9/24/2026

今朝の夢

 面白かったので書いておこう

上野駅だと思う。
とてもごちゃごちゃした街で私は駅を探している。
大きな建物で人が大勢出入りしているところがあったので
そこが駅だろうと思ってその建物に入るけれど、
改札が見つからない。
切符売り場も見つからない。何度も出たり入ったりして
外の方も歩いたけど切符売り場が無い。
その景色はカラーなのだけどとてもごちゃごちゃしている。
スマホを出して地図を見ようとするけれど、
よく見えない。
しかたなくその建物を出て、記憶の中で秋葉原の方に
歩いて行く。
広い坂道を人々と一緒に下って行く
途中から突然コンクリートの堀のようなところに出て
その堀の端にある細い、とても細い道を歩く
両側はビルが建っているが、両脇の下はかなり高さがある
その道を平気でどんどん歩いて行く。
最後の所は滑り降りる。
かなりの高さを落ちるように降りる

そこは秋葉原と思われる広い道の上
道の両側にビルが立ち並んでいるが
窓も壁も破壊されているようで、廃墟のような
街並みが続いている。
私はカメラでその荒廃した景色を撮りながらあるく。
(あのカメラで撮った画像、欲しい)
すると左の広場のあたりに人が大勢いて、
何かを叫びながらまるでデモ隊のようにうねうねと
歩き回っている。
まるで大きな芋虫のようだ。
何を叫んでいるんだろうと聞いてみると
「赤!赤!赤!・・」と言っている
なんで赤なんだろう、と思っていると
誰かが「あれはギャンブルだ」と言う
赤のグループと他の色のグループがいる。
どちらかのグループが当たるらしい。
そっちのグループにいれば配当がもらえるらしい。
しかしその芋虫のような人の群れが怖くてそこを急いで通り抜ける
ちょうど秋葉原の駅のところに来た
そこでまた改札を探すのだけどやはり無い
人はたくさん歩いていて、まるで駅のようなのだけど
切符売り場も改札も無い。
つまりホームに行くところがない。
駅の中は広い空間があるだけで
そこを人々が大勢あるいている

駅が見つからないので、脇の喫茶店に入ろうと思う
その店の入り口を見つけると、
そこにテーブルがある
そこで一息ついていると
誰かが「それはいいですねえ」と話しかけてくる。
60歳くらいのおじさんだ
何が?と思うと私がカバンに入れていた彫り物を見ている
いったいいつその彫り物が入ったのかわからないけど
そのおじさんは私がそれを作ったと思っている
そして、「あなたにこれを差し上げましょう」
と言って額に入った絵画をくれる
画風は洋風の古風な油絵だ
なぜそれをくれたのかわからないけれど、
私は何か人に認められたような気になっている


結局、電車には乗れずに目が覚めた
いつもなら駅のホームに行くとこまではちゃんと行けるのに
今回はホームにたどり着けなかった








「ミステリーゾーン」と「世にも不思議な物語」

 子供の頃見たテレビドラマにこの2つがあった。
フェイスブックの投稿を見ていてこの2つのドラマを混同して
いる人が多いことがわかった。
「世にも不思議な物語」は原題が「One step beyond」
でナレーションがジョン・ニューランド。
「ミステリーゾーン」は「The twilight zone」
でナレーションはロッド・サーリング。
子供のころこの「世にも不思議な物語」が怖かった。
怖かったのであまり見ていなかった。
でもいくつかの話は覚えている。

例えばある男の人が病気になり病室のベッドで熱で幻想を見る。
彼は砂漠にいて砂漠をさまよっている。
死にそうになっているところを誰かに助けられる。
しかしその人も砂漠で迷子になってさまよっていた。
男は死にそうになりながらも自分のことを彼に話す。
そして死んでしまう。
一方病室でも男は瀕死の状態だったけれど結局死んでしまう。
その死因は渇きだった。
男が死んでしばらくしてある人が男の家を訪ねてくる。
その人は砂漠でさまよっている時にその男の人に出会った。
そして一緒に助け合いながら砂漠をさまよったけれど、
男は死んでしまった、という話をする。
かなりあいまいな記憶だけどそんな話だった。

それからエンゼルヘアーの話も面白かった。
ある朝町が真っ白な毛というか糸でおおわれてしまう。
その糸は触ると消えてしまう。
またしばらくするとみな消えてしまう。
そういう現象がアメリカの各地で見られた。
という話。

あるいは、ある夫婦が出かけていたけれど、家に帰る。
家のドアーを開けると階段の上から男女が口論しながら
下りてきて、そのままドアーから出て行ってしまう。
後を追うがどこにもその二人はいない。

そんな話だった。
とにかく音楽が怖かった。








9/23/2026

夢に出てきたヴィム・ヴェンダース

 だいたい私はこの人の映画をほとんど見ていない。
その人が夢の中に出てきた。
何かおかしなパフォーマンスをして部屋の中を歩いていた。
その人がヴィム・ヴェンダースとわかったのは、誰かが彼を
そう呼んでいたから。
私はもちろんどんな人か知らない。
見た映画は確か「パーフェクトデイズ」とかいう日本が舞台
の映画だ。それについては前に書いたように思う。
つまりそれしか知らないのに、なんで夢にでてくるのか。
ああ、ちょっと待って、パリテキサスもそうだっけ?
じゃあ2本観ている。
でも監督のことなど全く知らないし、なんで私の夢に出てくるのか。

ああ、それからあれだ、いつものように「ああ、電話番号聞いておくんだった」
っていうのがあった。まあ、電話番号聞いても夢の中ではスマホをうまく
使えない。画面がギラギラしてよく見えない。
それから一緒にいたのにどこかに行ってしまう。
それはある程度現実を反映しているように思うけれど、
彼女はこちらのことを全然意識していなくて、
いつも見失ってしまう。
現実でもよっぽど見ていないと見失ってしまう。
それが夢の中でも再現される。
だから電話あるいはメールを送ろうとしても
うまく送れない。

電車やバスの行き先がわからない、と言うのはいつもだけど
今思うにとても面白い夢だと思う。
ヴィムヴェンダースの夢はいつのまにかバス乗っているシーンに
なって、娘が一緒に乗っている。なぜかバスの中に布団が敷いてあって、
娘と一緒に布団に入っている。
娘はまだ中学生くらいだった。
とてもかわいい。
その感じが目が覚めても残っていて辛い

9/17/2026

秋葉原2008

 この年に秋葉原・無差別殺傷事件が起きた。
私はもう既に横浜の都筑区の方に住んでいた。
私は58歳だった。
今日フェイスブックにその事件の時の写真について
いちゃもんを付けていた人がいたので、私もその事件の
ことをもう一度読んでみた。
それであの時亡くなった7人の人はどういう人達だったのか
を知った。
その7人の中で一番年配の方は74歳だった。
中村勝彦さんというその人は息子さんと秋葉原に来ていて
あの事件に巻き込まれた。
元は医者だったそうだ。
息子さんが心臓マッサージを行ったそうだが、亡くなって
しまった。
74歳で突然あのような形で死ななければならなかったのは
さぞかし残念だったと思う。今の私とそれほど違わない年齢だ。

あの殺傷事件が起きた場所は秋葉原の一番メインとなる交叉点
のあたりだ。我々は日通ビル前の交差点とよんでいたところだ。
その場所で私も事故を目撃している。
朝の出勤時に昭和通りの方から交叉点を若松通商の方に
横断歩道を渡っていた。もう既に歩行者信号は赤になっていて
私と後ろの何人かは走って渡っていた。
私が渡り終えた時、私の後ろで何かがぶつかる音がした。
振り返ると人が宙を飛んでいた。
郵便局の車が一番左車線を走ってきて信号が青だったので
そのままの勢いで交叉点に入ってきて、私の後ろの人を
はねてしまったようだ。
その人は日通ビルの前まで飛ばされていた。
そのあと交通は止まって人々が飛ばされた人を
見ていたがその人は動かなかった。
しばらく見ていたが私は会社に急いだのでその後はわからない。

それと同じ場所だった。
秋葉原の時代はそれほど好きではなかったけれど、
あの交差点はいい印象が無い。

9/16/2026

昭和25年

 私が生まれた年の出来事を読んでいた。
あまり面白い出来事は無い。
朝鮮戦争とか赤狩りのニュースが多い。
その中で「噂の皇居前広場」という漫画が"卑猥"として
警察に摘発されたという事件。
漫画は1枚で皇居前広場で繰り広げられていた
男女の行為を漫画にしたものだ。
と言っても漫画はたわいもないものだ。


面白いのはそこではなく、
この記事は偶然みつけたものなのだけれど、
この漫画を描いたのは漫画家の横山泰三と言う人。
そのお兄さんがふくちゃんの横山隆一。
確かこの人昔鎌倉で私達と一緒になにかやった人のお父さんのはず。
コマツの友人のはず。
偶然にしては面白い。


9/12/2026

Great Gig in the Sky

ピアノを弾ける人にとっては超やさしい曲だと思うのだけど、
 苦戦してる。
今までピアノが入る曲は主に右手のみで、低音部が入る曲は
2度録音していた。右手で手音部を弾いて。
どうせ左手は指を広げることができないし、
親指と人差し指、中指しかまともに動かないから。
左手を一緒に弾く練習をして来なかった。

それで、人生の最後に1曲ぐらい両手で弾きたいから、
練習している。
今のとこ最初の5小節くらいまでやっと弾ける。
ちゃんとではない。
えっちらおっちら弾く。
でも両手で弾けると気持ちがいい。

たぶん全部を弾けるようになるのは来年までかかる。
まあ、誕生日くらいまでには完成させたいと思う。


9/08/2026

耳がね

 前から気になっていたのだけど、
例えばPink FloydのGreat Gig in the Skyの最後3:33の所
音が消えて行くところで音程がわずかに上がって下がる。
レコードによって多少時間の違いはあるかもしれないけど
とにかく音が消えるところで音程が上がって下がる。
これは確かだと思う。

しかし問題は、そうでない音、
例えばピアノの中央のドとかを弾いて、音が消えるところ
を聞いていると音程が上がる。
上がって下がるのではなく、わずかに上がる。
これはどうやら私の耳がおかしいみたいだ。
なぜおかしいとわかるかと言うと
音が徐々に消えて行くような音を聞いた時
消えかかる最後のところで音程がわずかに上がる。
音源は同じでそれを何度も聴いてみると、
上がる時と上がらない時があるから。

意識して「上がらない」という意識で聴くと上がらない。
あたかも耳の奥に力を込めて上がるのを抑えているように感じる。
そうではなく、なるがままに聴いているとわずかに上がる。

とても気持ち悪い。
恐らく前にも書いたかもしれないけれど、
鼓膜が老化して小さな音の振動が高めに振動してしまうのではないだろうか?
あるいは同じ振動数だけれど、鼓膜がそれを少し高めの音として
とらえてしまうのではないだろうか?

今のところそれの弊害はないのだけれど、
曲の最後をフェードアウトするときに時々音程が上がって
いるように思うことがある。
そういう時はもう一度音程が上がらないように意識して
聞き直す。
実際には上がっているはずがないのだから、
別に確認しなくても大丈夫なのだけれど、
上がっていないことを確認しないと気持ちが悪い。

でも、ひょっとして皆もそう聞こえていたらどうしよう?










9/06/2026

わかったよ、やりますよ

 何をするかな?と考えてやっぱりキーボードをやろうと思う。
先月買ったシンセもろくに動かしていないのだけど、
そっちもやりたいのだけど、
とりあえずピアノだ。
1曲弾けるようにしようと思う。
私は左手が故障しているので左手があまり活躍しない曲がいい。
それで、やはりどうせならPink Floydだ。

楽譜の前半を読むことにした。
リアルタイムには読めないので音名を書くことにした。
それを全部やった。

明日から練習だ。
今日からじゃない。

今外は大雨が降っている。
警報レベル4で防災放送のスピーカーが何か言ってる。
でも雨と風でほとんど聞こえない。
雨はまるで風呂がいっぱいになってこぼれているような音だ。


9/05/2026

どうしたらいいかわからない

 今に始まったことじゃないけど、
毎日をどうしたらいいかわからない。
あれをやろう、ということはたくさんあるのに、
そのどれもできない。
よし、明日からやろう!
と思っても明日は明日でやることができてしまう
だからやろうと思っていたことは先送りになってしまう。
夜にやろうと思っても夜は疲れてやる気にならない。

そんなことより、私は子供の頃からずっと
どうしたらいいのかわからなかった。
何をするにもだ。
スポーツの部活に入っても、どうしたらいいのかわからない。
ほんとうにわからないのだ。
決められたことはやるけれど、
それでどうしたらいいのかわからない。
社会人になって働き出しても
それでどうしたらいいのかわからなかった。
仕事はできた。
言われたことも言われないことも
全部やった。
だけど、それでどしたらいいのか
わからなかった。

みんなはどうしてきたのだろう?
例えば大学で勉強をしていた時、
これで自分はどうしたらいいのだろう?
とわかっていたのだろうか?
私はわからなかった。
目標とか希望とか夢とか
何も無かった。
漠然とした未来に向かって動いていただけだ。

目標とかがあったらもっと違っていたのだろうか?
そうだな、、例えば自分は将来自動車修理の工場を持って
それで生計を立てよう、とか?
あるいは会社で課長や部長を目指して働くとか?
あるいは自分の会社を持つとか?
自分の会社は持ったけれど、そうしたかったから
社長になったわけじゃない。
できることならそういう目的を持たずに暮らしたかった。
ずっとそうだった。

今、残りの人生も先が見え始めて
これからどうしたらいいのか?
全くわからない。
最後ぐらい目的を持った生き方をする?
たぶんそうした方がいいのだと思う。
だけど自分は時間の流れから取り残されているような
気がする。
何をやろうとしても時間はそばから通り過ぎてしまう
そんな気がする

まあ、やってみようか

9/04/2026

神津さんに会ってきた

 前に会ったのは実にコロナの時だから、3年前かな?
コロナ期はずっと面会時間と面会できる人が限られていて
それを神津さんの奥さんが管理していたため、家族以外は
面会に行けなかった。
それでそのままになっていたのだけど、先日の電話で
奥さんが亡くなってしまったことを聞いた。
それで野池さんと二人で行こうと思っていたのだけど、
野池さんの都合でだいぶ後になりそうだったので昨日行ってきた。
もう時間制限も人数制限も無い。
私が渋谷から電話で「あと30分くらいで着きます」と
言ったため神津さんはずっとロビーで待っていたそうだ。
そのホームの人がそう言っていた。

神津さんは前に会ったときとほとんど変わらなかった。
腕と足が少し細くなってしまっていたけれど、
話もちゃんとできていた。
ちゃんとというのは正確ではないかもしれないけれど、
前回とおなじくらいには話ができた。

神津さんはゴルフをしていて脳溢血?かなにかで倒れてしまった。
だから直後は話ができないんじゃないかと思っていたけれど、
時々何言ってるかわからない時はあるけれど、ちゃんと話していた。
こっちが何かの質問をした時、全く関係ないことを言ってきたり
したけれど、考えてみるとずっと以前からそういう傾向はあったな
と思った。

前回会った時に「俺はもうこの1年で死ぬ」と言っていた。
そのことを神津さんは覚えていて、
「俺はこの前1年で死ぬと言ったけど、まだ生きてるよ」
と笑っていた。
それで「いや神津さん、その前10年くらい前にレストランで
会った時は『俺はあと50日で死ぬって医者に言われた』って
言ってましたよね?」というと笑って「そうそう」
と言っていた。

「今月また来ますから」と言ってホームを後にした。
そこのホームは高級なホームで料金も高い。
神津さんは「俺、金はあるんだよ」と言っていた。
それはほんとだと思う。
ビルを売ったり家を売ったりしたから。
息子たちも金持ちだし。

気になったことがある。
ホームの会話できる場所にはいくつもテーブルが
ある。神津さんは最初その空いたテーブルに車いすで行って
ここで話そう、といったのだけれど、
横に座っていたおばあさんが「そこはもうすぐ人が来るの」
「みんな予約しているから」と言ってきた。
神津さんは露骨に嫌な顔をして「ここでいい」と言って
いたけれど、ばあさんがうるさく言うので、
「神津さん、向こう行きましょう、ロビーの方に」
と言って椅子を押してロビーに行って話をした。

後で考えて、あのばあさんはただ意地悪をしたかったのかも
しれないと思った。
神津さんは何も言わなかったけれど、その時の顔が
もううんざりだよ、という顔だった。
高級ホームでもいろいろ嫌なことがありそうだった。

9/01/2026

蜃気楼

 子供の頃、蜃気楼を見たいと思っていた。
子供雑誌や科学雑誌などにたびたび蜃気楼のことが出ていた。
だから実物をみたいとずっと思っていた。
最初に見たのはもう大人になってからだと思う。
海の沖に船が浮いてみえた。
ああ、蜃気楼だ、と思った。
そんなに感動はしなかった。
その後何度か同じようなものは見た。

今年の8月15日午後2時頃に家から見えた蜃気楼は
ちょっと驚いた。
左から大型のコンテナ船が右の方向に水平線の上を航行していた。
まずその大きさが異常だ。
しかも水平線の上に浮いている。
そしてしばらく行くと、今度は右手から同じ型の船が左に航行していた。
そして交差して右からの船は左の方へ進んでいった。

これはおそらく同型の船がたまたま同じ海域で交差したのだと
思うけれど、最初は左からの船の幻影が右から現れたのだと思った。
まあ、それも確証はないのだけど、水平方向への幻影というのは
今まで無かったようなので、たぶんそういうことだと思う。

こういう不鮮明な映像は不気味で怖い。


8/30/2026

チェリー1000クーペ

 研究室のと同じネガに私の車の写真があった。
これは理工学部の窓から下の駐車場を撮ったものだ。
たぶん1974年。

57番が私の車、チェリーだ。
この場所は教職員用の駐車場だけれど、神崎先生が
駐車証を私に貸してくれてそれをずっと使っていた。
他にも学生でここに停めている人は何人かいた。
隣の研究室の女性がベレットに乗っていたなあ。
どれだかわからない。
確かどこかの製薬会社の令嬢だったと思う。
私の左隣(56)はチェリーX1だった。
よく見ると奥の20番台にもX1がいる。

学校に入る時に守衛さんがいたけれど、駐車証しかみないから
学生でもぜんぜん問題なかった。
それにその駐車証を見えるようにしておけば渋谷のキャンパス
にも入れた。適当なところに駐車できた。
あの頃はすごく自由だった。

思い出した。
ルーチェに乗っていた学生、名前は忘れたけど
確か高速で60キロオーバーで捕まったとか言ってた。
その後どうしたかは知らない。