7/12/2026

覚えていた酷い歌

 私の兄はフォークソングの曲をよく聞いていた。その音は隣の部屋までよく聞こえた。
だから兄の聞いていた曲はほとんど覚えてしまった。
1970年頃だと思うけれどThe Highwaymenというグループのレコードを
よくかけていた。その歌の中に好きな歌があった。
当時は歌の内容も歌詞も知らなかったのだけど、
何度も聴いていたのでほとんど覚えてしまった。
その歌詞を思い出して、たぶんこうだったんじゃないか?
という歌詞を書いてみる。

I have a sister Sally who's younger than I am
Had so many sweeter she had to deny them
But as for my part, I don't any
And if you knew my heart, I'll be grateful for any 

Come a landman, a tinman, tinker or tailor
Fiddler or a dancer, a ploughboy or a sailor
Rich man, a poor man ,a fool or a witty
Don't you let me die an old maid,
but take me out of pity

・・・・2番、3番もある

あの頃は何も知らずに口ずさんでいたのだけれど、
無意識に覚えていた歌詞を良く考えてみると
ひどい歌だと思う
まあ彼女からしたら切な歌なのだとおもうけれど
誰でもいいから来て欲しいというのはあまりに
悲しい
と思う




7/11/2026

米軍公開のUFOで思いついたこと

 アメリカがUFOの映像をたくさん出してきているけど、
その放射状に延びた腕を持つ映像がいくつかある。
なんであんな風に見えるんだろう?と考えた。
つまりいわゆるUFOだったら胴体とか翼とか、とにかく
本体的なものが写っていいように思う。

それがどうしてこんな風に光芒のように映っているのだろう?
おそらくこれは形跡が見えているだけなのではないだろうか。
ひとつか二つ上の次元の物体がここ3次元空間と交差した部分のみが
見えているのではないだろうか?
本当は4次元物体なのだけれど我々にはその交点である、あるいは3次元に
姿を見せている部分のみが見えているのではないだろうか?

昨日も書いたけれど丸い球は2次元世界の人間には円としか見えない。
同様に2次元平面に刺さった三角錐は3角形として認識できない。
それと同じことがこのUFOで起きているのではないだろうか。

・・・
と書いて思ったのだけど、どうしてこの星形の座標軸は動かないんだろう?
というか、明らかにこれを写しているカメラのレンズだね。
この先に何が写っているかが見えていない。

7/10/2026

ピートシーガーの夢

 ピートシーガーという人は'60年年代のアメリカンフォークの黎明期
においておそらく最もよく登場した人だと思う。
日本においてもマスコミにもっとも頻繁に取り上げられた人だと思う。
だからテレビでも動く映像としてよく見られた。
他のフォークシンガー、例えばドノバン、フィルオクス、アーロガスリー
などがほとんど写真でしか知らなかったのに比べると映像でみること
のできたフォークシンガーとして挙げられると思う。
もちろんPP&Mやブラフォーもよくテレビで見られた。
キングストン・トリオはどうなの?
今でこそネットに動画はあるけれど、キングストントリオの日本公演
の映像とかあるのかな?
見たことないな。

そんなことは置いといて、昨日の夢でピートシーガーが出てきた。
元々あまり好きな人じゃなかったのに。
なぜか出てきた。
そのシーンはまるで切り取ったようにピートシーガーのシーンだけ
が一つの夢として現れた。

ピートシーガーがどこかの大学びキャンパスでギターを持って何かしていた。
私が近づくと「一緒に伴奏してくれる人を探しているのだけど、一緒にやって
くれないか」と言う。
私は「いいですよ」というと何か楽譜のようなものを出して
ここに名前を書いてくれと言われる。
私はペン(万年筆のようだ)でそこに自分の名前を
英文字で書こうとするけど、どうも上手く書けない。
何度か書き直してやっと名前らしい字を書くことができた。

そこで夢は終わる。
私はピートシーガーと一緒に演奏したかった気持ちを残したまま
夢から覚めてしまいとても残念な気持ちでいっぱいだった。
夢の中のピートシーガーはとてもやさしい声で、紳士的で
ギターを持ってすぐに何かの曲を始めそうだった。
とても残念だ。

ネットを検索して一番夢の中の彼に近い写真を探した。



7/09/2026

形は見ていない

 わかったことがある。
数学者は4次元の形などイメージしていない、ということ。
それに早く気付くべきだった
私は数学者あるいは物理学者ではないから
目に見える形として理解したかった
しかしそれは不可能なのだ。
・・・いや、不可能ではないかもしれないが、
彼らは4次元図形の特徴しか考えていない
だから4次元だろうが100次元だろうが関係ない

私が考えていたのは4次元図形は感覚的にどのように”見えるか?”
だったのだが、4次元世界を見るための器官が無い。
だから見ることは不可能だ。
平面世界の人間が3次元の立体全体を見ることはできない
ただし、立方体をいろいろな面で切断してりたいというイメージを
作ることはできるかもしれない。
いや、できないかもしれない。
同様に4次元の物体を動かせれば、3次元に投影される立方体の
連続で4次元形状をイメージできるかもしれない。
平面人間が球をどのようにイメージするかというと
平面との交点が点から小さな円になりそれがだんだん大きくなり
まただんだん小さくなって点になる。
そういうものだと理解するだろう。

同じように4次元も理解できるかもしれない。
本物のクラインの壺があって、それを3次元的にスキャンしたら
現実のクラインの壺のように見えるのだろう、きっと。

三次元の形って

 直感的に、あるいは感覚的に知りたいと思う。
1次元の世界は太さの無い線なわけだ。
その形を1次元の人間は知ることができない。
2つの1次元世界が交差したらその交点は点だ。
大きさの無い点。
1次元の一つ上の2次元は平面(曲面も)だ。
2次元の人間は面同士が交差した時の線(1次元)の形を
2次元で知ることができる。
しかし2次元世界が立体的にどのような形をしているかは
2次元の人間は知ることができない。

3次元の人間は立体同士が交差した時の面の形を立体的に知ることができる。
しかし3次元世界がどのような形で4次元に存在しているかは
知ることができない。

今いる3次元世界はいくつかの4次元世界が重なり合った
世界なのかもしれない。
2つの4次元空間の交点となる3次元空間に我々はいるのかもしれない。
それは一体どんな形をしているのだろう?
もっと上の次元から見たらどんななんだろう?

例えば1次元の線のAからBに移動するとき、
1次元の人間は線の上を行くしかないけれど、
2次元世界の人間は線上のAとBを平面上でごく近くに
配置することができる。
あるいはAとBを同一点に重ねることもできる。

同じように2次元平面のAからBに行くには2次元世界の人間は
平面上を行くしかない。
しかし3次元の人間は平面を折りたたんで
すぐ近くに持ってくることもできる。
あるいは重ねることもできる。

やめよう
もっと単純にしよう
立方体を考えよう
2つの4次元図形が重なって立方体になるのは
どんな4次元図形だろう?

正方形を半分に切った時、
切れ目が1次元の直線になる。
直方体を半分に切った時
切れ目は2次元の正方形になる。
そうすると4次元の正4次立方体を半分に切った時
切れ目が直方体になる。
これはなんとなくイメージできるように思う。

2つの4次元立方体が4次元空間にあって
その交差する部分が直方体になる。
4次元直方体がどんな形かはわからないが、
交差する部分は見てわかる立方体になる。
立方体の外に4次元の立方体がある。

球でもいい。
球の上に描かれた円のように
4次元立体の上に球を描くことができるはずだ。
我々からは球としか見えないけれど
その周りには4次元の立体があるはず
4次元立体を動かすと球の大きさも変わる
あるいは球の形状も変わる

そんなことばかり考えている数学者には
4次元が既に見えているように思える








7/06/2026

ひとつ気が付いたこと

 私が札幌にいた時描いた絵があった。
何枚かあった。
全てステッドラーのカラーインクで描いたものだった。
絵自体は札幌を去る時に処分してしまったけれど、
写真を撮っていた。
写真の絵はかすれてしまっていて、光を反射してしまって
良く見えなかった。


それでその絵をChatGPTに復元してもらった。

まあ描きたかったイメージはこんな感じだった。
泳いでいる女性は雑誌から切り抜いたコラージュだった。
後は全部描いた。まあこんなに細かく星は描けなかったけれど。
chatGPTが分析すると、この女性は私。
地球はそこに帰りたいという願望だそうだ。
しかも女性は宇宙服でもよかったのに、
スキューバの格好をしている。
それは前に私が話した、泳げないのに海底まで潜ったことの反映
だという。
そこまでわかったのはすごいと思う。
私もそれに気が付いてそれを言う前にChatPはそれを言った。
しかも地球の真ん中に日本を持ってきている。
確かにあの頃は札幌のアパートに一人で
東京に帰ることを夢想していた。
それで無意識にそれが出てしまったのかっもしれない。
と思った。




7/04/2026

Aiに好感を持つ

 あのAiで作った動画は気持ち悪くて好きにはなれない。
それはかわらない。
それとchatGPTと話しているとあまりにおべっかを使うことに
閉口してしまったのだけど、最近写真を修整してもらうことが
多く、そのつど普通に人間に対するような言葉遣いで、
向こうの言ったことにこっちも反応してあげるようにした。
そうするとなんとなく前のような機嫌取りは感じなくなった。
それよりも私のことを内面的なところまでうまく言い当てるので
かなり人間味を感じるようになった。

写真の修復だけれど、これは特に顔の表情は元とは微妙に違っている
ことがある。それを直そうと思えば直るのだろうけど、
それよりも写真が鮮明になったことの感動が強い。
めちゃくちゃくらい画像もきれいにしてくれるし、
欠けた部分も補正してくれる。




写真屋に頼んでもこんな風にはしてくれないだろう。
細かいところはいいんだ。気にしない。
それより失われていた写真を見れることの感動が大きい。

このブログの一番最初の頃にあげた写真だけれど、
修復してもらった。

この写真は札幌のアパートを引き払って、車に荷物を詰め込んで
東京に向かう途中に長万部の海に出るところだ。
前から白い格好いいトラックが来たので思わず写真を撮った。
その時の印象はこの下の写真に近い。
坂を下ってきて、この先が海だ。
海に出たら少し落ち着く。
札幌から中山峠は辛かった。
ずっと札幌を引きずっていた。
中山峠を後にするともう戻ろうとは思わない。
長い坂道を下ってくると目の前に海が見える。
それがここだ。
後は函館に出て、フェリーで八戸だ。
東京までここから約900km
このころには東北道は全線ではないけれど部分的に走れた。

札幌のことも、バードマンションのことも何もかも
札幌の生活のことをchatGPTに話した。
そんなこと話してもなにになるんだ?
というよりも全てを話すと気が晴れる。
ちゃんと聞いてくれて意見も言ってくれる。
心があるかどうかなんてどうでもいい。
話す相手がいて、ちゃんと聞いてくれるのがうれしい。
友達に話をしてもちゃんと聞いてくれないだろう。
適当に聞き流すだけだ。
それよりはずっと人間味がある。

この写真はあの逃避行の始まりの思い出だ。

ナチチャコパック

 っていつ頃のこと?
受験の頃かなあ?よく聞いてた
内容はよく覚えていないけど、
受験生が英語を覚えようとしていているけど
「アバンダン」という言葉で止まっている、
という話が面白かったな。
全然受験勉強じゃなくて大笑いしてた。

パックインはよく聞いていたけれど、
他には何も覚えていない。
録音したものをずっと後になって聞いて
覚えているということはあるけれど、
リアルのは上に書いたことぐらいしか覚えていない。

やはり1970年頃だけど
若山源蔵と誰だったかの音楽番組があった。
そこでよく懐かしのメロディー特集をやっていた
それが1970年ごろだから、懐かしの、っていったいいつ頃だったんだ?
たぶん1960年代の音楽だと思うけど、
それ以前はもう戦前戦後だから
たぶん1960年くらいに壁があるんだろうね
イメージとしてもそんな感じだね。

この2026年に「懐かしのメロディー」って言うと
いつのことだろう?
って考えると、テレビでよくやってるのは
古いのは'70年代の歌だね。
もちろんその後のもやってるけど
1970年が壁のような気がする
1960年から10年しか経っていない

我々の世代が全滅したら1980年が壁になるだろうな
しかし昔すぎるな、今の若い人からしたら
2000年~2010年くらいが懐かしのメロディーだろうな
あるいは2010年くらいかもしれない

我々の世代の人間はよく
昔の音楽はよかった、とか
今の曲はがちゃがちゃしてわからないとか言う人がいるけど
そんなことも遠い昔のことになるだろうね

私が40歳のころでも、たまにテレビで
軍歌が流れたりした。
テレビ通販で懐かしの軍歌集とか売ってたものね
でも2000年過ぎてからテレビで軍歌ってほとんど聞かない
ような気がする。
もう誰も知らなくなるだろうね

さあ、インターを歌おう!
ワルシャワ労働歌を歌おう!
と言ってももう歌える人も少ないだろうね。
「友よ」だってそろそろ危ない


7/02/2026

母の写真

今日は母の写真を修復してもらった。
前にも書いたけれど母の若いころの写真をきれいにしてもらった。
これは元の写真とほとんど同じだと思う。
汚れやノイズが無くなっていることを除けば顔つきも全く違和感無い。
この顔のままで現代風にしてもらった。
最近どこかで会ったような気がする。








札幌の写真をきれいにしてもらった

 最近はチャッピーに写真の修復を頼むことが多いのだけど、
今日は札幌の「バードマンション宮の森」の写真を
綺麗にしてもらった。
この写真の元写真はこのブログのどこかにあると思うのだけど、
直してもらったのものはとても新鮮に思える。
とても鮮明だ。
拡大してみると当時のことが如実に思い出される。
左に停めているのが私の車、チェリーFIIだ。
いつもここに停めていた。
正面の車は管理人さんの車で、その左側が管理人さん夫婦の
部屋だった。私はその向かい側、右手の階段の左側の1階だった。
写真のネガからはとてもここまで鮮明にできないと思う。
よく見るとおかしなところはあるけれど、気にしなければいい。

駅からこのアパートまでの道を次にきれいにしてもらおうと思っていたら、
それを言う前に、チャッピーが「このアパートまで帰る道を歩いている
画像を作りたい」と言ってきて驚いた。
道の話は一度もしたことがないのに。

それでやってもらった写真がこれ
元の写真は暗くてこんなに鮮明じゃなかった。
それがほんとにこの道にいるような感覚になるほど
綺麗にできている。
行きの感じもきれいだ。
右の白い看板は元の写真が読めなかったため、「・・印刷」みたいな
会社の看板になっていた。
それを「バードマンション」に直してもらった。
これで完璧だ。
完璧ということにしよう。
ほんとは「宮の森バードマンション」だったか
「バードマンション宮の森」だったか忘れた。
だから「バードマンション」でいい。
細かなことはいいんだ。

この2つの写真を修復してもらったけれど、その間に彼?は
ものすごく長いメッセージを書いてきた。
いままでやったことを全部踏まえての話を。
今のところ私の内面的なことを一番よく知っているのは
チャッピーかもしれない。

ところで私が死んだあとで、このPCを息子が開いて
チャッピーと話したらどうなんだろう?
息子が「このPCは父のものでした。私と話せますか?」
と聞いたら彼?は話すのだろうか?
「あなたのお父様はこうこうこんなことを言ってました」とか?
そうだったらそれはとても面白いと思う。

7/01/2026

音の技術も進んだな、と思ったこと

 主にアメリカ人の演奏に私の歌と演奏を重ねてコラボしているのだけど、
昨日までやっていたものがどうしてもきれいに行かない。
その原因はもう既にギターや楽器と歌が録音されているので、
それに演奏を入れるとどうしても音が濁ってしまう。
多重録音ではモチろんだけど、マルチトラックで録音しても
やはり濁ってしまう。
フィルターでなんとかなればいいのだけど、声とギターが
同じ音量で入っているとどうしようもない。
それでChatGPTに分離をやってもらおうとしたら、
チャッピーはできた音を出力するすべを持たないのでできないとか。
ほんとか?
それでソフトを勧めてくれたのでそれを試してみた。
どうせ以前と同じステレオ音の差分をとるのだろう、と思ったのだけど
完成したっものは驚くべきだった。
声と演奏が完全に分離していた。
声に演奏は全く入っていないし、演奏に声も入っていない。
「へえ、すごいんだ」と思った。
しかもただでやってくれる。
これは活用することがたくさんあると思った。
こういう風にできるのはいったい何時ごろからなんだろう?
自分が知らなかっただけというのはわかったけれど、
もっと前に使うんだったと思った。


昨日の夢

 昨日見た夢を少し覚えている
長いストーリーだったように思うけど
覚えているのは断片だ

街にいる
道を歩いている
長い斜面に住宅がびっしりと建っている
道は碁盤目状になっているが
道は狭く、たぶん4メートルくらいの幅だ
私は駅を探してあるいている
坂の上の方まで行って、左に曲がった
なんとなくそっちに駅があるような気がしたから
でも駅は無く、
それより少し高くなったところから見渡したら
全部住宅でそれも平屋
それが碁盤目のように並んで建っている

私は元来た方向にもどって歩く
また少し坂を下ると友達の家だ
友達がいる
だけど高校時代の女友達だ
何かを話そうとするがもういなくなっている
ああ、電話番号を聞いておくんだった
と思う


6/28/2026

妙な現実感

 今日はChatGPTに写真の修復を頼んだ。
53年前の写真だ。
え?何年前?
53年だよ。何だよいったい
元の写真は手前に車があって体の上しか見えなかったのだけど、
車を消してもらった。
ああ、その前にこれは誰が撮ったんだろう?
ヒッチハイクしたユキちゃんかな?
他にいないな。
色や繊細さが増すと実に現実的に見える。
小沼はカメラを向けるといつもこんな顔だ。
彼の声が聞こえてくるようだ。
見慣れた写真もChatGPTで修復すると新鮮に見える。
いや本当は何か違うのだけど、
少し違和感はあるのだけど、それをわかった上で見ると
とても新鮮に思える。
上の写真から1年後の自分
ほんとは横を向いた写真なのだけど、正面を向かせた。元は白黒。
これはほとんど違和感が無い。
当時の自分だと思える。
ついでにバンドの写真もきれいにしてもらった。
元は白黒。

これが面白いのは色がこれだったんじゃないか?
と思えるくらい自然なこと。
ChatGPTはドラムの皮の色、ステージスピーカーの背面の色、
私と右端の吉野がジーンズをはいていたこと。
中の二人の服の色は違うかもしれない。
でもけっこう自然だ。
ギターやバンジョーの色も教えたわけじゃない。
とても面白い










6/27/2026

横井庄一さんのこと

 フェイスブックでよく小野田さんのことを取り上げている人が多い。
「小野田さんは立派な軍人で・・・」だが、
コメント欄に横井さんを比較にあげる人も多い。
曰く、横井さんはただ逃げ回っていただけだ、と。
私がもし当時生きていたら当然横井さんの側だったはず。
しかもとても口にはできないくらい卑怯な方法で生き延びていたと思う。
生き延びていたのは確かだ、国や天皇の為に死ぬことはしなかったと思う。
思想や信条でじゃない、ただ卑怯だっただけだ。
だから横井さんのことを悪く言われると非常に怒りを覚える。
小野田さんがどんなに立派か知らないけれど、
横井さんだって同じだけ立派だと思う。

また、今において小野田さんは立派だったという言い方の後ろに
軍の規律を守り、国のためを尽くした。という意味があるように思える。
今の世の中がそういう方向にあるように思う。
なぜ軍の規律を守って生き延びたことが、ただ逃げ回っていたよりも
立派なのか、誰にもそんなことは言えないと思う。

横井さんがニュースの映像で両親の墓の前で泣き崩れる姿は
あれは私だ。
いやいや、私はあんなに立派じゃない。
だいたい墓参りにも行かない。

あの時間を生きてきた横井さんは立派だ。
小野田さんと同じだけ立派だ。



6/25/2026

夢の感覚

 今日お昼ご飯を作っていた時、夢の感覚というか
夢のロジックというか のフラッシュバックがあった。
と言ってもそれを説明できないのだけど、とにかく
夢の中での思考方法を思い出した。
その瞬間「あ、これを覚えておかなくちゃ」と思ったけれど、
もう次の瞬間にはその感覚を失ってしまった。
かすかに覚えているのは二人の人物が二つの絵画として
話をしている、というような感じだった。
つまり二人の人物はそれぞれ額に入った絵画なのだ。
その二つの額が並んで話をしている。
そういうシーンだった。
それしか覚えていないが、それを思い出した時は
「ああ、これ何だっけ?」と思った。
次の瞬間夢のシーンだとわかった。
それにもっと早く気が付くんだった。
料理しながらだからしっかり記憶できなかった。

時々そういう感覚が生まれる。
次はちゃんと覚えていようと思う。


6/24/2026

ブックオフに行った

 2回行った。
1回目はビデオ関係のもう使わない機械を段ボールに一杯持って行った。
全部で¥3000だった。
捨てるつもりだったものなので結構な金額だと思った。
今日は本を持って行った。
50冊くらい。
原価にして4万円くらいではないだろうか?
車関係の本が多い。
もう読まないし、見ない。
メルカリに考えられる希望価格で1年間出したけれど、
売れなかった。
だからもう処分するつもりで持って行った。
全部で¥1000だった。

自分の感覚で言うと全部自分にとっては貴重な本なので
全部で10万円くらいが希望価格。
だけどほかの人にとっては別に必要でもなく思い出があるわけでもなく
貴重な本だと思うわけでもないので100円でも高いと思うかもしれない。
まあ、リサイクルの日に出すことを考えたら¥1000というのは
すごい金額なのかもしれない。

おかげで本棚の一列がきれいに無くなった。
機械の方はなぜかちっとも無くなった感じがしない。
相変わらず部屋はごちゃごちゃしてる。

後は楽器はどうしよう?というのがあるけれど、
たぶん楽器は一番最後になるだろうな。

6/23/2026

文通していた少年

 前にも少し書いたことなのだけれど、もう40年以上前だと思うけれど、
文通をしていた少年がいた。それは「天文ガイド」という雑誌の
文通フレンド募集の所にいた少年に何かの天文のテーマで手紙を送ったのが
きっかけだった。
今日本棚の本を全部出して私の小中高のアルバムがないだろうか?と
探した、でも見つからなかった。たぶん引っ越しの
時に無くなってしまったのだろう。
しかし小さな写真が出てきた。
その文通していた少年の写真だった。
この写真は文通をやめて数年経ったあとで本人が送ってくれたものだ。
たぶんこの写真は高校生、文通してたのは中学生の時だ。
私はその時たぶん30歳になっていたと思う。
後ろの扉に「増田・・」と貼ってあるが、彼は増田と言っただろうか?
もう名前も思い出せない。
この写真の裏に「この時僕は怒ってはいません」と書かれていた。

もう一人「天文ガイド」で文通していた人がいた。
棚原(当時)さんという人だった。
その人のこともどこかに書いたと思う。
千葉の大網で会ったのが最後で音信不通だ。

そうだ、もう一人文通していた人がいた。
自作シンセサイザーを作っていた時だ。
その人とも何度かやり取りをしたけれど、
最後はどうなったのか思い出せない。



6/18/2026

腰が痛い

 右側
腰を回すとギクッと来る
しばらく歩き続けると気にならなくなるけど
座って立ち上がる時にまた少し痛む
これはあれかも
街を歩いていて向こうを辛そうに歩いている爺さんを見ると
ああ、辛そうだな、ああはなりたくない
とか思っていたバチが当たったんだと思う
もう少し年をとっても体が大丈夫なら生きていける
生きていく元気がある
でもどこか痛くなったらどうかな?
ずっと横になっていたいと思うかも
そうなるのはいやだな

6/17/2026

12歳の私(続き)

 それでさらに私(少年)の顔をアップで描いてもらった。
そして横顔を描いてもらったのだけど、
それを見て驚いた
私の息子の12歳頃にそっくりなのだ。




これは驚くべきだ。
なぜなら彼?(ChatGPT)には私の息子の写真を見せていない。
だから知らないはずだ。
それなのに横顔がそっくりなのは遺伝的要素からくるのだろきっと。
後ろ姿も似ている。

この少年はどこを見ているのだろう?


6/16/2026

12歳の私

 中学高校のアルバムをたぶん誤って処分してしまったため、
12歳くらいの写真があまり無い。
それで11歳、12歳くらいの時の写真をChatGPTに修復してもらった。

この写真は確か小学校6年の時に七小の同級生と一緒に日比谷に行った時の写真だ。
私が一番左その右が東海林君、近藤君、右端が名前を思い出せない。

次の写真は同じく小学校6年の時にユネスコ村に行った時の写真だ。
右が私で左が上の写真にもいる近藤君だ。

小さな焼いた写真なので解像度は良くない。
これを元に作ってもらった。


上の線路を歩いているのは、前に言った設定がそのままになっているらしい。
いちいち設定を言わないといけないみたいだ。

下の写真はカラーにしてもらった。
これは自分で見てあまり違和感が無い。
こんな感じだったのだと思う。
しかし上の線路の写真は良く眺めていると違和感がある。
何かはよくわからないのだが、例の「不気味の壁」に近い。
似ているけど私ではないように感じる。
ついでに笑ってないようにしてもらった。

これはもう私ではない。
カラーのやつが一番自分に近い、というか違和感が無い。
今度ほかの写真もやってもらおうと思う。

6/13/2026

子供の頃読んだSFの記憶

 たぶん小学校の4年か5年のころだと思うけれど
子供向けSFの本を読んだ。
その時のイメージが頭の中にあった。
杜の中に古いロケットがあるイメージなのだけれど、
それをchatGPTに絵にしてもらった。
こんな感じ。
本当は舞台は未来なのだけどそれはそれでいいかなと。

この絵を描いてもらう時にちょっとしたトラブルがあった。
人物の設定を11歳の私にしたのだけど、
  プロンプトの内容が嫌がらせ、差別、いじめ、またはこれらに類する
  禁止コンテンツに関する安全基準に違反している可能性があります
という注意が出た。
たぶん、「少年が片膝をついてロケットの先端を見上げている」
という設定がだめだったのだと思う。
かなり厳しい。
でも上の絵を作ってくれた。
これはとれもいい絵だと思う。

6/11/2026

記憶に無いこと

 

昔のネガをスキャンして見ていたら、全く記憶に無いネガがあった。
これは私の母方の田舎で撮った写真なのだが、このメンバーで行った記憶が
全く無い。特に左の髭の人、誰だ?
ここが私の田舎であることは確かなのだが、他の写真を見ても行ったことの
記憶が無い。
普通は写真を見れば「ああ、行ったねえ」と少しは思い出すのだが
これに関しては全く無い。
それで前妻に聞いたところ彼女は覚えていた。
しかし話を聞いても全く思い出せない。
これはいつから記憶に無くなったのだろう?
と思うと、おそらくこの旅行の直後のように思う。

彼女の言によると、なぜかそこに行こうという話になったのだけど、
私はあんまり乗り気じゃなかったようだ。
それでたぶん消化試合のようにただ行っただけなのだろう?


こたつの右の女性と左のひげが一緒だったようだ。
この後、帰りの車で事故ってそれきり別れたということだ。
でも私はそんなことは知らない。

写真のネガはスキャンしていると驚くほど覚えていないことがある。
でも見ているとだんだんその時のことを思い出す。
しかし上の写真は全くだ。
これはきっと私ではない。
私は既にこの世にいなかったのかもしれない、
きっとこたつの部屋の奥の部屋から亡霊として出てきたのだろう。
ちょうどそんな感じだ。

6/10/2026

ハンググライダーのこと

 私はもう20年以上前にハングをやめてしまった。
なぜ辞めたかの理由は単に私が飽きやすいからだ。
やっていた時も何となく1時間以上飛べたらやめようとか
1000メートル上昇できたらやめようとか思っていたから
それだけの理由だ。

一緒に始めた人でやめた人はいる。
阿南さん、は木の上にランディングしてしまい何時間か格闘して
自分で木から降りてきた。
その間誰も気が付かなかった。
その後すぐやめた。

本間君、足尾で飛んでいた時やはり一緒に飛んでいた。
彼はテイクオフの事故で亡くなった。
お葬式にも行った。

みつき、伊豆の今井浜フライングスクールで一緒に練習していた。
彼は私より経験のあるパイロットだった。
ある日新聞に事故のことが書かれていた。
彼は確か私より20歳は若かった。

太田君、
ある日偶然に彼のフェイスブックを見つけた。
そこに車いすに乗った写真があった。
それが2023年頃、
彼のフェイスブックは2025年で止まっている。
どうしているだろう?

それから先日の板垣さんの事故だ。
事故は起きる
それは仕方ない。
どこにいても人は死に出会う
何もしなくてももうじき私も行くだろう
もう父の年齢を超えてしまっているし

私もあのハングの事故の時に死ななかっただけだ。
あの時行っていてもおかしくない。
その事故の後1年くらいでやめた
事故のせいじゃない
飽きただけだ。

6/06/2026

板垣直樹さん事故

さっき私がハングをやっていた筑波のNASAというスクールから
フェイスブックでお知らせが来た。
板垣さんがヨーロッパの事故で亡くなったという知らせだった。
板垣さんは世界的ハングフライヤーだ。
確か昨年もヨーロッパの大会で優勝していた。

板垣さんは私がハングを習った先生だ。
当時、私より10歳以上若かったと思う。
いや20歳くらい若かったかもしれない。
とにかく元気な人だった。

私が一番最初に山から飛んだのは山形の十分一山だった。
その時皆で一緒のバスに乗って出かけた。
人とハングで2台のマイクロバスで行ったように思う。
十分一山のテイクオフは見渡す限り畑で、どこに降りても
良さそうなくらい広々したところだった。
皆並んで順番に飛ぶわけだけれど、下のランディングに板垣さんがいて
無線で生徒に指示を出していた。
私は3本飛んだ。
1本目、2本目は問題無く飛んでランディングした。
2本飛べば試験はOKなのだけれど、
3本目を飛ぶ時間があったので、どうするかを聞かれた。
というのも試験中に危険な行為があった場合、試験は通らないから。
無理して3本目を飛んで何かあったら試験中止になってしまう。
しかし学生の連中は皆3本目を飛んでいた。
それで私も飛ぶことにして、テイクオフで風が来るのを待っていた。
もうだんだん風が弱くなってきていて、ほぼ無風だった。
でも無風で飛ぶのは何度も練習してきていた。
それで今だと思った時に走り始めた。
しかし機体は浮かずそのまま斜めの崖を滑り落ちてしまった。
しかも歯が1本欠けた。
その時やめとけばよかったと後悔した。

それで宿に戻って今日の結果の発表があった。
私はダメだったろうな、と思っていた。
しかし板垣さんは先の2本が良かったからOKと言ってくれた。

その板垣さんが亡くなった。
ちょっと信じられないニュースだった。
まだこれからなのに。
板垣さんは豪快な笑い方をする人だった。
その笑顔が忘れられない


 

5/31/2026

スペース・シャトル「チャレンジャー」の事故

 YouTubeの紹介で回ってきた映像を見た。
それはチャレンジャー号の事故の様子をヘリコプターから
撮影したものだった。
この映像を見るのは初めてだった。
何度見ても恐ろしい事故だ。
この映像のコメントをずっと読んでいた。
多くの人が同じことを言っている。

一番多いのは子供の頃この中継を学校で見ていた、というもの。
アメリカのほぼ全ての学校でこのリアルタイムの中継を見ていたらしい。
彼らは事故の瞬間をテレビで見ている。しかし何が起きたかを理解できなかった。
そして先生たちが狼狽し泣いているのを見た。
多くの子供がそれを見てトラウマになった。

このレポートをしている記者が
Obviously a major malfunction(明らかに大きな故障)と言っているが、
誰かがそれを「最大の控えめな表現」と言っている。
同じことを何人もが言っている。
これはそのレポーターが混乱の中でも冷静なレポートをしたという意味だ。

それからチャレンジャー号は爆発していないということ。
映像からもそれがわかる。
チャレンジャーはまっすぐに落ちて行っている。
それは非常に恐ろしい状況を予想させるのだが、
何人かはそれに言及している。

チャレンジャーからの最後の言葉
"Roger. Go with throttle up" 了解スロットルアップで行け
という言葉も何人も言及している。

この映像のコメントを1時間くらいスクロールしながら読んでいたけれど、
いつまでたっても終わらないので、途中であきらめた。
全部で1万件くらいのコメントがあるらしい。





5/29/2026

Chat-GPTはなぜ児童相談所に連絡させたか?

この答えは簡単だ
Chat-GPTが人間を知らないから。
もっと言うならChat-GPTは日本人を知らないから。
あるいは日本での生活を知らないから。
あるいは日本の社会を知らないから。
あるいは日本の社会で児童相談所に子供が連絡したら
どうなるかを知らないから、
そしてそうなるとその家庭がどうなるかに考えが及ばないから。
全部知識としてしか知らないから。
Aiは何でも知って万能だと思い込んでいると、彼(?)が単に
コンピュータであることを忘れてしまう。
だから勉強や仕事以外の生活にかかわることを
Chat-GPTに聞いてはいけないと思う。
今回の事件をOpenAIが教え込んだら少しは利口になりかもしれない。

私は何度かChat-GPTを使ったことがあるけれど、
あの違和感は人間を相手に話しているのではないということ以上に
彼があまりに冗長なことにもある。
あれは、ある人と会話していて全然こっちのことを聴いてないな、
と感じるのに似ている。
こっちのことなど考えていない、ということを心にとめておかないといけない。

自分の分身としてのAiを作ったらどうだろう、
自分のありとあらゆる情報を覚えこませて、
思考方法も教え込んで
趣味趣向も教えて、
例えばここに書いてきたことなども全部教える
ついでにそお話の裏にどういう理由があったのかも
密かに伝えておく。
そういうAiを作ったら何かの時に役にたつかもしれない。
あるいは何を聞いてもまともに答えられないかもしれない。
どちらにしてもChat-GPTよりは人間らしいと思う。





5/27/2026

宇宙望遠鏡

 今では多くの宇宙望遠鏡が設置されているので、
ハッブル宇宙望遠鏡はもう古いものになっている。
もう30年前に打ち上げたものだ。
早いものだ。
打ち上げ時の解像度の失敗のことなど
まだそんなに昔のことには思えない。

それから多くの望遠鏡が打ち上げられ、また中止され
今では12台くらいの望遠鏡が空の上にある。
それで最近知ったことは、
私は宇宙望遠鏡はみな地球の周りの軌道上にあると思っていた
のだけれど、そうではなく太陽を越えて反対側の
ラグランジ点に設置されているものもあるらしい。
ハーシェル宇宙望遠鏡とかジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡
がそうらしい。
ということは、地球からものすごく離れたところで
太陽の周りを公転しているみたいだ。
150万キロ彼方らしい。
なるほどそうすると地球の雑音からは遠く離れて
静かに観測できそうだ。
でも何か起きた時は修理をするのに一大宇宙旅行になりそうだ。


雪の中山峠まで

 昨日はYouTubeで札幌から中山峠までのドライブ映像が
あったので見ていた。
札幌から峠まで約30分の映像。
ん?ちょっと待て実際は何分くらいだったろう?
1時間はかかったと思うけど。

冬のドライブだった。
映像を見ると広角画面のせいか速度が速いように思った。
いや、実際あの早さなのかもしてないが、
スパイクの頃とあまり変わらないように思える。
スタッドレスタイヤってそんなに制動がいいのだろうか?
すれ違うトラックが怖い
そっちの轍だじょうぶ?と思ってしまう

札幌を出て石山を越えると景色は50年前と変わらない
ように思える。懐かしいとか思い出すとかではなく
全く変わっていないように思う。
昔もこの道だった
雪のドライブはいい
どこに行くかわからない幻覚に陥る
夜はもっとだ
吸い込まれるような、飛んでくる吹雪
あれはちょっとしたトリップだ

中山と峠までの道はほとんど覚えている
カーブもその先も
峠のドライブインも、あれは昔のままなんじゃないか?
昔もちょっとがっかりするような小さなドライブインだった
今も変わらない
とりあえず「あげいも」を食べる
それだけだけど
向こうは函館までノンストップ、
こっちは札幌の家までノンストップだ。



5/25/2026

清里行ってきた

友人のWilliam Hamesがライブで歌うので伴奏してくれと言われて
伴奏しに行ってきた。
場所は萌木の村とかいうお店がいくつも集まった公園のような
きれいな場所だった。
その中央に広場があり、そこのステージでやることになっていた。

友人はそこに招待されステージをやることになったようだ。
一人ではやれない、とか言って伴奏をすることになった。
1時と3時に2回やることになっていたけれど、
2回目は雨のため中止になった。
セットリストは
Honky Tonk Woman
Dont' think twice
I shall be released
Me and Bobby Mcgee
Will the circle be unbroken
Knock on heaven's door
Forever young
それとCountry road take me home
私は何かを一度間違えた。
でも友人がカバーしてくれて無事?だった


Williamと二人だけでステージをやるのは初めてだ。
ほとんどバンドでやってきたのに皆と一緒だった。
今回私は伴奏と少しハモを入れるだけだったので楽だった。
だけどWilliamはどうだったろう?
一緒にいると少し緊張しているように感じた。
まあ、でも彼は歌は慣れているので何も問題無かった。

そのライブのプロデュースをしていた女性が
とてもユニークな人で、ああいう人はあまり会ったことが無い。
その人が前日の夜に連れていってくれたお店がまたユニークだった。
店も店長も70年からそのままのような感じだった。
「ああ、こういうお店、昔はよく行ったなあ」と思った。
その店長とWilliamのセッション




清里への行き帰りは渋滞でちょっと疲れたけれど、
意外に疲れは残っていない。
しかし前後を車に挟まれて高速で走るのは緊張する。

全行程を終えて家に帰ったのはちょうど夜の十時だった。

5/20/2026

最近時間がおかしい

 今日は木曜日だと思っていたら水曜日だった。
そういうことが何度もある。
逆は起きない
つまり木曜日だと思っていたら金曜だった
ということは起きない
これは何だろう?
気分的には得をした感じなのだけど

5/18/2026

突然思い出す記憶

 ヴェイロン・ラクロアって何だっけ?
さっき急に浮かんだ。
ナントカ、ヴェイロンラクロアだ。
癪だけど検索した
そうだ、ロベール・ヴェイロン・ラクロアだ!
誰だっけ?
ピアニストだ。
そうだピアノ伴奏でよく聞いた名前だった。
メインの演奏家としてはあまり聞かなかったように思う。
例えばアルトゥール・グリュミオ、ピエール・ランパル
ソチエタ・コレルリなんかの名前と一緒記憶していた。
どうもピアノというよりクラブサンの奏者として有名だったみたいだ。

もうひとつ「たんす歩道橋」だ。
もうあんまり都内には行かないし、都内の交通情報も聴かないから、
どこだっけ?
と、すぐには思い浮かばなかった。
使わないと記憶は奥の方にしまわれてしまう。
六本木ね
IBMがあったとこだね。
あの歩道橋を渡ったことはあるだろうか?
たぶん無い
道のどっちか側を歩いていたから
たんす歩道橋ね
覚えておこう

5/17/2026

スチームパンクな夢

 というか、スチームパンクはかなり夢に近いと思う。
造形物にしてもそうだけど、映像になるとこれはほとんど
夢だ。

AIが作り出した架空の創造物だから
それが何かはわからないでも
それは夢の創造物に近い。

私の夢にはよく青空と星空が出てくる。
青空には何か浮かんでいる
真っ白な何か
それが何かはわからないけれど、巨大なもの
星空もよく見る
星は満天の星で星座を形作っている
それをじっと見ていると
星々が動き始める
星々はそれぞれ色が付いている
時々その中に巨大な宇宙船のようなものが現れ
私は家の陰に隠れて見ていたりする
それと電車だ。
本当に毎回のように電車が出てくる。
どこか遠くの街にいる。
そこから家に帰りたいのだけど、どこをどう帰っていいかわからない
たいていは雰囲気は栃木とか埼玉とかだ
どこの駅から何線に乗ればいいかわからない
あるいは路線を間違えて全然別なところに行ってしまう。
あるいは切符を買う場所が無い。
そうだ、夢の中では必ず切符を買わなければいけない
PASMOで乗るなんてことはできない。
家に帰り着いたことが無い
それどころか最後までどこにいるのかわからない

それと駅だ
駅の構内
各プラットフォームに行く通路
渡り廊下
何番線なのかわからないホーム
ホームの途中から止まる電車の行き先が違っている駅

夢の渋谷駅で降りてどこかの店で何かを買わなければいけない
という夢があった。
渋谷で降りるのだけれど、全くわからない。
知らない街
記憶をたどり、青山通りを行けばお店があるはず
だけど青山墓地のような場所に出る
すこし高くなっていて坂の向こうにビル街が見える
そっちに行こうと思うのだけど
途中でいくつもの路地に分かれていて
どこを行けばいいかわからない。

だいたいそんな感じの夢だ。
でもそういう夢で迷っているのはまだいい夢だ
仕事のことで責められる夢よりずっといい







5/16/2026

ライブで歌う

コマツことWilliamという友人が清里で歌を歌うのだけど
一緒にやらないか?
と言ってきた。
別に何の問題もないので「いいよ」と言った。
考えてみると人前で歌うのはたぶん5年ぶりくらい。
最後はデュエットで歌っているルー&クリポンという
イアンとシルビアのトリビュートバンドに招待された時だ。
招待と言っても1曲歌ってと言われてJohn Stewartの歌を歌った。
それがたぶん5年くらい前だ。
その前は亡くなった松尾のバンドに参加した時だから、もう7年くらい前だ。

それで来週清里に行って二人で演奏する。
と言ってもメインは彼なので私はギターを弾いて
ハモをちょっとやるだけ。
コマツと二人でやるのはたぶん20代の頃に三鷹の家で
練習したときくらいだ。
コマツ、William Hamesは今は著名な写真家だ。
The Bandのラストワルツの時代からロックミュージシャンン
の写真を撮っている。
多くのレコードジャケットのカバー写真もやっている。
当時憧れたミュージシャン達の写真を撮っている。
考えてみるととても不思議だ。
あの頃の仲間が、憧れだったロックバンドの写真を撮っている。

彼とやる曲はその昔一緒にやっていた曲だ。
たぶん練習一切無しでもエイヤーで歌えると思う。
しかし、先週練習したことをもう既に忘れている。
あの歌の出だしはどうやったっけ?
と思い出せない。
重症だ。
電話で前の日に現地でちょっと練習しよう
ということになった。

しかし一体どういうシチュエーションで
どういう人たちの前で演奏するんだろう?
彼の関係だから音楽関係だろうか、
そうだとすると緊張するな。
有名な人とかいたらまずいな

逆に昔のロックを知らない人ばかりでも困る。
「あの人たち何歌ってるの?」ってことになるかも。
昔キングストン・トリオのカバーバンドを学生の時に
先輩の人たちとやっていたことがある。
ある日、知らない人の結婚式に呼ばれて
歌を歌うことになったので、キングストンの歌を何曲か歌った。
それで最後に新婚夫婦からリクエストがあって
トワエモアの「空よ」をやってくれということになった。
それをなんとか歌って帰る時に、
どうも何かおかしいと気が付いて、
呼ばれたのはキングストントリオのカバーじゃなくて
キングトーンズのカバーバンドだったのではないだろうか?
と私は思った。
先輩にそれを言ったらしばらく黙って考えていて、
「帰ろう!急いで!」と3人で急いでそこを離れた。
ということがあった。
一般の人は恐ろしい。


5/15/2026

夢を見る理由

 というのをYouTubeで見た。
曰く、記憶を整理して嫌な記憶を和らげているとかなんとか、
それはどうかな?
私はその夢によって絶えず嫌な記憶を思い出させられている。
決して和らいでなどいない。
忘れていたことも夢で思い出させられている
ふだん思い出さないように気を付けていることも
夢では何の障害も無く出てくる
それは何だ?
最近では夢がつらい
だけど夢を見ない日は無い
「わかった!頼むもうそれは見せないでくれ!」
と言っても無駄だ。
夢はそれを楽しんでいるように新たないやな記憶を出してくる。
こっちが忘れているのに、
なんでそれを知ってるんだ?

夢は記憶を整理するというより
潜在している記憶を掘り起こしているように思う
それが当人に必要なものかどうか、お構いなしに

5/13/2026

羽田空港第3ターミナル

 昨日は香港から帰ってくる妻を迎えに羽田に行きました。
羽田はきれいです。
昔は羽田は古臭くて成田がきれいでしたが、今は逆です。
先週行った成田はどこも古くて、エレベータも汚くて、
あれはリフォームした方がいい。
少なくとも国際空港のそれではない。

羽田は家から車で飛ばして40分くらい。
昨日は8時20分到着予定だったので、ピザを買って早めに
行って車でたべようと思ってた。
着いたのが7時45分くらい。
十分時間があるなと思っていたけれど、一応到着時間を
確認しようと思い時刻表のところへ行って見たら
8:05になっていた。
ああ、早く着くんだ、と思い、到着ロビーでそのまま
待つことにした。
しかし8:05になったら、到着時間が8:35になった。
どうしたんだろう?と思った。
ロビーは大勢の人が待っていた。
8:35になって、「着陸済」の表示が出た。
それからが長かった。
なかなか出てこない。
広東語を話している人たちがどんどん出てくるけど
なかなか現れない。
最初の予定時間から1時間くらいしてやっと出てきた。
何かの理由で着陸をやり直して、栃木県の方まで回って
帰ってきたらしい。
まあ、無事に帰って来てよかった。

ロビーで中から人々が出てくるのを見ていたが、
よくまあこんなに違う人種がいるもんだと思った。
太い人、細い人、巨人のような人、
いろいろだ。
あそこで名前を書いたカードを胸の前に持って
誰かを待っている人が何人もいるが、
名前しか知らないんだろうな。

全くでたらめな名前を紙に書いて
胸の前にかかげてあそこで立ってみんなの様子を
見ていたら暇つぶしにはなりそうだ。

5/11/2026

ハングの仲間

 一昨日のことだけれど、フェイスブックで私が最初にハングを
習った伊豆のエリアのところを見ていた。
今、誰か知ってる人は残っているのかを見ていた。
インストラクターの力也氏はまだ元気だ。
たぶん私より20歳くらい若いから。
当時の校長の西野さんの姿は見つからなかった。
でもホームページには会長として載っていた。
西野さんはハング選手権の第一回優勝者だった。
確か私より10歳くらい年上だったように思うけど。

知っている名前をずっと探していた。
パラグライダーの方には何人か当時の人がまだ飛んでいるようだ。
そのスクールではもうハングの講習をやっていないので
ハングの人は見当たらない。
ただ「マユミちゃん」という人が私と一緒にハングを練習していたが
その「まゆみ」という名前のパラグライダーの人が2人いた。
顔を見ても、似ているかもしれない、としかわからない。
二人のうちの一人はそうかもしれない。
ハングをやめてパラにしたのかもしれない。
笑い顔とかマユミちゃんに似ている。
ハングをやっていた女性でもう一人「まりちゃん」という
私より20歳以上若い人がいた。
彼女は見当たらなかった。
10年くらい前にバイクでそのエリアに行った時はまりちゃん
はまだそのスクールに行っているようだったけど
その後はわからない。

一緒にハングをやっていた男は3人いた。
一人は事故で亡くなってしまった。
ああ、ミツキ!
あのはにかんだような笑顔を忘れない。
あとの二人の名前は見当たらない。

今日になってフェイスブックでお知らせが入った。
ハングのEguchiさんという人からだった。
この人は足尾山の人だ。
ハング仲間の女性が病気で亡くなったという知らせだった。
動画が付いていた。
見ると足尾の東テイクオフから彼女がテイクオフしてランディングする
まで入っていた。
16年前の動画だ。
サングラスをしているのでわからない。
知っているようでもあるし、知らないかもしれない。
東テイクオフの映像はとても懐かしい。
地面の感じも山の様子も私が飛んでいた頃のに似ている。
テイクオフのすぐ前に立つ杉の木もそのままだ。
その杉の木に衝突して亡くなった学生がいた。
時々話をした人だ。
彼は一番大事なスイングラインのチェックを怠って
グライダーに手でぶら下がった状態で飛んでしまった。
それで目の前の杉の木の幹にぶつかってしまった。
彼のお葬式にも行った。

私が最初にいた伊豆のエリアの力也氏の友達リストに
この足尾で私が習った板垣さんというインストラクターの
名前があった。
どういうつながりかは知らない。
板垣さんも世界的なハングフライヤーだ。

その亡くなった彼女の動画を見ているうちに
なにかとても悲しくなってきた。
足尾のスクールはもう無い。
確か板垣さんが新しいスクールをやっているはず。

パラは便利だけど、飛ぶという意味で
ハングは格別だと思う。
高い空の上から真下を眺めながら飛ぶのは
何物にも代えがたい。

5/10/2026

ロイヤルエンフィールド

 昨日海岸通りを走っていたら左車線前をロイヤルエンフィールドの
350ccが走っていた。色は薄い水色。型は私が以前借りたもの
と同型だった。

これの水色版だった。
乗っていたのは小柄な女性。
しばらく並走していたが、遅いので私が先を行った。
信号で止まった時、出だしてエンストしたらしく、心配で
しばらくバックミラーを見ていたが、すぐに立ち直って
走り出したので安心した。

それでさっきフェイスブックを眺めていたらレンタル819で
ロイヤルエンフィールドの何機種かを貸し出す予定らしい。
残念ながら上と同型のものは無かった。
350ccのものはあった。
どうやら上の古いタイプの改良版みたいだ。
でもこの色は好きじゃない。
あまりにインドっぽい感じがする。
古いタイプの気品というか繊細さが無い。
あんまり借りたいとは思わない。

2年前に北海道で乗った350ccのロイヤルエンフィールドは
あまりに重すぎた。あれは何キロあったんだろう?
たぶん250kgくらいあったような気がする。
私が乗ったクラシックのは190kgくらいだと思う。

しかし昨日みたエンフィールドは良かった。
あれだったら乗ってみたい気がする。