11/05/2013

高槻の記憶 (3)

国道171号線

当時は国道が何号線かなど知らなかったのだけど、国道だということは知っていた。
向かい側にネコスという会社があった。確か椅子を作っている会社だった。

少し京都側に歩くと左側に「オアシス」というレストランだったのだろうか?があった。
屋根が三角に木組みされたような外観だった。赤い色だったような気がする。

もう少し行くと右側にユアサ電池の工場があった。道路側は瓦礫が捨てられていて、
その中に電池が沢山捨てられていた。そこで拾ってきた電池はまだ使えた。
なぜあんなに沢山捨てられていたのか知らないが、今では考えられないことだ。

その瓦礫捨て場?はかなり広くて、トロッコの線路があった。
友達とそこでトロッコを見つけて転がして遊んでいたら、工場から人が怒鳴りながら
走って来た。僕らは焦って逃げた。でも確かあの時1時間くらいトロッコで遊んでた。

自転車でもう少し走って、右の方に行くと淀川の川原に出た。
なんだか大きな川だなあ、という印象だった。

さらに国道を行くと左の山際にサントリーの工場があった。当時はテレビのCMで
その工場がよく映っていた。

高槻かた枚方のほうに自転車で行ったことがあったけれど、やたら遠かった。
しかもほとんど何も覚えていない。途中通った大きな橋の姿だけ覚えている。

茨木の方に自転車で行ったことはなかった。

家の縁側から国道を見ていたら自衛隊の戦車が走っていって、驚いたことがあった。
また縁側からは生駒山のアンテナがよく見えた。