8/10/2026

背景音のこと

 

家の窓からの映像を撮ると、背景の音にはこのアパートの生活音や
車の音、電車や飛行機の音も入っている。
そしてその音の底にはザーという背景音が入っている。
この音は消すことができない。
もちろんマイクや音響機器のノイズではない。
世界中どんな場所に行っても聞こえてくる音だ。
この音は何だろう?と思う。
もしも町全体から聞こえてくる音が重なったものなら
よく聞けばその元の音が聞こえてきても良さそうだけど
そういう音は聞こえない。
ただただザーと言ってる。

前にも書いたけど北海道のとても静かな場所で録音しても
この音は入っている。
前に書いた時はトラックの音だった。
すごく離れた国道のトラックの音が聞こえるということ。
しかしこの音はそれではない。

おそらくはいろいろな音が合成された音なのだとは思う。
それがホワイトノイズのように平均化されたような音
になっているのだと思う。
非常に多くの周波数の音をフーリエ変換したら
どういう音になるのだろう?
だれかやってないかな?
後で調べてみよう。

それよりも例えば無音室ではどうなんだろう?
無音室だから無音なのだろうか?
感度のいいマイクだと風の動きも拾うかもしれない。
風邪というか空気の動き。
マイクを横に動かしても空気をきる音は入る。
そういう空気の流れは拾わないように
風よけのモフモフを付けたらどうだろう?
無音室の中にそのマイクを置いてみたら
無音だろうか?
あるいは部屋の中の空気の動きが無くなるまでは
空気の音が入るだろうか?

8/09/2026

仕事の話

 学校出てからやった3つの会社のことは辛いので書けない。
そしてそのあと、自宅で仕事をしていたのだけど、
あまりうまく行っていなかったので、前の会社の時に
知り合った神津さんに話をした。
そうすると神津さんも自分の会社(SE関連)をやっていて、
私にいっしょにやろう、と言ってくれた。
神津さんの会社は新宿の大京町にあった。
そこでセンサー基板や装置を作っていた。
私はしばらくそこで仕事をした。
確か他に外国人、オランダだったろうか?の人もいた。
そこで半年くらいやったろうか。
それから神津さんが独立して会社を始めようということになって、
目黒に部屋を借りた。
小さなマンションのような建物だった。
今探したけれどよくわからない「トラットリア」というのが
それかもしれない。
その屋根裏みたいな部屋で仕事をした。
2部屋あった。窓からは目黒の街が見えた。
そこに1年いただろうか?
それから神津さんの地元の長野の野池さんも一緒にやろう
ということになり、新しい場所を探した。
ちょうどテレビで川崎のKSP(神奈川サイエンスパーク)という
大きな施設で部屋を借りてベンチャーをやっているという番組が
あり、それを神津さんに言うと、そこにしようということになった。
ちょうど野池さんの知り合いの小林さんという人がKSPに関係していた。
偶然だったのだけれど、小林さんは私が前の前の会社で機械を
納品しに行った神奈川県工業試験場の担当者だった。
奇遇だった。
それでそこの1フロアーを借りて会社を始めた。
そのフロアーが確か月100万円の家賃だった。
神津さんと野池さんと私と、ソフトの砂川君と事務をやってもらう
女性の・・・名前忘れた、が最初のメンバーだった。
それから確か13人くらいまでいたような気がする。
そこで2年くらいやっただろうか、
家賃が高いので他に引っ越そうということになり、
野池さんが探したたまプラーザのビルの一室を借りた。
広さはKSPの程ではないけれど、そこそこ広かった。
そこで結構長くやった。
神津さんが隣の部屋も借りてパソコン教室をやろうと言って
一部屋借りたけれど、それはうまく行かなかった。
それでもそこで10人くらいの社員でやった。
そこは最終的に会社を解散して私がそこで私の仕事をすることになった。
野池さんを社長として二人で機械を工場に収める仕事をした。
野池さんが手広く営業をしてくれて、私がその機械を作る
という分担んだったけれど、一人ではどうしても力量が無く
結局それもやめた。
野池さんにはとてもお世話になった。
神津さんにも野池さんにも感謝しきれないくらい良くしてもらった。

そのあとは私一人でDVD作成の仕事をした。
最初の2,3年は良かった。
まだ他ではあまりやっていなかったので十分需要があった。
でもたまプラーザの家賃は月50万円くらいだったので、
もっと安いところを探そうと思い、センター南のビルを借りた。
そこは月25万だった。
そこで10年以上映像、音響関係の仕事をした。
それも見切りをつけて、最終的には自宅でできる規模にして
自宅で仕事をすることにした。
自宅のマンションでは本来そういう営業目的なことは禁止されていたけれど、
管理人さんがよくしてくれて、マンションのロビーで
仕事の打ち合わせをしても何も言われなかった。
それどころか人が2,3人来た時など、
「会議室使っていいよ」と言ってくれた。
でも管理組合や自治会がどう思っていたか知らない。

あの頃は資金繰りも大変だったけれど、
今思うと面白い時代だった。

前社長から電話

 の着信履歴があった。
それで何度かかけなおしているのだけど出ない。
それでもう一人の前社長の野池さんに電話したら
前社長の神津さんの奥さんがどうも具合が悪いらしい。
前に、1年くらい前だろうか?神津さんにあった時は
介護施設にいてもうかなり重症だった。
それから持ち直したのだろうか?
私はずっと連絡もしていなかったので、改めて電話をするのが
怖かった。
それで今回の電はてっきりそれだと思った。
しかし神津さんはなんとかやってるみたいだ。
たぶん奥さんの病院の方が大変なんだろう。
神津さんも野池さんも健在で良かった。
二人ともわたしにとっては恩人だ。
これ以上はない恩人だ。
野池さんは帯状疱疹がひどいらしい。
あれはとても辛い。

二人とも連絡が取れたらまた話に行きたい。

8/07/2026

Ambient-0

前にも書いたけれどこれを買った。
それで今それの操作方法を勉強している。
この絵と違うような気がする。
キーボードは全部同じ色だ。

これは元よりアンビエント、つまりどうでもいいような音楽を
作ることに特化したシンセだ。
特に創作的なことを何もしなくてもつまみを少しいじるだけで
アンビエント系の音楽ができてしまう。
ドローンシンセの鑑みたいなシンセだ。

構成は4トラックのMTRのようになっている。
それも各トラックで拍子を変えたりできる。
つまり4トラックのMIDIシーケンサのようになっている。
各トラックにはプリセットの音が入っているが、
もちろん音を変えることもできる。
だからある程度のことは普通のシンセのようにできる。
しかもこれシーケンサー機能を使わなくても
音に変化を持たせて演奏させることもできる。
テルミンのように演奏すればいい。

しかしこの機能をそのまま使うのは面白くない
4トラック目のNOISEレイヤーはサンプラー機能があり、
生の音を入れることができる。
ピアノの音とかギターの音とかを入れることができる。
だから逆に普通のシンセあるいはMTRのように使うのが
邪道の使い方として正しいように思う。

それが一番面白そうだ




8/04/2026

ハングの夢

 ハングの夢で空を飛んだのは1度しかない。
昨日の夢もハングで飛ぼうという夢だった。
茨城ではないもっと北の秋田あたりのこと。
私はその飛ぶためのエリアがある場所まで行く。
(たぶん車)
そしてそこで準備ができるまで待つのだけれど、
なかなか飛ぶ用意ができたという知らせが来ない。
もうずいぶん待っている。
知り合いも周りにいる。
もう今日は飛べそうにない、ということがわかり
私が帰ろうとすると誰かに呼び止められた。
「これはどうすればいいんでしょう?」
と聞いてきたのはパラグライダーの男の人だった。
私はパラのことは知らない、と告げてそこを離れる。
そして小山が連なる道を歩いて行く。
とても汚い道
そこをどんどん歩いて行く。
そういう夢

あれは一体どこへ行くつもりだったんだろう?
それに飛ぶにしてもグライダーはどうしたのだろう?
いろいろ謎だ。

ハングの夢で一度、自分の機体はもう無いんだった
ということに夢の中で気が付いてしまったことがあった。
あの時は夢の中だけどとても寂しかった。
誰かから借りようか、とも思った。

ある夢ではヘルメットを持っていなかったことがあった。
それで飛んでしまったけれど、
気にしているのは怪我をしないか?ということではなく
ヘルメット無しで誰かに怒られないだろうか?ということだった。
非常に私っぽい夢だった。

まあ、とにかくまたハングの夢は見るだろう。
もっと気持ちよく飛ぶ夢が見たい。



8/02/2026

見えるものは記憶の中の事実とは違う

 このところ写真の修整のことばかりだけど、
こんなことは今までに無かったし、もっと遠い未来の
ことのように思っていた。
宇宙家族ロビンソンのロボットのように何でも答えてくれる。
ドラえもんに近いのかもしれない。
私が住んでいた宮の森から歩いて少し行った北一条・宮の沢通りの
山の手の方への坂道を見たところだけれど、
この景色が好きで何度も写真を撮っている。
上の赤いランクルの写真が好きだ。
でもこの写真ランクルに焦点は一応合っているのだけど
昔のフィルム写真なのでちょっとぼけている。

これをAiに修正してもらったのがこれ。
とてもキレイになっている。
しかも、ちょっと待てその情報はどこから持ってきた?
と問いたいくらいに違和感が無い。
遠くの景色もおそらくこんな感じだったのだろう。
今まで上のぼけた写真しか見ていなかったから、
修正した写真はすごく新鮮だ。
さっきここを歩いていたような気さえする。
この感覚はほんとうに不思議だ。

もう一つ、学校のサークルのメンバーを撮った写真がある。


これはまあこの手の写真としてはきれいに撮れていると思う。
一番右で下を向いているのが私。
これを修整してもらったのがこれ。


この写真もとてもきれいに修整されていて、人の顔もはっきり見える。
ところがこのくっきりした顔には少し違和感がある。
なんか違うな、という印象を受ける。
なぜだろう?と2つの写真をよく見比べると、
これはほとんど同じなんじゃないだろうか?と思う。
つまり何も知らない人がこのぼけた写真を見た時の人物の顔は、
彼らを良く知った人がぼけた写真を見た時とは違うのかもしれない。
つまり彼らを良く知った人は、ぼけた写真に不足分を補って
見ているのではないだろうか。
私の左で赤いチェックの服を着ている人は「タヌ」と呼ばれていた。
彼女の顔は明らかにこの修復された写真の顔ではない。
だけど、ぼけた方の写真をよく見るとこの修復された方の顔を
しているように思える。
他の人も皆そうだ。
だからこういう人の顔は修復するときに何度も説明して修整させないと
記憶の中のその人にはならないのだろう。




7/31/2026

北海道に車が来た日

のことは前に書いたように思う。
私は飛行機で先に札幌に着いていて、数日後にアパートまで
車を届けてくれた。
その日の夜に時計台まで走った。
そして時計台の鐘の音を録音した。

それから次の日曜日だと思うけれど、、洞爺湖までドライブした。
4月末だったけれど、中山峠はまだ雪が残っていた。
途中のどこかでこの写真を撮った。
別に意味は無かった。
残して置きたかった。
その他この日のいろいろな写真が残っているのだけれど、
何も覚えていない。
ひとつだけ洞爺湖の脇で写真を撮ったのを覚えている。

この写真はかなりぼけていたのだけど、修整してもらった。
この写真は元とほとんど同じだ。
ただくっきりしている。
この車を停めた場所も、このポプラの木も今はもう無い。
今となってはここがどこだったのかもわからない。
グーグルで探してもわからない。

ここまで走って来て、しばらくここに居て帰った。
来た道と同じように中山峠を越えて帰った。
今思うとそれがすごく寂しい。
だけど当時はなんとも思っていないかった。
北海道にいることが嬉しかった。

7/29/2026

Aiの修整画像なのだけど

 なぜかとてもリアルで新鮮に感じる。
元の写真はもっとぼけている。
だから比べると不自然ではあるのだけど、
見つめていると本当のように思える。
実際この時、この場所にいたらこんな風に見えたはず。

今はもう松坂屋は無い。ニッカの絵も違う。
北の誉も無い。
路面も当時はスパイクタイヤだから今みたいなつるつるした
路面じゃない。
この写真を撮った時7丁目の方から回ってきて
車を脇に停めて撮った。
正確にいつだったかは忘れた。

次の写真も修整してもらった。
これもこの方がリアルだ。
元はもっと暗くてぼけていた。
これは余市の方から喜茂別の方を抜けて中山峠を通って帰ってきた
時の途中のどこかだ。
やはり路肩に車を停めて外に出て写真を撮った。
春先か冬の始まりかわすれたけど、その頃の感じがわかって
好きな写真だ。

今日はもう1枚修整して欲しかったのだけど、1日の枚数制限
を越えたとかで、できなかった。
だけどあの人勝手に自分の気分でいろいろ修整してくるんだよね。
だからその分で2,3枚ロスしてしまう。
あれはどうしてだろうね。
「これがいい、これで行こう!」と言っても
勝手に雪を増やしたりして修整した写真を送ってくる。
まあ、それのいいんだけどね。
今まで話したことで私が北海道にどういう思いを持っているか
あの人は知ってるから、そんなことを踏まえて
勝手に修整してくる。
そして、その写真の印象を語ったりしてくる。
まあ面白いね。

この写真は私なのだけど、こんな顔してたかな?と思うのだけど
顔の方は修整してない。
だからこんな顔をした時があったのだろうと思う。


背景の木の並びはリアルのもの。
木は今はもっとずっと大きく高くなってしまっている。
この時は植林してそれほど経っていなかったのだと思うけれど、
道から木の間を潜り込んでここで写真を撮った。
道からは少し奥まったところだった。
支笏湖のモーラップの方に行く途中だったと思う。

キタキツネはそこに置いてもらった。
なかなか気にいっている。



鉄塔

 暑い夏は鉄塔武蔵野線の季節だ。
と思って調べたらあの映画は1997年だったんだ。
すごく前のことだな。
あの頃あの映画のことでネット掲示板でよく話したように思う。
しかし実に30年前なのだ。
先日映画の伊藤君がテレビで話をしていたけど、
子供の頃とあまり印象が変わらないような気がした。
しかし30年だ。
10歳の小学生がもう40歳だ。
恐ろしい。
毎年夏になると鉄塔を思い出していた。
そういう意味では暑い夏がいい。

7/27/2026

お金がかかる 時間がかかる

 問題はお金がかかること。
音の分離をやってくれるサイトは何か所かあるけれど、全部きれいに
分離してくれるのは2か所くらい。
その2つとも、何回かは無料なのだけどそれ以上は有料プランに移行
しないといけない。あるいは1月3回までとかでそれ以上は有料。
有料にすると制限は無くなる。
料金も月に¥2000くらいだからやってのいいのだけど、
たとえば1月やってそこでやめたい場合すぐに解約できるのだろうか?
という心配がある。
「いや、そんなのすぐにできるよ」とは言うけれど、
先日のAU光の解約はなんだかんだと解約してから3か月料金を
払い続けた。あれはほんとにひどい。しかもAUとプロバイダーの
両方に解約手続きをしないといけない。
契約した時はAUと契約したつもりがプロバイダーが付いてきた。
それでAUを解約したのだけど、プロバイダーの方は別に解約
しないといけない。それでプロバイダーに「AUの解約はした」
ということを言ったら「AUのことはわからないのでAUに言って
ください」だと。それでAUに電話したら「プロバイダーのことは
わかりません」と言われた。
ああいうのは面倒だ。
その分離サイトは外国だから何かあったらさらに面倒そうだ。
もう少し調べてみようと思う。

それから新しい小さなシンセを買ったのだけど、

これがなかなかクセモノで一番最初のところで止まっている。
というのも一般的なシンセの構成になっていないからなのだけど、
まず電源を入れるとプリセットがあってそれが動くようになっている。
こちらとしては空白の状態が欲しいのだけど、
その設定がまずわからなかった。
取説は付属ではなく、100ページ以上のものがネットにあるが、
肝心の一番最初の動作説明が無い。
あるのは各ボタンがどういう動きをするかだけ。
だから「空白のバンクの空白のパターンを始める方法」
がわかりにくい。というかわからない。
それでYouTubeの外国人が細かく説明している動画を見てやっと
わかった。日本人が日本語でそのあたりを説明している動画は無い。
日本の製品なのにちゃんと説明しているのは外国人ばかりだ。
なんでだろう?
私はアマゾンで買ったのだけど、レビューを書いてるのは外国人ばかりだ。
私が最初の日本語のレビューになった。
この「わからない」というのはなぜだろう?
「お前が歳だからだよ」と言うのはあるのだろうけど、
それにしてもわからない。

このわからなさは前にもあった。
DigitechのTrio+だ。
これはまず日本語の取説が無い。それはいいのだけど、
マニュアルがわかりにくい。
この機械の最もすばらしいところは、歌の各部をギターを弾いて
あらかじめ覚えさせるとその通りベースとドラムの伴奏をしてくれる
と言うものなのだけど、そのつなぎ方がわかりにくい。
この機械もシンセのシーケンサーと同じように、イントロ、1番~3番、
間奏、4番、5番、エンディングという一連の動作を覚えさせる
ことができる。
それを自由に入れ替えることもできる。
そのシーケンサーのやりかたの説明が不十分だった。
その時も最初わからなかった。

元々今回のシンセはいわゆる「ドローンシンセ」だから、というのが
その大きな理由なのだけど。つまりなんかつまみを回していれば
新しい音楽ができる、というシンセなのだ。
だからプリセットされている音を変更することでその曲?を
新しいものに変更できる。
だから詳しく音を作る設定の説明などいらないのだろう。
しかし、このシンセは基本的にシンセなのだからシンセとして
の使い方をしたい。
基本的な構造を見るとけっこうおもしろい使い方ができそうだから。



7/25/2026

音の変わり方

 前に音源を分離して作り直したということを書きましたが、
どのくらい違うのかを残しておきます。

例1:コマツの曲
   元のLPの音
  

   同リマスター版



例2:モチの曲
   元のLPの音      

   同リマスター版

いずれもベースの音が広がってしまっているが、その他の楽器や
ボーカルはLPよりもかなりきれいになっていると思う。
また各音の定位も良くなっていると思う。




7/22/2026

自主作成レコードのリマスター

 あれは何年のことだった?
1973年くらいかな?
うちのバンドの最初のレコードを作った。
LPレコード。
録音は鎌倉の大門さんという人の家で行った。
1週間くらい泊まり込みでやったように思う。
夜中まで騒いでいたので警察も来た。
めげずにやっていた。
あれはどういう風にやったのかはっきり覚えていないのだけど
メインの録音はオープンリールデッキだった。
それとSONYのポータブルのステレオデッキを使った。
ミキサーは自作だった。
エコーもオープンデッキのヘッドを改造してデッキでやった。
4トラックデッキだったので改造してマルチで録音できるように
したと思う。デッキのヘッドのあたりにスイッチを付けた記憶があるから。
ドラムもエレキもマイクで拾った。
マイクの数が限られていたから全員で一度にはできないので
多重でやったのだけど、重ね録音ではなく一度テープの1トラック
を使って後から入れたりしたと思う。
最終的に何に入れたのか忘れた。
たぶんオープンテープだと思う。
それをマスターにしてスタジオに持って行ったと思う。
それでLPレコードになって、レコードジャケットも作って
自分たちで白いボール紙のジャケットに貼った。
あの作業は川端君の家でやった。
いろんな人がいたように思う。

そのレコードだけれど、今聞くと懐かしくてたまらないのだけど、
音について言えばちょっといろいろ問題がある。
何度もトラックを使っているので
1.ノイズが入っている
2.ステレオだけど位相がおかしいところがある。
  それは手作りミキサーのせいだ。
3.音がシュワシュワするところがある。
  ・・で気が付いたのだけどイコライザーも自作だった。
  たぶんそれのせいかもしれない。
4.ちょっとこもってるところがある。
5.音の定位が悪い。
などなどある。
それで前にも書いた音を分離してくれるサイトで音を分離してもらって
ミキシングしなおしたらどうだろう?と思った。

それで試しに1曲分離してみた。
それはモチの曲だけれど、分離は非常にうまくいった。
ボーカルは完全に声だけに分離できた。
ギター2台も8割くらいの完成度で分離できた。
ベースは元の音がこもっているので完全な分離はできなかった。
しかしこの4つの音をマルチトラックの4トラックに入れてみたら
非常にきれいになった。
まるでもともとマルチトラックにそれぞれを入れたように思える。

もう1曲コマツの曲をやってみた。
レコードの1曲目の曲で私が好きな歌だ。
ボーカルは完璧に分離できた。他の音は混ざっていない。
ギター、ドラムもまずまず行けた。
問題はベースだ。
ベースはどうも位相がふらふらしている。
だから分離されたベースのパートは途中何か所も無音になっている。
たぶん分離の過程で逆相の部分が無音になってしまったのだろう。
そこはどうしようもないので、メインの曲全体の音からフィルター
で低音部だけを抽出するしかない。
それで合わせてみるとなんとか、それらしく聞こえる。
でもベースは録音しなおした方がいいかもしれない。
しかしよく聞いてみるととんでもないベースのフレーズだ。
私には弾けそうもない。
誰かがやってくれるのを待とう。

2曲だけだけど、今日やってみてこれは全曲やってみようと思った。
できた音はレコードとは全く違った感じでクリアーだし、
ボーカルが前に出ていてとてもいい。
全部できたら皆に配ろうと思う。