4/15/2026

克美しげる という人のこと

 エイトマンの歌以外は全く知らないのだけれど、
この名前は強く記憶に残っている。
というのも私が札幌の会社に赴任したのが1975年の4月、
克美しげるが女性を殺めて羽田から札幌に来たのが
同年の5月だった。
それで会社のパートのおばちゃんたちはその話題でもちきりだった。
私は全然知らないのでその話題には入っていけなかったけれど、
毎日のように克美しげるのことをテレビやラジオで言っていたので
この名前を聞くとその時に戻ってしまう。
彼は75歳で亡くなったそうだ。
今の私とほぼ同じだ。
彼も女性を殺めたりせずに奥さんと話をしたらよかったのに
と思うけれど、その時の彼の心境はよくわかる。
自分を維持するためになんとかしなくてはと思ったのだろう。
一度落ち着いて話ができたらよかったのにと思う

頻繁に起きる偶然について

 前にも書いたけどこっちでテーブルで話をしている話題が
スマホのコマーシャルテロップで出てくるとか。
車の中で話した話題がフェイスブックのコマーシャルで出てくる
とかかなりの頻度で起きる。
最近ではもう私のスマホが聞いた話題をどこかに送信しているのだ
ろうと確信めいてきた。

今日の偶然はちょっと違った。
・・・いやいや、同じかもしれない
スマホが近くにあったから。

今日キッチンで昼ご飯を作りながらふと浮かんだメロディーが
小学校6年の時に合奏でやった「ハイケンスのセレナーデ」
だった。ずっとそれをハミングしていた。
そして夕ご飯も終えてフェイスブックを見ていたら
この動画が流れてきた。

この曲は昭和初期のラジオ番組でよく流れていた曲で、
私もそのラジオ放送は知らなかった。
学校の音楽の時間で初めて知った曲だった。
そんなに有名な曲でもないように思う。
それがなぜわざわざこんなCM動画として、しかも同日に
出てくるのだろう?

ほんとにスマホは聞いてるかもしれない。
それは私が知らないだけで世の中では普通に行われていることなの
だろう。きっと。

4/13/2026

結局意味のあった仕事は

 最初からずっと電気、電子、コンピュータ関連の仕事をしてきて
それらは思い出すと何の成果も出していなかった。
迷惑ばかりかけていた。
あんまり思い出したくない。
そういう関係の仕事は日本の工場が中国に移ってしまって
全く無くなってしまったので、ほかのことをしなくてはいけなかった。
その時に前社長の神津さんのアイデアで「ビデオテープをDVDにしてみたら?」
という案を進めることにした。
その頃はたぶんそういうDVD化のダビング屋は最初か、あるいは
3本の指に入るくらいだったと思う。
インターネット上にも無かったから。
それのホームページを作ってインターネットに載せたら
かなり反響があった。
それに実店舗でやっていたので直接来るお客さんも多かった。
2年くらいは競合も無く売り上げもかなりあった。
機材もビデオデッキとDVDデッキを5セットくらい用意しただけだった。
パソコンでDVDを作ることは考えていなかった。
圧倒的にDVDデッキで作った方が早かったから。

そういう仕事を結局ずっとやってきた。
昨日?お葬式のDVDのことを書いて思ったのは、
そういえば辻井先生のとこの「産声CD」をやっていたこと。
気が付かなかったけど、ゆりかごから墓場までをリアルにやっていた。
幼稚園の入学式や卒園式のDVDも毎年かなりの数を作っていた。
横浜市内、川崎市内、遠くは鹿児島の学校からも来た。
入学式、遠足、発表会、卒業式何千枚作ったかわからない。
結婚式もそうだ。
そしてお葬式だ。

もしもDVDを見た人が喜んでくれたなら
この仕事が一番意味があったと思う。
ほとんど誰にも迷惑はかけていないと思うから。
あとは、そうだな、自分のお葬式のDVDを誰か作ってくれるといいけど。

4/12/2026

お葬式のDVD

 前にも書いたけれど相変わらずお葬式用のDVDを作っている。
というか、葬儀屋から依頼が来る。
もう何枚作ったかわからない。
先日来たのはテレビによく出ていた結構有名な女性だった。
でも私は全く知らない。
写真が150枚もあった。
その一枚づつに修正や補正をかけて仕上げるのだけど、
疲れた。
一応写真40枚までを標準としているのだけど、
そんなことはお構いなしに来る。
今日の人も100枚を超えていた。
バックに著作権フリーの音楽を流すのだけど、
40枚を超えると何曲も入れないといけない。
それを選ぶのも面倒。
それよりも面倒なのは写真が年代順に整理されていないこと。
だからこっちで大体の年齢を推測して並べる。
完璧には行かない。
特に女性の場合はわかりにくい。
男は何となくわかる。
一番の問題は、その写真を編集しながら、
その人に人生にかかわらないといけないこと。
その人の子供時代から亡くなるまでの人生を追わないといけない。
だんだんその人を知っているような気分になる。
だから、最後に仕上がったものを確認のために
流して観ていると泣けてきてしまう。
だってその人自分より若かったりするから。
というよりそれが自分の番になるのもそんなに遠くないから、

そろそろこの仕事を断ろうかなと思う。
葬儀屋さんは困るかもしれない。
馬鹿みたいに安い金額で請けているんだもの。

4/10/2026

加給年金その後

 加給年金は無事に支払われることになったのだけど、
先日年金事務所からはがきが来た。
「生計維持確認届」というのを書いて送らなければいけないみたいだ。
これは何だろう?
生計維持してますか?という確認?
なんか失業保険の「就職活動してますか?」に似ている。
あるいは「生きてますか?」かな?
これは「生命維持確認届」にした方がいい。

4/09/2026

何が起きていたんだろう?

 フェイスブックに「モダンフォーク研究会」というグループがある。
このグループはいやらしいグループで私ももう10年以上前から
参加している。
このグループのいやらしいところは主にというか絶対にアメリカン
フォークの1960年から1980年頃のことしか取り上げないことだ。
日本の同時代のフォークはたぶん削除される。バンドのライブ紹介
なども削除される。ただしこのグループの古株が投稿したものは
許される、あるいは管理者はそれを無視する。
そうでない新人がライブの紹介などすると「このグループの趣旨が
どうしたこうした。。。」と言われ削除される。
日本のフォークであっても森山良子とかスチューデントフェスティバル
系のものは歓迎される。
このグループの大きな枠としてPP&Mがある。キングストン・トリオも
あるけれどたぶんPP&Mに比べると少数派。ブラザースフォーもあるけれど
PP&Mよりは少数派と思われる。S&Gとかイアン&シルビアとかさらに
少ないと思う。PP&Mネタはかなりの量を占める。

そういうグループなのだけれど、私はJohn Stewartの話題を主に投稿
したりしていた。それももう何年も前までだと思う。
今年の2月頃トランプがグリーンランドを買うだのと言っていた時、
グリーンランドの歌と言えば1965年のニューポートフォークフェスティバル
だったかなあ?テオドラ・バイケルが歌っていたなあ、と思い出した。
YouTubeで検索したら他にも結構歌っているグループがあった。
その中にPP&Mも歌っていることを知った。私は聞いたことが無かった。
ゆっくりした歌い方だった。
それを時期的にぴったりだと思ってそのグループに投稿した。
それが2月の中頃だったと思う。ちょうどトランプのグリーンランドが
話題になっていた頃だから。


投稿した記事はこれ。
これ確か投稿した時に一度表示されたと思う。2分か3分間。
その後で「審査中」と出てグループには表示されなかった。
そしてそれから一か月半くらいが過ぎた4月に入ってこれが突然
投稿された。というか表示された。
そして十数人の「いいね」がついた。
この間いったい何があったんだろう?
他の人の投稿は表示されていたのに。

考えられるのはこのグループの管理人がこの歌を知らなかった。
それで私のグリーンランドの投稿はトランプの話題に乗せた
嵐だと思われた。 ということではないだろうか?
英語がわかれば私が書いた説明文は歌詞の直訳だとわかるはずだけど。
他に何か理由が考えられるだろうか?

4/08/2026

カーナビが無かった頃のこと

 古いドライブ地図を本棚から見つけた。
と言っても1984年版だ。
日本全図。
それより以前、例えば1974年頃持っていた地図も日本全図だった。
だいたいそれで日本全国を走っていた。
カーナビのある今となっては、いったいどうやって目的地に
着いたのだろう?と疑問に思う。
友人と二人で初めて北海道まで行った時、やっぱり日本全図だった。
それで札幌にある友人の親戚の家とか釧路の弟のアパートとかに
行ったのだから、たいしたものだ。
札幌あたりの地図はこんな感じ。(1984年の地図)

市内の地図はこんな感じ

市内のはいいとして、石狩周辺の地図の方は黒い線(国道)がどこで
分岐しているかなんてわからない。
たぶんその近くに行ったら道路上の案内表示を見たのだと思う。
あとは住所か。
今だから上の地図の黒い線がどこで交差してるかわかるけれど、
初見では絶対わからないだろうと思う。
その最初に二人で東京から札幌まで行った時に、東京から日光街道
(国道4号)をひたすら走ったのだけど、仙台のあたりで迷った。
あれは一度どこかに寄ったからだっと思うけれど、
夜中に同じところを2度回った。3度目にぐるぐる回ってることに気が付いた。
あの時カーナビがあれば迷うことも無かった。

あの頃は頭の中に大体の地図があったように思う。
例えば東京から長野へ行くときとか、
まだ高速が無いころ。
富山とか、岩手、日光とか
今は高速があるので逆にどうやって行くか考えてしまう。
下の道が閉鎖されていたりするから。

もう一度日光街道を青森まで行ってみたい気もする。
死ぬまでに。

4/07/2026

誕生日だった

 今日は誕生日だった。
今までと変わったことが一つ。
娘が誕生日祝いのメールをくれたこと。
私は毎年娘の誕生日にメールを送っていたけれど、
娘から来ることは無かった。
それがあった。

もう一つ、父の歳を超えてしまった。
父の歳75歳は早かったな、と思っていた。
だからそれよりは行くだろうと思っていた。
それが今日、超えてしまった。
今思うと父も頑張ったんだなと思う。

父は銀行を作ったり人を助けたり多くのことに貢献した。
私は全く無い。
無いどころか、いない方が良かったと思えることが多い。
だから思い残すことも無い。
これからは
いやなことは思い出さずに、
時々フラッシュバックの様によぎるいやな記憶は
消えて欲しい
それで過去の思い出が消えたとしてもかまわない。

楽しめることをやりたい。
無駄なことでもいい。
何か面白いことをしたい。

4/05/2026

警官動員

 昨日出かけた時に横須賀の街が警察官だらけだった。
大げさではなく各交叉点全てに10人くらいずつ警察官がいた。
大きな道路と大きな交叉点ではもっと多くの警官がいた。
それに米軍のゲートの前に機動のバスが2台並んでいた。
何があるんだろう?
誰かが来るのか?と思ったけれど、
今日わかったのはデモがあったということだ。
それも人数は50人くらい。
圧倒的に警官の数の方が多い。
そのデモというのがこれだ。
これを見た時、これはいったいいつの時代?と思った。
時代錯誤もいいとこだ。
このレイアウト、文字、言葉全て50年前と変わっていない。
トランプのところを佐藤栄作としても成り立ちそうだ。
私は何も参加も関係もしていないから偉そうに言えないけれど、
これはだめだろうと思う。
このチラシをもらっても何も伝わらないし、
関わりあいたくないと思うだろう。
左翼は今「パヨク」と呼ばれているのをわかっているだろうか。
こんなことをしていたら右翼以下になってしまう。
平和を望むなら、戦争に反対するなら
こういうやり方はもうだめだ。
もっと別なことをしなくては。
・・・と思う。


4/04/2026

明日という字は明るい日と書くのね

 っていう歌が「悲しみは駆け足でやってくる」
という歌だと今初めて知った。
この出だしは時々頭に浮かんで口ずさんでいたのだけれど。
歌の題を知らなかった。
この歌は1969年だったそうだ。
69年と言えば大学受験の年だ。
あんまりテレビも見なかったかもしれない。
だけどこの出だしは頭に残っていた。
今改めてあの時代にこの歌を聴いていることを想像して
懐かしんでいる。

同じ年だけれどシューベルツの「風」は完全にあの時と同期して
記憶している。
四谷の上智大学に受験に行くときに口ずさみながら四谷の土手の道
を歩いていたのを今でも覚えている。
上智は落ちたけど。

4/02/2026

教師になる夢を見た

 今朝の夢だ。
私は小学校の教師になって初めて教壇に立つことになる。
私のそばに先輩の先生がいる。
誰だかわからないけれど知ってる人のように思う。
とても頼りになりそうな人だ。
私は初日だというのに時間に遅刻ギリギリで学校に着く。
それからその先輩の先生と一緒に教室に行く。
教室は、というか校舎は長さ方向に傾いていて、
まるで大きなケーブルカーのようになっている。
私はどこかではぐれてしまい、教室がわからなくなる。
なんで赴任早々こんなドジをしてるんだ?
と自分を責めるが、
確かこっちだろうと思う方に歩いて行くが
知らない生徒たちばかりで、生徒も驚いている。

そんな夢だった。
私は一度先生になりたいと思ったことがある。
それはただ子供たちと理科の授業をやるのは楽しいだろうな、
と思ったからだ。
でも先生に向いていないのはわかっていた。
もしも先生をやっていたら何かの不祥事で解雇されていただろう。
それにいいかげんだから教えるには向いていない。

今あいたい先生がいる。
生きていたらたぶん80歳くらいだろう。
大学で私にいろいろ教えてくれた先生だ。
専攻のこともだけれど専攻以外の電気電子のことも教えてくれた。
先生のリコーダーと一緒に演奏したこともある。
昨日の夢のにでてきた先輩の先生は
その先生のように思える。
神崎先生だ。

4KモニターTVにした

 これまでPCで使っていたのは27インチの2Kタイプのモニターテレビ。

最近配信のカメラを4Kにしたけれどモニターできるテレビが無かった。
それで32インチの4Kを買うことにした。
もっとも4Kテレビはリビングに大きなのがあるのだけど、
そこまでケーブルを伸ばすわけにもいかない。

4Kにして分かったのは、
27インチ2Kの時は開いたウィンドウを少しちいさくすると画像解像度は
すごく落ちてしまいボケた感じになってしまった。
それはあたりまえのことなんだけど、4Kではそれが起きない。
少なくとも画面の半分まで小さくしても(1920x1080なら)解像度は変わらない。
これはとてもいい。
また4K映像をフル画面に表示したときはとてもきれいで迫力がある。
以前撮った北海道の写真も初めてみるような感じがする。

あんまり期待はしていなかったのだけど、買ってよかったと思う。