2/10/2019

雪祭り

今年は70周年だとか。
ほぼ私が生まれた年からやってるらしい。
大通りは昔より明るくなったように思う。
昔はオレンジ色だったと思うけれど、今は白から青色が多いみたいだ。

大通りの外れに大倉山が見える。
私が住んでいたのはあの少し手前だった。
大通りをまっすぐ西に向かったところだ。

大通りのここ(テレビ搭のあたり)からアパートまで歩いて帰ったことはあったろうか。
あまり思い出せないのだけれど、会社までは歩いて帰ったことがあったと思う。
地下鉄で来て、部品屋を廻って帰った時だ。
前にも書いたけれど西島無線が10丁目あたりだったから、そこから21丁目まで歩いた。
あれだけだろう。
あとはずっと車だったから。

あ、そうだ思い出した。
交通違反で家庭裁判所に行ったことがあった。
確か免停が来るまでの間に違反をやってしまった時だ。
それが11丁目にあったように思う。
はっきりしないけど、あのあたりだったと思う。

考えてみると違反のほぼ90%は速度超過だった。
よく生きていたと思う。
あるいはよく他人様を怪我させずにいたと思う。

あの頃は車が無いということは考えられなかった。
いつも車に乗っていた。
どこにも行くところがなくても、家から大倉山の脇を通り
盤渓まで走った。
全く意味はなかった。
石狩の海岸までも走った。
全く意味は無かった。
千歳から支笏湖を廻って帰ってきた。
全く意味はなかった。
ただ、一人でじっとしていると耐えられなくなった。
それでどこかに向かっていた。
走るのは夜だから誰もいない。
誰にも会わない。
でも海や湖の脇に車を停めていると少し落ち着いた。

東京に戻ってからもその気分が抜けなかった。
夜中に海に走った。
結婚(同棲)してからも夜一人で走った。
誰もいない海は落ち着いた。
遠くの工場の灯りを眺めていた。
その感じは数年抜けなかった。

今はその気分は無い。
でも電車に乗って宛てもなく旅をしたい気持ちはある。
どこか遠くに。