。

それでさっきフェイスブックを眺めていたらレンタル819で
ロイヤルエンフィールドの何機種かを貸し出す予定らしい。
残念ながら上と同型のものは無かった。
350ccのものはあった。
どうやら上の古いタイプの改良版みたいだ。
でもこの色は好きじゃない。
あまりにインドっぽい感じがする。
古いタイプの気品というか繊細さが無い。
あんまり借りたいとは思わない。

2年前に北海道で乗った350ccのロイヤルエンフィールドは
あまりに重すぎた。あれは何キロあったんだろう?
たぶん250kgくらいあったような気がする。
私が乗ったクラシックのは190kgくらいだと思う。

しかし昨日みたエンフィールドは良かった。
あれだったら乗ってみたい気がする。





今日の盗聴

 今日は朝一でAU光に電話して、3月に解約したのにいまだに請求書が
来ている旨を確認した。
その結果KDDIではなく当時に契約させられたニフティーの方から
の請求だった。ニフティーは3月に解約受けました、のメールも
もらっている。
問題はその電話で何度も「ニフティー」という名前を言ったことだ。
電話は固定電話からしている。
脇にスマホを置いていた。
電話を終わって机に戻ってスマホを開いてフェイスブックを開いたら
NIFTYのCM動画が流れた。
ちなみにニフティーは全く利用していない

5/09/2026

木のこと

 この前、ナラノキだかエノキだか書いた時に木の種類を
調べるために図鑑を買ったのだけれど、これが非常に難しい。
樹木の皮膚とか葉とかで調べるわけだけれど似ている木は
ほとんど同定不可能だ。

それでGoogleはどうだろうか?と写真を入れたら結構正確に
出てくる。樹木の全体像ではほとんどわからないが、
葉と枝の拡大写真を入れるとほぼ同じ樹木を言ってくる。
だから木の種類を調べたいときは、枝と葉をズームして写し、
葉の表と裏側の葉脈をはっきり写し、枝に対する葉の付き方
をきれいにとるとかなり正確に同定できるようだ。
それでもはっきりしない場合は図鑑の説明を読むとだいたい
「これではないだろうか」というのがわかる。
今家の周りの木の名前を全部調べている。

5/08/2026

記憶の照らし合わせ

 今日は香港に行く妻を成田に送って行った帰りに
浦安の兄の所に寄った。
まあ、お互い頻繁には会っていないのでたまに会うと
老けたなと感じるのだけど、
それも最初だけで話をしているとそんなことはどうでもよくなって
昔通りの兄がいた。

それで昔、子供の頃の記憶をお互いに出し合って話したのだけど、
共通して覚えていることと、どちらかが記憶しているけれど
どちらかは全く覚えていないことがある。

共通して覚えていることは、父によく日本橋の三越に連れて行って
もらい、帰りは東京駅からトレーラーバスで吉祥寺まで帰ってきたこと。
これは私も覚えていたけれど、どこへ行った時かは覚えていなかった。

三鷹の街で家の近くに歯医者があったことは私は全く覚えていなかった。
ああ、そうだ近所の兄の同級生の鈴木幹夫さんが最近亡くなったそうだ。
街のことは兄の方がよく覚えていた。
でも細かい所は私の方が覚えていた。
例えば近所の広場や学校の校庭にスクリーンを立てて
映画観賞会をやったのは兄も私も覚えていた。
しかし何の映画だったかは兄は覚えていなかった。
学校でやったのは「我は海の子」、広場の方でやったのは
「しいのみ学園」と「つづり方教室」だった。
他にもやったと思うけれど、私はそれしか覚えていない。

今はジブリになっている日産厚生園とか三和グランドとかは
私も覚えていた。

・・・・・・・

大阪のこと。
私は小学校5年の4月から、5年生の終わりまで高槻にいた、
と思っていたけれど、兄によると私が小学校5年の夏に行って
5年生の終わりに三鷹に戻ったそうだ。
そういわれるとそうだと思い出した。
半年しかいなかった。しかし記憶の中では1年くらいの長さだ。
家の前の国道を戦車が時々通ったこと、
家の前の空き地で花火をやって傍の材木屋に怒られたこと、
駅に行くまでに母が好きだったたこ焼き屋があったこと、
中学校と私が行っていた小学校の分校は同じ敷地にあって
脇に堀があってカメがたくさんいたこと、など。
私は西は淀川の土手から南は枚方まで自転車で行ったことが
あったけれど、兄はほとんど遠くには行かなかったこと。

北側の山によく登ったこと。
一度漆で兄がひどくかぶれたことを、兄は全く覚えていなかった。
私は手が少しかぶれただけだったけれど、兄は全身にかぶれが出た。
その時は母も焦っていたのを覚えている。
家の風呂場に蛇が出て、それを私が塵取りで外に逃がしたこと。
これは二人ともよく覚えていた。
家に来ていた叔父がたばこの火で座布団を燃やし
私の父母に怒られていたことは、私は覚えていたけれど
兄は知らなかった。
引越しした日に頼んだ蕎麦のタレがものすごくしょっぱくて
そのままでは食べれなかったこと、は二人とも覚えていた。

ちょっと兄の記憶が変なところは、高槻の家があった場所、
兄は実際よりも駅の近くだと思っていて、「もうすっかり
変わっていて、行ったけどわからなかった」と言っていた。
兄は家の場所を数百メートル間違えている。
家があった場所はまだそのままあるし、家自体は2階家に
変わっているけれど、雰囲気はそのままで今もある。

面白いことに、兄はその家の脇をもう少し行った3差路の
所まで行ったらしく、「その三叉路はまだある」と言っていた。
そこまで行ったならなぜ家の場所を見なかったのだろう?

いろいろ違いがあって面白い







5/06/2026

今朝の夢は面白かった

 自分の部屋にいると突然隣の部屋(少し床が低くなっていた)の
真ん中に空から何か長い棒のようなものが落ちてきた
とても速い勢いで床に刺さった。
刺さったまま赤い炎を上げてシューシューと音をたてて、
その炎が天井くらいまで上がった。
私は「これは夢なの?!現実なの?!」と叫ぶ
炎の中から大きな人間型の何かが出てきた
私はまだ夢なのか現実なのか考えている
その人型のものに襲われないかと心配している
私はそばのカメラを取り出し、それを写そうとする
しかし、カメラがうまく操作できない
・・・

そこまでしか覚えていない。
その後のシーンは
会社だ。
顔を知っている女性が机に座っている。
その人が「これを全部片づけてくださ」と言って
私の私物を全部持ち帰るように言う。
私はそれを全部箱に入れて
どこかの机に置く
どこだかはわからない。
するとまたさっきの女性が
「これ直してください」と私がいた場所の机の上の
金属板の縁にあるボルトが緩んでいるのを指さす。
私はレンチでそれを回して固定する。
すると板の一部が変形しているのに気が付く
レンチでそれを叩いて直そうとするけれど
うまくいかない。
そうだ金槌があったはずだ、とそれを探す
頭が平らになった金槌があったはずだけれど見つからない。

・・・・・・・

一番大事なことを忘れていた。
夢に母が出てきた。
私が部屋に汚れた服や下着、ごみなどを置いていたので、
それを片付けようと思って部屋に行くと
全部なくなっていて、部屋に母が立っていた。
母は何も言わずにそこに立っていた。
笑ってもいなかった。
母が全部きれいにしてくれていた。
そこに立っていたのは確かに母だった。
その何でもやってくれる存在としての母を感じたのは
たぶん何十年ぶりかだと思う。
懐かしいような不思議な感じだった。
そういう母の存在をずっと忘れていた





5/04/2026

木が違った

 この前「ムクノキ」と言った木は
本当はエノキだったみたいです。
今日改めて近接した写真を撮ってきた。
すごく似ているのだけど、葉の裏をみたら
葉脈は左右対称ではなく不対称だった。
つまり完全には対称ではなかった。
エノキの可能性が高い