10/27/2023

そうだ、ギターを買おう

 前にも書いたように思う。
今回のギターというのは6弦のスチール弦のギターだ。
いわゆるフォークギターのタイプ。
このタイプのギターは今2台持っている。
一台はネックが反っていてちょっとビビる。
もう1台は今主に使っているやつなのだけど、胴にひびが入っていて、
またネックも反り気味で弾きにくくなってしまっている。
もう10年以上前に買ったものだ。
この前死んでしまった松尾と一緒に買いに行った。
そうだ、その前に松尾のマーチンを買いに行ったんだ。
黒澤で5,6台を弾き比べて一番音の良いのを買った。
あの時は責任を感じて緊張した。
だけど弾きやすさも音も一番良かった。それは確かだ。
その後で私のギルドを一緒に買いに行った。
私はマーチン以外で選んだ。
でもギルドの音が一番自分に合っているように思った。
それでギルドにした。
ギルドはずいぶん使った。
それでどうも弾きやすさというのに問題があるようになってきた。
「弾きやすさ」というのは、なんというか
隣のフレット、隣の弦、にスムーズに指が動かない感じ。
コードを抑える時も弦がやけに引っかかるように感じる。
弾きやすいギターを弾いた時の押さえやすさがなくなっている。
そんな風に感じる。

だからギターを買おうか、と思っている。
たぶん今度買うギターが最後のギターになるはずだ。
高いギターはいらない。
手に馴染むギターがいい。

頭内爆発音症候群

 と言うらしい。
学生の頃、特に大学受験の頃に良くこれを経験した。
特に寝入りばなにガラスが割れる音がすぐ近くで聴こえた。
単純なガチャンという音ではなく最初の亀裂から最後のガラスの切片が
床に落ちて小さな音をたてるところまで聞こえた。
まるでレコーダに録音してあったように聞こえた。
なぜその話かというと先日近しい人がその手の音に悩んでいると聞いたから。
その人のは爆発音ではなく別な音が耳元で聴こえるそうだ。
たぶん聞こえる音は人によって違うのだろう。
同じころ金縛りによくなった。
だからどちらも精神的なものだと思う。
金縛りもガラスの音ももう何十年もあっていない。
もう経験することもないのだろう。



10/07/2023

友だち

 気が付いたのは、今話せる友だちはだれもいないということ。
昔からの親友はみな死んでしまっている。
昔からの「友だち」からは裏切られて顔を見るのもいやだ。
それで今友だちはいるの?と言われるとネットで話している人だけだ。
これは寂しいことなのか?
どうもそうは思えない。
SNSでちょこちょこ話している分には裏切られることもないし、
昔からのしがらみも無い。
だから「そのうち会おうか?」と言ってみようかと思う。
古い友だちよりは理解しあえるような気もする。

思い出してみよう、
何かの雑誌で偶然出会って一緒に歌った人、
彼は今どうしているだろう?
しばらく一緒にライブにも出たりしていた。
彼とは人生のほんの一時期しか一緒にいなかった。
でも今会っても一緒に歌えると思うし、
むかしのことを話すこともできると思う。

ある日のデモの時、向かう電車で一緒になった彼、
彼はどうしているだろう?
その日一日しか一緒じゃなかったけれど、
あれほど気が合った人もいない。
確か同い年だった。

同い年と言えば唯一同い年の友だちだったカキちゃん。
馬鹿なことばかり言いあっていた。
彼のボソっとした声と話し方が好きだった。
カキちゃんはある日突然逝ってしまった。
まだ30代だったじゃないだろうか。
また馬鹿な話をしたい。
彼は人の生活にずけずけと入り込んでくるような人とは正反対の
穏やかな人だった。
今でも友だちと言える数少ない一人だ。

言うまでもない並川は親友だったと言える。
札幌を一緒にくらした。
かれとはこっちに帰ってきても連絡しあった。
横浜まで会いに来てくれたし、松山まで会いに行った。
彼も突然逝ってしまった。
ああ、並川今もう一度会いたい。

それから松尾。
松尾にはほんとにすまない気持ちでいっぱいだ。
松尾とは一緒にバンドをやらなければもっと良い友だちだったように思う。
また一緒にバンドをやらなければ、友達であったことも無かったかもしれない。
松尾、もう一度会って君に謝りたい。
唯一の親友だったはずなのに。

いろいろ思い出すと悲しくなる。
つまり、今この悲しみを話し合える人がいない。
それが一番の哀しみだ。

10/01/2023

小保方さんとSTAP細胞

あの事件は2014年だったらしい。だからもう10年近くになる。
あの事件が起きた時すぐに真相がわかった。
たぶん研究室にいたことのある人なら誰でもわかったはず。
小保方さんは被害者でしかない。
私は大学の研究室しかしらないけれど、内情は同じだと思う。
私はただの学生だったけれど専門の学会で2回研究発表をさせてもらった。
させてもらったというのは、私は研究結果を教授に言われるままにまとめた
だけで、本当にそれを理解していたかは疑問だから。
その学会で一般学生が研究発表をしたのは私が初めてだった。
全部おぜん立てしてもらって書いた論文を読んだだけだ。
つまりああいう研究発表は研究室の成果を示すために教授が
そのおぜん立てをして研究員が研究をしたものとして発表する。

小保方さんの当時の質問への応答を思い出してみると、
そんな内情が予想できる。
あの後早々と自殺してしまった先生がいたけれど、あの人が全てを
知っていたはずだ。あの人が全ておぜん立てしたのだろう。
その後ろに理研の内情があるかもしれないけれど、小保方さん一人
を残して死んでしまったのはひどすぎる。
あの後の小保方さんへの酷い中傷や批判は、あれが自分だったとしても
不思議じゃないことがわかるから、聞いていて辛かった。

先日も常温超電導物質を発見したとして韓国の研究チームが発表し、
しかしそれは強磁性体が超電導物質のごとく振舞っていただけ、
ということがわかったけれど、あの研究チームは新発見を疑っては
いなかったと思う。
どんな研究にも間違いはある。
STAP細胞もおそらくそれらしく振舞う細胞があったのだと思う。
だから上司の先生は疑うことなく信じていたのだと思う。
それの犠牲になったのが小保方さんだった。

今思うと、もしも私が同じようなことをしていたら、やっぱり
訳もわからず研究発表をしていたと思う。

9/22/2023

また電車に乗れない夢を見た

 最初の日、どこかの会社に就職した。
朝は早いので駅から渋谷方面の電車に乗って会社に行った。
何の会社なのか覚えていない。
でもいつものように居心地の悪い仕事場だった。

次の日、また駅から電車に乗って行こうと思うが、
駅の券売機がわからない。
それらしいものはあるのだけど、どこを押せばいいのかわからない。
お金を入れようとするけれど、どこに入れていいかわからない。
今日は早く行かなかければいけないのに、どうしていいかわからない。
そうしてるうちに、「そうだPASMOがあるじゃないか!」と気が付く。
それで改札に行こうとするけれど改札が無い。
その建物(長い)に沿ってあるいて駅の入口を探す。
でもどこまで行っても駅の入口が無い。
それどころかその建物が駅なのかどうかもわからない。
ちょっと遠くから眺めてみると建物の向こうに線路は無い。

それじゃあ駅はどこにあるんだろう?
と歩き続けるけれど、駅は無い。
「あれ?駅はどこだろう?」
ずっと歩いているけれど駅らしいものが無い。
まずい、もうずいぶん遅くなってしまった。
そのうち駅は無いけれど、ホームのような場所に出た。
線路があって人々が電車を待っているようだ。
電車が来てみな乗り込んでいるけれど,どこ行きなのかわからない。
ホームを先まで歩いて行くと、もう1本ホームが斜めにつながっている。
どうやらそこが渋谷方面のホームらしい。
やってきた電車に乗るが、どこへ向かっているのか全くわからない。
ビルの谷を走っている。
もう会社が始業して1時間くらいたっている。
焦るけれど、どこで降りればいいのかもわからない。

不安のうちに目が覚めた。

9/04/2023

松尾へ

 君が逝ってしまってからもう1年になるのか。
誰かに話したいのだけど、誰もいないから君に話そうと思う。
先週コマツに会いに行ったのだけど、行かなければ良かったと思った。
何を期待していたのか。
何も得られなかったし、淋しさだけが残った。
友達って何だろう?と思う。
こういう時に君がいてくれたらと思う。
いつものように笑い飛ばしてくれたらと思う。
いくら考えても君の顔しか浮かばない。
コマツにはまた会おうと言ったけれど、
もう会うことはないだろうと思う。

ほんとに君がいつもいてくれたのに、
僕は気が付かなかった。
それだけが残念で後悔しかない。
またいつか君に会えるんだろうか?
その時は君にまず謝りたい。
だからまた友達でいてほしい。

5/16/2023

雨が降っている

心の中にも雨が降っている・・・て何だっけ?
心の中に雨は降らない。
胸の中が水浸しになってしまうから。

アメリカから友人だった人が日本に帰ってきているらしい。
日本に住んでいるらしい。
だからどうした?
おらあおらでひとりいぐも
雨はびちょびちょ降っている
もうどうしようもないくらいひどい仕打ちだった
あれを思い出すと、どうでもよくなる
僕だけじゃない
あれでひどく傷ついた人がいる
それを思うと僕のことはどうでもいい
あれはほんとにひどい
あの人たちとはもう会いたくない
おらあおらでひとりいぐも

妹はほんとにそう言ったのだろうか?
ほんとに強い人だったのだろうな
その言葉を思い出すと
茅葺屋根の家の暗い座敷が浮かぶ
そこに妹は寝ていた
私のイメージではそうだ
そのイメージは最初にあれを読んだ時
たぶん中学生の時のイメージだ
外は冷たいみぞれが降っている
賢治はどんな気持ちだったのだろう
賢治は妹ほど強くなかったように思う

外の雨はやんだようだ
昨日大学の友人に電話した
「今山口にいる」とか
奥さんの実家らしい
それでだいたい分かったから聞かなかった
今度他の仲間と一緒に会おうと言ってくれた
うれしい
それは楽しみだ

2/26/2023

宇宙人との遭遇

 野口さんが宇宙人(地球以外の知的生命体)が存在する可能性は
100%あるけれど遭遇する可能性は200%無いと言っていた。
その理由はこの銀河系のこんな辺鄙なところまで来ることはあり得ない、
と言っていたけれど、テレビの娯楽番組だからそう言ったのだろう。
我々の地球はこの銀河系の中心からは離れているけれど、銀河系の中心が
銀河系の首都とは限らないと思う。
この辺鄙な場所が銀河のハビタブルゾーンなのかもしれない。
ここよりも銀河の中心側も外側も
生命の発生には向いていないのかもしれない。
だから宇宙人が存在する可能性は100%あるし、遭遇する可能性も
0ではない。というべきだろう。
まえにも書いたように、ついこの前までNASAは他の知的生命の存在
を前提にボイジャーを打ち上げていたのだから。

それはそうと、映画「未知との遭遇」を初めて見た時、
少なからず感動したことを思い出す。
あれは札幌の映画館だった。
見に行ったのは夜だったように思う。
最後に出てきた巨大な宇宙船、あれを見た時すごくリアルだと思った。
見たことも無いのに。
その反面、宇宙人はあんなじゃないだろうと思った。
地球人とそんなに変わらないはず、と確信的に思った。
宇宙人は何かもう想像もできないような異様な恰好だということは
まずないと思う。
この地球上の生物だって、もうめちゃくちゃな恰好をしている。
たぶんパターンとしては生物のあらゆる形状を網羅しているように思う。
そこで人類だ。
何か作ったりなんだりできるのはこの形状だと思う。
だから猿とかゴリラとかでもいいのだけど、手足胴体頭という
パターンがどうしても必要に思う。
だから人類の形状が全宇宙的に標準なんじゃないだろうかと思う。

それでもし本物の宇宙人が現れて全然違う恰好だったら
その時は素直に驚こう、と思う。












2/22/2023

喉が痛いので

 病院に行ってきた。
自分としてはかなり覚悟して行ったのだけど、
どうも冷たい空気を長く吸っていたために炎症を起こしたらしい。
ついでに「癌の可能性はありますか?」と聞いたら
笑って「無い!」と断言してくれた。
そんなわけでまだ痛いのだけど薬を飲んでいる。
ここは高台というか丘の上なので下よりも少し気温が低い。
それにいつも風が吹いているので、やっぱり空気が冷たい。
夏に内覧に来た時も南北の窓を開けると涼しかった。
その感じで冬も寒いみたいだ。
昨日の夜も風がビュービュー鳴っていた。

思い出すとこの近所の山を歩き回っていた。
寒かったけれどそんなに気にもしなかった。
きっとあの時喉を傷めたのだと思う。
マスクは持っていたけれど、誰も来ないので外していた。
マスクをしていれば少しはましだったかもしれない。

歩いていると昔見た夢のシーンと重なることがよくあった。
夢では道路脇がものすごい崖だったり、その下が海だったり
したのだけど、崖や海というアイテムはここにもある。
海はずっと見えているし道の脇はそんなでもないけど崖だ。
ここの景色がデフォルメされて夢に出てきたような感じだ。

もう一つ、夢でよく見たのはどこかの田舎道を歩いているのだけど
駅がどこにあるのかわからない。人に聞いてもわからない、
丘の上からずっと遠くの方に見えるのが駅のようだ。
そこまで歩くのだけど、途中から全くどこなのかわからなくなる。
それもここの山道を歩いていると感じるロスト感に似ている。
ここも京急とJRが入り組んでいて家の近くは京急なのだけれど、
尾根を歩いて行くとJRの駅に行く。
駅の田舎感も似ている。
ちょっとした既知感を感じる。

そんな感じで冷たい風の中を歩いていたのがいけないみたいだ。

2/19/2023

アラン・ロマックス

 私がフォークソングに興味を持ち始めた中学3年か高校1年の頃。
多分1964年頃。
フォークソングの雑誌などに必ず現れる名前に「アラン・ロマックス」
という人がいた。一体その人がどういう人なのか全く知らなかった。
いや今でも知っているかと言うと知らないと言った方がいい。
アメリカン・フォークソングの研究家らしいとしか知らない。

そのアラン・ロマックスの名前が探査機ボイジャーの話に出てきた。
なんでもカールセーガンがアラン・ロマックスにボイジャーに積み込む
ゴールデンレコードの音の選択を相談したらしい。
カールセーガンは作曲家の音楽よりも民族音楽を入れるべきだ
と思っていたらしい。
それでアジア、アフリカ、オセアニアの民族音楽がたくさん詰め込まれた。
そのせいでドビュッシーの曲が入らなかったとか書かれている。
アラン・ロマックスとカール・セーガンのつながりも面白いけれど、
もっと面白いことに気が付いた。
あの時点でカールセーガンあるいはボイジャー開発チームあるいはNASA
は宇宙人ありきであの計画を立てていたことだ。
現在なら、そんないるかどうかわからない知的生命のために
そんなレコードを載せるのは意味が無い、とか言われそうだ。
しかしあの時点では真剣にボイジャーがいつかたどり着くところに
知的生命(宇宙人)がいるという想定でやっていたのだ。
もう少し言ってしまうと、カールセーガンが民族音楽を入れようと
思ったのには、ひょっとすると人類は宇宙から来たかもしれない
ということを信じていたのかもしれない。その痕跡が民族音楽
に残っているかもしれないと考えたのかもしれない。

夢の話(多分その6くらい)

 昨日の夢はまたいやな夢だった。
私は学校にいる。
高校ではない、大学らしい。
授業でテストをやっているけれど、私はその中にはいない。
教室の外に一人でいる。
中ではみな問題を解いている。
私はその問題が全く理解できない。
だから一人で他のことをしている。
疎外感と劣等感しかない。
その場にいることさえ辛い。
突然自分の子供のことを思う。
子供が学校に行かなかったのはこういうことだったのか。
その不安でつぶされそうな思いの中でそう思った。
友人が来た。
一緒にバスケットボールをやろうと言う。
彼らと一緒になってボールを投げようとするけれど、
うまく投げられない。
誰かからボールが来るが受け止められない。
もうやめよう。
そう思ってそこを離れる。
歩いて行くと三鷹の街だとわかる。
わかるけれどものすごい時間が経っていて
街は全然変わっている。
300年以上経っているようだ。
家があったところには草木が生い茂っている。
小高い丘になっている。
向こうに向かって下り坂になっている。
私はそこを歩いて行く。
私の昔の”ともだち”にとても良く似た人が歩いている。
私はその人に話しかけて、ひょっとして**さんの?
と聞くがもちろん全く別な人だ。
そうか、もう知ってる人なんかいないな。
そう思いながら歩いている。
突然仕事場のシーンになる。
私は仲間と一緒に会社にいる。
広いオフィースだけれどそこら中機械だらけだ。
数人がラックケースの中の機械を調整している。
私はそれが一体何の機械なのかもわからない。
しかし私は彼らの上司なのであたかもわかっているような
顔をして、見ている。
皆あちこちで仕事をしている。
うまく行っているようだ。
しかし私は彼らが一体何の仕事をしてるのかもわからない。
それでもわかった顔をして歩いている。
私自身が作っている機械がある。
恰好はあたかもすごい機械の様に見えるけれど、
すごく適当に作った機械だ。
それを見るのもいやなくらいだ。
私はそれを壊して処分したい気にかられる。


そんな夢だ。
全て自分を裏から見ているような気がする。
とてもいやだ。

2/18/2023

十三峠

 前の書き込みから2カ月以上経ってしまった。
特に理由は無いのだけど、横須賀に引っ越ししてから毎日やることが多くて
これを書く元気が無かった。

その横須賀の安針台だけれど、ここは丘の上というより山の中腹と言った方が
良いように思う。なぜならここから5分も歩けば山の上だから。

以前港南区に住んでいた時、もう20年くらい前だけだけれど、横横道路を三崎の方まで
走ったことがある。その途中で左手に両側を谷地に囲まれた峰の先端に住宅が何軒か
ある、丘のようなところが見えた。
Googleで見るとこんな感じ。
ずっとあそこに行ってみたいと思っていた。
しかしGooglemapを見ても道が書かれていなかった。
それから何度も横横のその場所を通ったがその都度そこが気になっていた。

先日うちから山を登って尾根伝いにある道(昔の重要な街道だったらしい)を
散歩した。(十三峠)、そして田浦梅の里が向こうの尾根に見える場所に至った。

そこで気が付いた。この場所は例のあの場所なんじゃないだろうかと。
まさにその場所だった。
ただ、歩いていると全くわからない。
先端まで行ったが、そこがあの場所とは信じられなかった。

この坂を少し降りるとまさにその先端だった。
そこは木々に覆われて景色は見えなかった。
後日その隣の梅の里に行った時に写真を撮った。


尾根沿いに家が立ち並んでいて面白い。
この先端まで小型の車なら行くことができるみたいだ。しかし方向転換するのは
大変そうだ。歩いて行くには田浦から山を登るか、安針台から街道を行くか、
あるいはこの先端のところに下に行く長い階段があったので、田浦から
「アーチスト村」を目指して歩き、そこから階段で上に上がれそうだ。
(まだ試していない)

この「先端の集落」もそうだけれど、人生の中ですごく気になった場所の近くに
結局住むことになる、という経験が多い。
思い出せば思い出せそうだけど何度もそういうことがあった。
今回の場所はそういう意味あいを強く感じる。