4/27/2017

FPGA

あれはいつ頃だっただろう?
1994年頃だったろうか、PALTEKという会社の人が商品を説明に来た。
その頃はDOS-V機で動くものだったと思う。アダプターが何種類かあってFPGAの種類によっ
て替えていた。確か250万円くらいだったように思う。思えばよく「買って」と言えたと思う。
しかしFPGAは画期的だった。それ以前は30cm角くらいの基盤にTTLがいっぱいに乗って
いたものがIC1個になってしまうのだから。
アナログ部分とコンデンサー、コネクター以外はIC化できた。だからほとんど机上で
仕事ができた。ロジックの間違いもICを修正するだけで済んだ。

その頃の図面が残っていた。
この頃はA3にプリンターで書き出していた。
その前は回路図面はXYプロッターで書き出していたように思う。
1枚を書くのに相当時間がかかっていたように思う。

これは小さめのFPGAの中身だと思う。今となっては何をしようとしていたのか忘れて
しまったけれど、データをラッチしているだけのように見える。
これくらいならディスクリートでも行けそうだ。
           
しかしまあ実装される基板の方はかなり簡略化される。
このころは中身のロジック数があまり多くなかったけれど、今はかなり多くなっているのだろう。
でないとパソコン周辺機器があんなに小さくならないだろうから。
当時は19インチのモニターテレビだったけれど、今は液晶で大きな画面で設計できるのだろう。
ひょっとするとパッドで電車の中でも設計できるたりするのだろう。

私はTTLの人間なので回路図で考えた方がわかるのだが、ロジックで考えた方が合理的に
作れるだろう。
多分今はメモリーまで含めて全体をIC化できるのだろうから回路設計もクリーンにできそうだ。


4/26/2017

音響学的サプリメントの効果

きわめて不謹慎な話を書こう。

ちょっと前に「声が良くなるサプリメント」という広告があったのでそれを試してみた。
まあ、言わずもがなことではあるけれど、効くわけがない。
少なくとも良くなったとは思えない。まだ牛乳に蜂蜜の方が明らかに効く。

それじゃあ音を聞く方はどうだろう?と思った。
いろいろ調べていたら「カンナビノイドを含む非マリファナ植物をチェック」
というサイトがあった。これは面白いかも、と読んでみた。

●エキナセア
まずこれだ。エキナセアは不安、疲労、関節炎、片頭痛を和らげる効果があると書かれている。そしてこれらは麻の効果に似ていると書かれている。
またエキナセアのある種のものはカンナビノイドを含んでいるらしい。しかしこのカンナビノイドは麻の成分とは少し異なるらしい。エキナセアに含まれるカンナビノイドはN-アルキル・アミドだそうだ。

エキナセアはアマゾンで検索すると錠剤のものドロップ状のもの(のどあめ)とかいろいろある。錠剤のものとのど飴を買ってみた。
ちょうど喉が痛かったのでのど飴は非常に良く効いた。錠剤のものは薬臭さが気になった。
音に関してはそれほど効果があるとは思えなかった。
少なくとも「音の広がり」「繊細さ」に関しては効果があるとは思えなかった。

●ヘリクリサム
Helichrysum umbraculigerum
この南アフリカ原産のヒナギクは大量のカンナビゲロール(cannabigerol :CBG)
を含むそうだ。カンナビゲロールは各種カンナビノイドの元になる物質らしい。
CBGは抗鬱効果、気分安定化、そして抗炎症作用をもつと言う。
国際カンナビノイド研究学会(The international Cannabinoid Reserch Society)
の年次ミーティングの会合でイタリアの自然物化学者のGiovanni Appendinoが
ヘリクリサムの種はアフリカの薬学で「マリファナのように、葬儀で煙を炊くのに使われてたと言った。さらに彼はその植物中にある化合物にはカンナビノイドに類似した向精神薬効果を持つと言っている。

アマゾンで検索するとアロマオイルとしてたくさん売られている。しかも高い。
一番小さな価格の安めのものを買ってみた。
これは通常はアロマ用のランプとかで蒸発させて使うものなのだろう。しかしそんなものは
無いので、ハンカチに垂らして匂いを嗅いでみた。
これも直接だとかなりきつい匂いがする。しばらく嗅いでいると気分的には何か来ている
ような気分になる。
音的にはどうだろうといろいろ試してみたけれど、匂いの効果の方が強いみたいだ。
音はすこし広がりを持って聞こえるような気がする。
また音の粒立ちも良いような気がする。
そこまでは良かったのだけれど、しばらくして片頭痛がし始めた。
それが数時間治らなかった。
たぶんあまりに強い匂いは良くないのだろう。

●エレクトリック・デイジー
Electric daisy-Acmella oleracea
これはまた歯痛止め植物として知られている。アマゾンの人達はこれを強い鎮痛ゲルにしている。この植物の公式な試用では、ケンブリッジ大学の管理の元で作られたゲルは神経端末での鎮痛作用があることが見出されている。
CB2受容体上で働くN-イソブチルアミドとして知られているようなカンナビノイドはこの奇妙な花を強力な鎮痛剤や対炎症剤と成している。
実際、非常に強力なので現在は実際の鎮痛剤として検討されているらしい。

これもアマゾンで検索するとアロマオイルのようなものと、あと「種」を売っている。
育てる気はないし高いアロマオイルを買う気もないのでこれは買わなかった。
しかしこの花を見るとみるからにやばそうな色と形状をしている。

このサイトにはあと、「苔」について書かれていた。ある種の苔が異種のTHCを持っているらしい。これは調べてみたら日本では絶滅危惧種らしい。
それとチョコレートについても書かれている。
これは手軽に入手できるし、音楽を聴くには一番いいような気がする。

原典:
http://herb.co/2016/03/29/non-marijuana-plants-contain-cannabinoids/






4/11/2017

擬態は変だ

マレーシアの昆虫の番組を見ていた。
擬態する虫が多い。
理由のある擬態はわかるが、なぜそうなったのか理由がわからないものがある。
はっきりって「変」だ。
変というのは裏がありそうだという意味でだ。

この世界は誰かがプログラムした仮想の世界だという説がある。
私はその説は全く信じていないが、自然の法則というのは一種のプログラムのように思える。
とてもよくできたプログラムだ。
しかしどこかにバグがあるんじゃないだろうかと思っている。
あるいはプログラムであることを知られてはまずいけれど、それが露呈している部分が
あるのではないだろうか、と思う。

地球に生物が生まれた原因も偶然にしてはできすぎだけれど、理由が付けられないわけ
じゃない。そういうものはかなりある。

それで問題にしたいのは「コノハムシ」だ。
まず木の葉にそっくりな外観だ。しかも虫食いや日焼けまで真似している。
あるいはその虫が育った樹木の木肌に全くそっくりな模様を付けているものもいる。
「そういう外観をした虫だけが生き残った」とかいう説もあるけれど無理がある。
しかも化石調査によると彼らが似せている広葉樹よりも彼らの方が木よりも先に生きていた
という研究結果もあるそうだ。それはまあ何かの理由による間違いかもしれないと思うけれど。

もう一つコノハムシで不思議なのは、彼らは太陽の方向にお腹を向けて木の葉にへばりついて
いるそうだ。そうすることによって彼らの体の部分が陰にならずまるで葉っぱのように葉脈だけ
しか見えなくなるそうだ。
そうなっている理由は羽の裏側と体の部分が白くなっていて太陽が当たって羽と体の間で
光が反射して体部分が陰にならないからだ。

そこまでは理解できる。
しかしその”外界から見た時に体部分が隠れる”という現象が、彼らがその体質を持つと
いうことに対してどうやって影響を与えたのだろう?
例えばもともとはそういう体質を持っていなくて、外界から襲われることがあったとしても
いったいどうやってその「外から見た外観を改善しよう」という影響力が生まれたのだろう。
彼ら自身は自分の外観を見ることはできないし、彼らの体が自発的に外観を改善しよう
としたということなどありえるわけがない。
いったい誰が彼らの外観を見たのだろう? そして、もう少しわかりにくくしよう、と誰が
やったのだろう。

擬態に関しては選択説だの進化説だのいろいろあるけれど、どれも説得力がない。
私はこれらは自然の法則というプログラムの欠陥のように思える。
これは例えば、こんな風に文章を書いている時に「母」と文字を書いたら、自動的に
自分の母親の名前が表示されてしまうようなものだ。
非常に良くできているけれど、なぜおまえがその名前を知っている? というこだ。

4/09/2017

モーガンフリーマンが番組でなんとかいう部族には時間という概念が無いとか言っていた。
まあ、そういうこともあるだろうなと思った。
それじゃあアイヌはどうなんだろう?と思ってちょっと調べてみた。
調べてみたと言ってもネットのアイヌ語辞典を調べたわけだけれど、
自分の持っているアイヌ語辞典はどこかに入り込んで見つからない。

ある辞典では、時間、時に関係した言葉はこんなところだった。
サクアン=夏になる
サクケシ=秋
サクパ=夏の間
シリアン=時がたつ・そう言う状況
シルペケレ=夜明け・夜が明ける
シロヌマン=晩になる
タヌクラン=今夜
タネポ=今
タノクラン=今晩
タント=今日・本日
タントオロ=今から
チュイマ=遠い
チュク=秋
テウンノ=これから
テエタ=昔
テエタクル=昔の人
ト=日・昼間
トーケシ=正午頃
トゥイマ=遠い
トゥイマウタリ=遠い祖先
トオ=はるか・ずっと遠く
ニサッタ=明日
ヌマン=昨日
パイカル=春
パイカラ=春
マタ=冬
ペケレチュプカムイ=太陽
モンケシナ=現在では
http://www.h3.dion.ne.jp/~oyama/boukenn-folder/bouken-ainugo-ziten.htm

また別の辞典では、前出の言葉以外では、

an 時刻、時期 ~になる (an hi wano: 生まれた時から)
ci  和語の「時ジ」
hemtom  ある時
hi orowano ~した時から
hi ta  ~の時に
hine ~した時に、していると時に、の時に
humne  時には、時々
imakake その時空の後ろ側 imak :後ろ、~の後
ioka 時間的にその後
kane kor  時間が経って、過ぎて
kotpok  (時間的な)前、直前
okayasu  時間が経過して
or  ~の時  orが頭に付くと時間を表す
ounno  (時間的に)~ずっと
poni   小さい時  poni wano:小さい頃から
pon-ram  幼い時
rapokke   そのうちに
siran 時が経つ
ta  空間時間の位置 ~に
turayram  ~すると同時に
http://tommy1949.world.coocan.jp/aynudictionary.htm

こうやって並べてみると和語以外でも時間の概念、間隔というのは我々と
同じように持っていたと思える。

そう考えて行くと、それじゃあ我々は「時」という概念を大昔から持っていたのだろうか?
と考えてしまう。


4/06/2017

MIDI

どうでもいいことを書いてしまったけれど、
私の時代に始まったものの一つにMIDIがある。
MIDIができる前からシンセを手作りして遊んでいたのだけれど、
全てアナログ電圧で決めていた。
アナログは連続値だから音階も長さも連続的に変えることができた。
逆に見れば、値は連続値を取らざるを得なかった。
正しい音階にセットしようとしても(半導体の)温度変化で音程は変わってしまった。
それを調整しながら音楽を作っていた。

それがMIDIができてからはデジタル値で変えるようになった。
音階も正確になったし、音色やフィルターの値も瞬時に帰ることができるようになった。
MIDIが出始めの頃は音源側はアナログ回路でできていて、それをMIDIで制御する
というやりかただった。
今はたぶん全てデジタルにやっているはずだ。
FM音源は?と考えるとやっぱりデジタルフィルターでやっているのだろう。
あのフィルターは何って言っただろう?と思い出してみると
FIRフィルターだ。
当時は珍しい(今のCPUのような)真四角のICだったように思う。
当時はシリアル信号ではなくパラレルの12ビットを入れて12ビットで出ていた
ように思う。
今はたぶん現実の信号としては1ビットだけれど、シリアルで12ビットとか16ビットとか
で処理しているのだろう。
クロック信号がすごく早くなっているから少なくとも音声信号くらいは十分処理できるの
だろう。ハイビジョンなどの映像信号はどうだろう?

FIRフィルターはステップがあって限られたステップ数の中で平均処理とかフィルター処理
とかしていた。FIRフィルターに送り込みながら次の処理をリアルタイムにしなければ
いけないから、全体はパイプライン処理を行っていたと思う。
だから入り口と出口では時間差がある。
そういえば地デジ放送の開始当時はまだブラウン管テレビと液晶テレビが両方あった。
同時に2台を見ていると映像も音声も液晶テレビは数秒遅れていた。
たぶんフィルター処理もあるけれどFIFOメモリーみたいなものを使っているのだろうか。
液晶(デジタル)テレビの中はどうなっているのだろう?
そういえば回路図とか構成図とか見たことがない。

MIDIの話だった。
MIDIが生まれたのは1980年ころだと思うけれど、
現在まで同じ規格できているのだろうか?
少なくとも昔の機械はそのまま動く。
だとするとたいしたものだ。




4/05/2017

歳をとること

自分のお爺ちゃんを「お爺ちゃん」と呼んでいた頃のお爺ちゃんの年齢に近づいて
いるわけだが、歳をとるというのはもっとじわじわ来るものだと思っていたけれど、
実に気が付いたら歳をとっていたような気がする。
まだ若かった頃から間が無くて今歳をとっているように思う。

たぶん、こういう思いが過去何千年、何万年と受け継がれてきているのだと思う。
前の世代が先に行き、私の番が回ってきたわけだ。
それが現実として受け入れられない。
自分の番はまだまだ来ないような気がしていた。

それはそうと、一体この順番はどういう風に決まっているのだろう。
というのも私は運命論者なのかもしれない。
もう最初から決まっていたように思える。
歴史は予め全て決まっていて、人間は(生き物も星も宇宙も)全てそのシナリオ通り
に進んでいる。
…まあ、量子論の話はおいといてだけれど、
だから私もきっともう決まっているのだろう。と思う。
それがいつかわからないだけで。