子供(小6)の頃初めて読んだ「銀河鉄道の夜」はその後と話しの流れが違っているようだ。しかし銀河鉄道自体は変わっていない。
ところが近年の銀河鉄道の列車は蒸気機関車のイメージが強い。たぶん勇壮なD52とかC62とかの大きな汽車のイメージだ。たぶんにアニメや影絵の影響が強いと思う。
賢治さんはどういうイメージで描いていたのだろう?と思う。
気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、
ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。
ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈の
ならんだ車室に、窓から外を見ながら座 っていたのです。
と書いているから、小さな列車なのだろう。しかも「小さな黄色の電燈」と
ところが近年の銀河鉄道の列車は蒸気機関車のイメージが強い。たぶん勇壮なD52とかC62とかの大きな汽車のイメージだ。たぶんにアニメや影絵の影響が強いと思う。
賢治さんはどういうイメージで描いていたのだろう?と思う。
気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、
ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。
ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈の
ならんだ車室に、窓から外を見ながら
と書いているから、小さな列車なのだろう。しかも「小さな黄色の電燈」と
言っているから電車なのかもしれない。あるいは発電機を積んだ蒸気機関車
かもしれない。子供の頃に乗った蒸気機関車は確かに壁の所に楕円形の
オレンジ色の電燈がついていたように思う。
だから必ずしも電気機関車とは言えないようだ。
花巻の軽便鉄道の写真を見るととても狭い客室内で椅子はボックス席ではなく
両側の長椅子だ。
いつからボックス席のイメージになったのだろう?
すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、
窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。
そしてそのこどもの肩 のあたりが、どうも見たことの
あるような気がして、そう思うと、もうどうしても
誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。
いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、
俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。
それはカムパネルラだったのです。
とあるけれど、向かい合って座っているとは書いていない。
長椅子でもこの状況はありそうだ。だいたい岩手軽便鉄道にしろ花巻電鉄にしろ車内はせまくてボックス席は無理だ。賢治さんが「小さな列車」と書いているくらいだから。
国鉄の大きな汽車ではないだろう。
この汽車は電気だろうか?あるいは蒸気機関車だろうか?
それについてははっきり書かれていないけれど、
「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」
ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。
「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。
アルコールか電気なんだろう。アルコールだったら煙は出ない。
電気だったら蒸気すら出ない。ジョバンニは何を見て「石炭を炊いていない」と言ったのだろう?たぶんまどの外を煙が流れていないからか、石炭の匂いがしないからだろう。
そうすると「この汽車」は花巻電鉄のような(都電のような)造りの車両かもしれない。
ちなみに岩手軽便鉄道は1915年~1936年、花巻電鉄は1918年創業だ。
賢治さんの銀河鉄道の夜は1924年~1931年くらいだから電気であってもおかしくはない。
それに「この汽車」が何両編成かも不明だ。だけど1両ではないだろうきっと。
軽便鉄道でも4~5両くらいあったようだ。電鉄の方は2両みただい。
車内で物語ができそうなのはやはり4、5両必要かもしれない。
この銀河鉄道には線路はあるのだろうか?
線路という記述と、音については何か所か出て来る。
気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、
ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。
とか。
そこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや
風の音にすり耗 らされてずうっとかすかになりました。
あるいは、
ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、
そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、
三角点の青じろい微光 の中を、どこまでもどこまでもと、
走って行くのでした。
とかあるので、ごとごとと結構騒音を出しているらしい。
また線路というのは
そのときすうっと霧がはれかかりました。
どこかへ行く街道らしく小さな電燈の一列についた通りがありました。
それはしばらく線路に沿って進んでいました。
どうやら銀河鉄道には線路があるらしい。
銀河の中を走る路線図があるのだろう。
その路線図をイラストを交えて描いた人がいた。たぶん日本で最初にそういうイラストを描いたのだと思う。その路線図にはジョバンニとカンパネルラが乗った列車の路線図が詳細に描かれていた。その人はそのときまだ学生だった。その後その絵と似た絵を作って公表した人がいたらしい。
いつからボックス席のイメージになったのだろう?
すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、
窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。
そしてそのこどもの
あるような気がして、そう思うと、もうどうしても
誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。
いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、
俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。
それはカムパネルラだったのです。
とあるけれど、向かい合って座っているとは書いていない。
長椅子でもこの状況はありそうだ。だいたい岩手軽便鉄道にしろ花巻電鉄にしろ車内はせまくてボックス席は無理だ。賢治さんが「小さな列車」と書いているくらいだから。
国鉄の大きな汽車ではないだろう。
この汽車は電気だろうか?あるいは蒸気機関車だろうか?
それについてははっきり書かれていないけれど、
「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」
ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。
「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。
アルコールか電気なんだろう。アルコールだったら煙は出ない。
電気だったら蒸気すら出ない。ジョバンニは何を見て「石炭を炊いていない」と言ったのだろう?たぶんまどの外を煙が流れていないからか、石炭の匂いがしないからだろう。
そうすると「この汽車」は花巻電鉄のような(都電のような)造りの車両かもしれない。
ちなみに岩手軽便鉄道は1915年~1936年、花巻電鉄は1918年創業だ。
賢治さんの銀河鉄道の夜は1924年~1931年くらいだから電気であってもおかしくはない。
それに「この汽車」が何両編成かも不明だ。だけど1両ではないだろうきっと。
軽便鉄道でも4~5両くらいあったようだ。電鉄の方は2両みただい。
車内で物語ができそうなのはやはり4、5両必要かもしれない。
この銀河鉄道には線路はあるのだろうか?
線路という記述と、音については何か所か出て来る。
気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、
ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。
とか。
そこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや
風の音にすり
あるいは、
ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、
そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、
三角点の青じろい
走って行くのでした。
とかあるので、ごとごとと結構騒音を出しているらしい。
また線路というのは
そのときすうっと霧がはれかかりました。
どこかへ行く街道らしく小さな電燈の一列についた通りがありました。
それはしばらく線路に沿って進んでいました。
どうやら銀河鉄道には線路があるらしい。
銀河の中を走る路線図があるのだろう。
その路線図をイラストを交えて描いた人がいた。たぶん日本で最初にそういうイラストを描いたのだと思う。その路線図にはジョバンニとカンパネルラが乗った列車の路線図が詳細に描かれていた。その人はそのときまだ学生だった。その後その絵と似た絵を作って公表した人がいたらしい。