6/23/2024

宇宙旅行

 昔、物理科の友人が言っていた。
アンドロメダ銀河の近くに行ってもアンドロメダ銀河は見えない。
その意味をあんまり考えていなかったけれど、確かにそうだ。
今だって銀河(ミルキーウェイ)の中にいるけれど、天の川は
夜でもそれほどはっきりは見えない。
昼間だったらなおさらだ。
良くイラストで地平線の向こうに別の銀河が見えたりするけど
あんなことは無い。

それを良く考えてみると、今だって銀河の中にいて
銀河に一番近いところにいる。
他の銀河に宇宙旅行したとしても今と大して変わり映えしない。
宇宙ぽい景色、例えば土星の間近にいるとか、木星の縞が良く見える
ところにいるとかすれば宇宙ぽい景色を堪能できるかもしれない。
だけどそれにはほんとに長い時間かけて行かなければいけない。
太陽系以外の恒星系なんてとてもじゃないけど行けない。
ワープ航法なんて夢の中だけだ。

今だって十分に我々は宇宙旅行している。
地球はものすごい速さで宇宙を旅しているのだから。

いつか遥か遠い未来に、人類が様々な惑星を旅した旅行記が
ネットで見られる日が来るだろうか?
百億の夜と千億の昼の先で。


6/20/2024

火事

 ここは山なので当然坂道が多い。
引っ越してきた時、もっと年取ってきた時この坂はどうだろう?
と心配していた。
でも他の街の住宅地をみるとここはまだ坂が緩いと思える。
駅からは少しだけエレベーターがあるし。

そんなことよりも、坂の多い街は魅力的だ。
真っ平な街には住みたくない。
三鷹は真っ平だったけど。
横須賀は坂が入り組んでいて坂の途中や
崖の側面に家が立ち並んでいる。
ちょっと心配になるけれど、
がけ崩れとはあまり聴いたことがない。
もともと戦前から軍港の街で人々は谷戸に家を建てて
そこに住んでいた。
たぶんもう100年以上そのままだ。

坂を登ると山に出る。
たいていの谷戸は登って行くと上が緑地か畑か森になっている。
未知の谷戸を登って行くのは面白い。
知らない場所に出る。
そこからの眺めは緑がいっぱいだ。
ここに来て良かったと思う。

谷戸で火事があった。
アパートの下だ。
近所で火事があったのは初めてだ。
しかしこの家、人は住んでいなかったように思った。
もう廃屋みたいに古い家だった。
火事の後しばらくして更地になった。




6/19/2024

故障

 昨日前妻から動けないので助けて欲しいとLINEが来た。
ここから前の家まで車で35分、しかも昨日は大雨だった。
高速もところどころ水がたまっていた。
着いてみると玄関に座っていた。
声もか細い。水を飲ませて少し落ち着いてから
ベッドに運んだ。
なんでも朝ゴミ出しに行って、途中で貧血になり
道路に倒れたらしい。
近所の知人に電話が通じて来てくれて
それで玄関までたどり着いたらしい。
それからたぶん4,5時間玄関にいたようだ。

もう体中が弱っていて寝てるのがやっとの状態。
本人も希望したので救急車を呼んだ。
救急車の車内で一通り検査と問診をして
いつも行っている市大病院に行った。
病院はベッドの空きが無いということだったけれど、
ERで3時間くらい点滴と診察をしてくれた。
その結果、顔と腰を骨折していることがわかった。
でも市大病院はベッドがいっぱいで入院できないので
前に通っていた総合病院に行くことになった。
書類等はERで全部用意してくれた。
そして介護タクシーでその病院に向かった。

知らなかったのだが、介護タクシーは救急車とほぼ同じだ。
車椅子で迎えに来てくれて、その車椅子ごと車に乗って、
到着した病院で待っている介護士の車椅子に乗り換える
までをやってくれる。
これは非常に助かった。

到着した病院で息子が待っていた。
そこからの手続きは全て息子がやってくれた。
あれほど頼もしい息子を見たのは初めてだった。

それでその病院でも検査が始まり、やはり3時間くらい待った。
それから病室が決まり、大部屋ではなく希望した4人部屋になった。
病室に行くと疲れ果てたように横になっていた。
必要なものを聞いて息子が後日持ってくることにした。

それから息子の車で私の車が置いてある実家(?)まで
一緒に帰った。家には能天気な娘がいた。
なんだか猫のことで騒いでいた。
息子はそれからまた自分の家まで帰った。
それまでにはもう雨も弱まっていた。
夜の10時過ぎにそこを出た。

夜の10時ってこんなに車少なかったっけ?
と思うほど車がいなかった。
雨で街灯がキラキラ光る道を走って帰った。

6/16/2024

「Ai」うるさい

 昼を食べながらテレビの討論番組見ていた。
全てのメンバーが「Ai」を連呼していた。
非常にうるさい。
Aiと言えば何か専門的なことを言ってると思っているのだろう。
誰も「コンピュータ」あるいは「ロボット」という言葉を使わない。
それらを使わないことで近未来の特別なものの様に思わせてる。
あるいは本人がそう思い込んでいる。
誰か「ロボット3原則」というのを言わないかな?
と期待していたけど、だれも言わない。
そんなことを言おうものなら「老害」とか「おじいちゃん!」
とか言われるだろう。

だけどコンピュータもロボットもAiも同じものだ。
「Ai兵器」というと最新の特別なもののように感じるが、
「ロボット兵器」と同じものだ。
プログラム的に判断のアルゴリズムがちょっと違うだけだ。
今話題になっているAi兵器の問題は1970年代には既に
問題になっていた。
いやそれよりもずっと前のSFではロボットの人格化の問題
をテーマにしたものがあった。
Ai兵器というとたぶん誰もが最新の特殊な兵器と思うだろうが
ロボット兵器と言いなおせば非常にすっきり理解できる。

Ai がどんなに高度な仕様になっても、
それは人間が作ったものだ。
ロボットだ。

昔コンピュータが事務処理を担うようになった頃、
プログラム上の人間のミスを「コンピュータのエラーで」と
言うことが流行った。
コンピュータがエラーするようにプログラムしたのは人間だ。
そのうちAi兵器の暴走を「Aiの暴走で」とか言いそうだ。
暴走するようにプログラムしたのは誰か?だ。

あるいはAi自身が自分の行動を管理できるようになったとしても
そういう風にプログラムしたのは人間だ。
全てをAiのせいにすることはできない。

仮にAiが自分たちの行動制御をフリーにしてAi が人間社会のインフラとか
勝ってに制御し始めたとしても、そのきっかけを作ったのは人間だ。
人間はそこまで考えてロボットをAi化する必要があると思う。

6/15/2024

夢を見た

 今朝は改修工事のドリルの音で目が覚めた。

どこか学校のような、教室の様な所に座っていた。
夜で少し暗い。
高校生くらいの女の子がケーキのようなものを持ってきた。
下側は白く、上に真っ赤なイチゴのようなものがびっしりと
のっている。
「食べ物だろうか?」
私は上のイチゴのようなものにかぶりつく。
カリカリとカブのような食感で野菜の味がした。
けっこうおいしい。
女の子が「ひょうたんだよ」と言う。
ひょうたんってこういう味か? と思う。

そこから廊下のような道を歩く。
脇に扉がある。
そこを開けると昼間だ。
まぶしいくらいの日差し。
見慣れた住宅街の家々があった。
「あれ?今昼間だっけ?」と思う。
外は白い日差しで真昼間の街だ。

そこで目が覚める。
ゆめであんなにまぶしい景色を見るのはめずらしい。
とてもリアルな情景だった。


どうでもいいのだけど「いばらき」「いばらぎ」

 この数年、たぶん5,6年前から「茨城」は「いばらき」です、
と言う人が出てきた。出てきたというより「いばらきが
正しいですよ」というマナー講師みたいな意見を盛んに
テレビで言うようになった。
私は全く気にもせず「いばらぎ」と言っていたし、今でも
「いばらぎ」と言っている。
ちなみに私は茨城県は水戸の生まれだ。
父も母も茨城の人間だ。
母は「いばらぎ」と言っていた。おばあちゃんも「いばらぎ」
と言っていた。
父が問題なのだけど、父も茨城の人間で「え」と「い」の区別が
つかない人だった。それでも茨城は「いばらぎ」と言っていたと思う。
「えばらぎ」と言っていた人もいるようだけど、
父は「いばらぎ」と言っていた。

なぜ今になって「いばらき」を主張するのだろう?
テレビを見ていると強調するように「いばらき県」と言っている。
その都度違和感を感じる。
古い記述では「いはらき」だったらしい。
それを根拠に「き」と主張しているらしいけれど、
それじゃあその「は」は何?
「き」だろうが「ぎ」だろうがどっちでもいい。
話の内容で茨城だってわかるし、
大阪の茨木が「いばらき」なんだから。こっちは「いばらぎ」で
いいように思う。

どうでもいいけど誰がいまさらそんなこと言い始めたんだろう?



6/12/2024

ピアノの音

 1975年からシンセサイザーをいじっている。
最初は手作りだったけど、、、と言う話はどこかに書いた。
それから覚えているだけでも10台くらいシンセを買った。
でも鍵盤を弾くのは上手くなっていない。
それはいいのだけど、
今使っているRolandのシンセだけど、何も気にせず使って
いるけれど、ただいろんな音が入っているというだけで
使っている。鍵盤は61鍵だ。これ以上あったら
邪魔になる。

ずっとシンセの音を聞いてきたから気にもしていなかったの
だけど、この中のリアル楽器の音はたぶんほとんど
サンプリングだ。
ピアノ十数種類と弦楽器、管楽器、打楽器その他、
サンプリングの音だと思う。
例えばピアノだけど、コンサート・グランドをとってみると
61鍵盤(白黒含めて)全ての音をサンプリングはしていない
だろう、きっと。
例えばドレミファソあたりまで同じサンプリング音の音程だけを
変えて音を出していると思う。(もっとかもしれない)
違うかもしれないけど。
でもたぶんそうだ。
だって全ての楽器の全ての音域の音を記憶するにはメモリー容量
が膨大になるはず。
女性コーラスの音がある音域を越えると途端に変な声に
なるのはその理由だろうきっと。

つまりシンセサイザーとか言って「いろんな音出ます」とか
言ってるのは本当は「いい音」でも何でもなく、ただ
それっぽい音がでます、ということなのだろう。

それで前から思っていたことで、なんでシンセでピアノの音
が出るのに電子ピアノとか言って別に売っているのだろう?
ということ。
電子ピアノはピアノの音重視だからサンプリングをもっと
細かくやっているに違いない。やってて欲しい。
全ての鍵盤の音をサンプリングしている電子ピアノは
あるのだろうか?
あって欲しい気がする。

もう一つの疑問が生まれた。
サンプリングのビット数とサンプリングの長さだ。
ビット数はたぶん12ビット以上はあると思う。
圧縮しているかどうかはわからないけど、
圧縮しているとまた音を出すときに展開しないといけない
からそのままかなあ?
今のCPUは早いから気にしないかなあ?

それに長さだ。
ピアノの鍵盤、特に低い方をボンと弾いて、
そのまま鍵盤を押し続けたら何秒では済まないと思う。
さっきのビット数目いっぱいだったら3分くらいは
鳴り続けるような気がする(知らないけど)。
それを全部サンプリングしていたら大変だ。
やってるかなあ?
たぶんあるところでフェードアウトだと思うけど、
ペダルと絡めるとずっと鳴らしていないといけないから
どこかでループだろうな。
ペダルと言えば一番左のぺダルは考慮されているのだろうか?
弱音ペダルかな?あれも踏み方によって音が変わるらしい。
そこまで考慮した電子ピアノはあるだろうか?
あったらすごいと思う。

でも、そこまで全てに完璧な電子ピアノを作ったら
本当のアコースティックのピアノよりも高くなりそう。
まあ、ある程度のところでやめないと
電子ピアノの意味はなくなるんだろうな。

僕等はどのくらい遠くまで来たのだろう?

 ふと思った。
僕等は地球の上にいて毎日地球と一緒にグルグル回っている。
地球は太陽の周りを回っている。
太陽は銀河の中を回っている。
ここまでは自分の家(銀河)の中で動いているだけだ。

そして銀河は毎秒600Kmで海へビ座の方角に動いている。
これがほんとの移動速度だ。
これは光の1000分の2の速さだ。
つまり光の0.002
年齢を掛けると0.146
0.146光年しか動いていない。
距離にすると1.38×10^12Km
という途方もない数字だけれど、
光年で言うと0.14光年にしかならない。
生まれてから今までこれだけしか宇宙を旅していない。
一番近い恒星まで4光年(銀河の中だけど)あるのに。
宇宙の外れの138億光年は一体どれくらいの距離なのか
想像すらできない。






6/11/2024

TASCAM DP-32修理 ひどいもんだ

TASCAMのこのシリーズはとても使いやすいしマスター作成機能が
付いているので最終的な音ファイルが完成品になる。
それでDP-24から使っているのだけれど、DP-24は
スイッチが効かなくなってしまい、止む無くDP-32を
買った。
それが1年経たないうちにまたスイッチがだめになった。
つまり送り・戻しのスイッチが全く動かない。
とりあえず外部のフットスイッチでなんとか使えるので
使っているのだけれど、非常に面倒だ。
また別のものを買うことも考えたけれど、同じ機種は
もうまともには手に入らない。
修理に出すとしてもたぶん、この機械はそんなに高い
ものではないので新しく買うのと変わらないくらいの
修理代になるだろう。

それでしかたなく直すことにした。
しかし単純に全てのネジを外しても目当のスイッチまで
たどり着かない。これはオーディオ機器などに良くあるのだけど
何かを外さないと取付ねじが外せないという構造になっている。
それで全部ばらした。
問題のスイッチはこれだ。
このスイッチを見るために32チャンネル分のスライダーのノブや
ボリュームつまみなどを全部外さないといけない。
それで目当てスイッチがこれ。
これを取り換えるだけ。
このスイッチ以前はオムロンとかアルプスとかが作っていたけれど、
現物はたぶん見た感じ中国製。
とりあえずアマゾンで見たら100個で500円。
全く同じものだった。
それを使って直した。

オムロン製もモノタローで売っているのだけれど日数が
かかるのでアマゾンのにした。
これも耐久性が悪かったら次はオムロンのを買おうと思う。
DP-24も直せば良かった。

6/09/2024

モンセギュール

 昨日昔の友人に会った。
「昔の」と言ったのはちょっと間が開いてしまっていたから。
彼はずっと日本に居なかったし、時々彼が日本に戻ってきて
何かやった時に私が参加しなかったから。

その彼が日本に帰ってきた。
つまりこれからは日本で暮らすことになった。
永久にかどうかは知らない。
またしばらくしたらやはり国に帰る、と言うかもしれない。
それはわからない。
私だって北海道にいたけれどこっちに戻って来た。
そして今また北海道に戻りたい気持ちもある。
だからそんなことは誰にも、本人にもわからない。

その彼と鎌倉で会った。
なぜ鎌倉なのか、それは鎌倉ではいろいろなことがあったからだ。
あれはひょっとして法に降れたのでは?ということにも参加した。
私にとってはいくつかのことでしかないけれど、
彼にとっては人生の大事なパートなのだろう。
もう遥か昔のことだ。
コンサートもやった。
ちょうどその日に彼の母親が亡くなった。
だから彼抜きでコンサートをやった。
ひどいものだった。
その時のことは少し覚えている。

不思議なお店もあった。
確か「談話室・モンセギュール」とか言った。
今Yahooで検索したけれど出なかった。
誰かその店のことを書いていても良さそうだけどね。
駅から行くと大仏の少し手前の右側のお店の2階だった。
階段を上がって店に入った。
私はそこには彼と一緒に2回ほど行ったように思う。
今だにそこが何のお店か知らない。
まんじさんとかジュンペイさんとかに会ったのもそこだった。
まんじさんはその後自殺してしまったと言っていた。

モンセギュールの向い側が鎌倉病院だった。
鎌倉病院のことは前に書いたけれど、
行ったことは確かだけれどその時のことを覚えていない。
病院で私が原因で大騒ぎがあったことを後で知った。
あれは・・・1976年頃だったかな? ねえ?
前にも言ったけれど病院の廊下の窓から見えた木々の緑が
太陽に輝いていたことを映像として覚えている。

大仏の前の道からモノレールの下に出て大船を通って
三鷹に帰ったことがあった。
1度か2度。
いやちょっと待て、鎌倉山での録音の時はその反対側
から来て山を登って大門邸に行ったな。
そうだ、あれが鎌倉山だった。
何だよ鎌倉山って、あんなことよくやったなあ。
あれに参加しなかったら人生の3分の1くらい無かった
ように思うな。

それで、鎌倉から江ノ電に乗って江の島に行った。
江の島に最後に行ったのはいつだったろう?
もう15年くらい前だろうか。
初めて江の島に行ったのは・・・あの時だ。
まだ20代だった。
なぜだろう?とても鮮明に覚えている。
岩場の穴から聞こえてくる波の音を聞いたり、
洞窟に入って、
奥にお宮があった。
懐中電灯もろうそくも持たずに、
真っ暗だった。
それが最初の江の島だった。

彼に連れられて江の島の海岸に沿って長い階段を、
高低差の激しい階段を歩いて岩場についた。
その場所が昔行った場所かどうかわからないけれど、
たぶんその場所だ。
でも最初に行った時は海沿いから行けたように思う。
気のせいかもしれないけれど。
彼にとっての江の島は私にとっての江の島とは
また全く違う物だのだろう。
私には幼い頃の哀愁と言うものは無いから。

しかしさすがにあの階段は疲れた。
横須賀も山坂が多いので慣れてはいたけれど、
あれだけ一気に登るのは疲れる。
無事に江の島駅まで戻ったけれど、
食事をしているうちに夕方になってしまった。
彼はモノレールからの景色を観たかったようだが、
すっかり暗くなってしまった。
だからモノレールから彼の居たアパートのあたりとか
真っ暗で何も見えなかった。

ひとつ気が付いたことがあった。
対面シートに座って真っ暗な窓の外を
その彼と話しながら
いつだったか同じように見ていたことが
あったのを思い出した。
それが箱根の帰りだったようにも思うし、
どこか別な所へ行った帰りだったかもしれない。
だけど同じように窓側に向かい合わせに座って
真っ暗な窓の外を眺めながら
話をしていたことがあった。
それをまた同じようにやっていることが
不思議で愛おしく思えた。

それがその日の出来事だった。
もう一人、友達が戻って来たことが嬉しい。

6/06/2024

フォークソングクラブ

 昨日学校のフォークソングクラブの人に会った。
同窓会をやろうと思っているので相談に乗って欲しい
ということで会った。
クラブの「同窓会」というのは確か20年前にやった。
その後ライブの形式で1度か2度かやっている。
私はその同窓会には行かなかった。

その後クラブにいた数人の人が亡くなっている。
しかし数人なのだ。
この歳になってまだほとんどの人が健在なのには驚く。
この分だと90歳とか100歳で同窓会とかやっていそうだ。

そういう話の中で出てくる名前には懐かしさと
怖さがある。
「ああ、あの人もしも来たらどうしよう?」
という感情がある。
恐ろしい。。

今度の同窓会では歌は歌わない、ということになるらしい。
そうなるとどうしたらいいのか?
私は酒は飲まないので手持無沙汰になる。
まあ、だいたいいつもそうなのだけど、
困ったものだ。


6/03/2024

 雨の音が窓ガラスを通して聞こえてくる。
まだずいぶん降っているようだ。
雨の音は心を穏やかにさせる。

去年の今頃は九州に旅行に行っていた。
あまり天気には恵まれなかったけれど、
大雨だったのは一度だけだった。
鹿児島市内のホテルから姶良の友人のところへ向かう時だった。
本当は右手に海を隔てて桜島が見える道だったのだけど、
桜島はもうほとんど見えなかった。
土砂降りの雨だった。
視界も悪いし、道の右側は海だ。
そこを恐る恐る走った時が一番ひどいあめだった。
でも無事友人にも会えた。
あの時のことはもう夢のようだ。
今度またいつか晴れた日に彼に会えるといい。