8/07/2013

夢の論理

先日ある作業をしている時に、その作業の視野に重なって別の映像の断片が見えた。
それはゲーム盤のようでもあり曼荼羅のようでもあり、一瞬のことなのではっきり
確認できなかったが、
今やっている作業を別の視点で見ているような映像だった。
また既知感に近いものだった。

だから、どこかで見たはずの映像なのだけど、思い出せない。
しばらくして、それは夢のシーンだったのかもしれないと思った。


夢の話は自分にしかわからない。
たぶん覚醒している時に夢の中の行動は理解できないだろう。
しかし、夢の中では成立している行動なのだ。
その断片的映像は現実にやっている作業を夢のロジックで置き換えたものだったように思う。

夢で私はよく電車に乗る。
しかし行き先はたいてい自分が望んでいる方向ではなく、別な場所についてしまう。
そこから帰りの電車は無く、歩いて戻ろうとする。
恐ろしく長い道のりを歩き続ける。
途中、海峡を渡るとても細い橋を渡ったり、水の底をあるいたりする。
足を下ろすのがいやなくらい汚いところを歩いたりする。
途中で自分の車が停めてあったはずの場所を探しまわり、
街中を歩き回る。
いつのまにか車に乗っているが、その車はなかなか動こうとしない。
どたばたしているうちにそれが自転車に変わってしまう。
自転車は曲がりくねったスロープを矢のように駆け下りる。

そんな夢をずっと見ている。
それでも夢の中では普通のことのように世界は動いている。

夢の中のシーンに実際に出会ったことは少なくとも3回はある。
その場所に出る前に、その景色が見えた。
その瞬間自分は夢の中に戻ったような気がした。

夢の中で既知感にあったことがある。
家の中には私にかかわる全ての人がいた。
亡くなった両親やめったに会わない兄弟もいた。
子供もみないた。
子供の体を抱きしめた時、「あ、この感じは前にもあった」と思った。

親の記憶を夢で見たことがある。
私がほんとうにまだ小さな頃から恐ろしい夢を時々見た。
大きな黒い台があり、私はその脇にいてそれを見上げている。
黒い台の上には何かが載っていて、煙を上げている。
その上の空は灰色の雲が渦巻いている。

そんな夢を時々見て、泣きながら目を覚ました。
私はその夢の話を母親に話したことがある。
母は何も言わなかった。

母が広島にいたことを私に話してくれたのは私が30歳になってからだ。
それまでは全く話してくれなかった。
それを聞いて一緒に広島に行こうと言った。
母はあの時以来広島には行っていなかった。

広島空港(昔の海の傍の)について、そこから母の家があったところまで歩いた。
歩きながら母は昔ここには何があって、誰が住んでいたのか、
母の父親が県庁で被爆して、家まで自転車を引きずって帰って来て、
家族の無事を知ってから亡くなった話や。
その父親を河原で荼毘にふしたことを聞いた。
その時のシーンを私は記憶しているのだと思った。

記憶が遺伝するものかどうか知らない。
しかし私が母の記憶を持っていることは確かだと信じている。