7/26/2013

私の音楽ー9 1971年8月6日 箱根の2

ホテルの縁の下は意外に乾燥していた
私はカセットレコーダを持って行った。A4サイズくらいのノートパソコンを分厚くしたような外観で、持ち手がついていた。本体にモノラルマイクが付いていたが外部マイクを付ければステレオ録音ができた。当時ステレオ録音できるカセットデッキはそれの他、もう1種類くらいしかなかった。
このデッキは非常に素晴らしいデッキだった。ただカセットを入れるところにプラスチックのフタが付いていたがそのフタはすぐに壊れてしまった。私の友人も同じものを持っていたがやはりフタが壊れてしまったそうだ。
そのため砂埃などに対して防ぎようが無かった。


そのレコーダをカバンに入れていたが砂埃が中に入ったようだった。持って行った90分テープのうち1本はちゃんと録音されていたが、もう1本は始まってすぐに録音できていない状態だった。
マイクはワンポイント・ステレオマイクを持って行った。
私達は朝早く起きてまず何か食べに行ったのだろうか、会場は午後からだったと思うのでたぶん何か食べてから行ったのだと思う。
昨夜の雨にもかかわらず会場への道はそれほどぬかるんではいなかったと思う。私達は比較的早く会場に入ったのでステージに向かって左側のけっこう前よりに場所を確保した。
場所は十分なスペースがあったので4人とも横になって寝ていた。そのため開演してから始めの方の出演者は全く見ていなかった。

私が目を覚ましたのは1910Fruitgum Companyが出てきてからだ。彼らがよく知っている曲を何曲か演奏しその後にバフィーセントメリーが出てきた。バフィーセントメリーはギター1本で歌っていた。とても上手かった。声もよく通る声でレコードよりも良かった。

その後がPink Floydなのだが、とにかくセッティングが長かった。ローディーのセッティングも長かったが、Pionk Floydが出できてからのチューニングも長かった。
ロジャーがローディーを真似して"one two  one two"とふざけて言っていた。
糸井五郎さんが彼らを紹介してメンバーが現れたがそれからもしばらく調整していた。
私はレコーダを一度切ってテープを巻き戻してまた録音し直した。

デビッドの声だったと思うが、OK! Let's goの掛け声で最初の曲が始まった。
1曲目は「原子心母」だった。オートバイのエンジン音で始まった。しかし日本で知られていたのはレコードで出ていたオーケストレーション版のものだったので、それが「原子心母」だとわかった人は少ないと思う。私は少し前にFENで放送されたオーディエンス録音のものを聞いていたので、「ああ、あれだ!」とすぐわかった。
すごい演奏だった。

会場は後ろを山に囲まれ、右手が湖になっていた。
Pink Floydが始まる頃は私達も横になって寝ていられるスペースは無くなったけれど、それでも足を伸ばして座っていられた。私はステージと山の方を交互に眺めていた。
デビッドのスキャットが始まった頃からだろうか、山から真っ白な雲が流れ降りて来ていた。
私はずっとその雲の流れを見ていた。
雲はステージをかすめるように飛び去ることもあった。
巨大なwemのスポーカーから出るベースの音が周囲の山に反射していた。
ひょっとするとエコーチェンバーの音だったのかもしれないが、私には山に反射しているように思えた。