12/01/2013

尺骨神経麻痺(ulnar nerve palsy)

そもそもの初めは子供の時に自転車ごと倒れたのが原因だった(らしい)。
たぶん私が3歳くらいの頃だろう。
左腕を複雑骨折して曲がったままになってしまった。
小学校の時はその曲がった腕を見られるのがいやで、いつも長袖の服を
着ていた。でもさすがに夏は暑いので半そでのシャツを着ていたけれど、
右手で左腕のひじを隠すのが癖になっていた。

そのまま成長して高校、大学とギターを弾き始めてから左手の握力が
異常に弱いのに気がつき、バネで筋力をアップする器具で左手の握力
を強くしようと思った。
それをしばらく続けていたある日、左手に「プチッ」とした感触があった。
あれ?と思った。
左手を動かしてみると小指がうまく動かない。
伸ばすことができなくなっていた。
その時は、そのうち治るだろうと思っていた。
しかし、いつまでも治ることはなかった。

それからはギターを弾くときに小指を動かすことができなくなっていた。
それだけでなく、セーハー(昔はバーコードと言っていた)でコードを押さえる
ことができなくなっていた。
しかたなく押さえられるコードだけを使って弾くようになっていた。

そしてさらに大人になって、30歳を過ぎた頃、小指と薬指の感覚が無くなってきた。
それでしかたなく病院に行くことにした。
母親が東大病院がいいというので、そこに行くことにした。
診察してもらった病名は「尺骨神経麻痺」だった。
複雑骨折が原因で腕を曲げるたびに神経が磨り減ったらしい。
それをほぼ30年続けていたので、どんどん神経が無くなってしまったそうだ。

そのままでは左手全部の感覚がなくなってしまうというので、手術することになった。
東大病院なので手術は公開処刑のようなものだった。
沢山の先生が見学できる部屋での手術だった。

2、3時間で終わるはずの手術だった。
台の上に乗せられて、笑気ガスのマスクを当てられて、
「ゆっくり数を数えてください」と言われた。
確か4までは数えた。
その後、目の前が真っ白になったところまでは覚えている。

次の記憶は(後から思い出した)車の付いた担架で廊下を運ばれているところ。
私は寝ていたが、長く寝ていたので背骨が痛くて、背中をずらそうとしていた。
それを(母が言うには)、私が暴れていると思った先生、看護婦が押さえて
いたらしい。とにかく背中が痛かった。

手術は結局6時間以上かかって、母も心配したらしい。
病室に戻る時には麻酔は切れてますから、と母は言われていたそうだが、
麻酔から完全に覚めたのは1時間以上あとだった。
後は1週間入院して腕は少し痛みがあったけれど、変なしびれは無くなり
手術して良かったと思った。

しかし実はそれからが痛かった。
毎週病院に通って検査するのだが、その検査は異常だった。
指と腕に電極を付けて、パルス的に電圧をかけるのだが、
指が動き始めるまで電圧を上げる。
もう神経も筋肉もほとんど無い指を動かそうとするのだから電圧は相当高かった
と思う。
私は指よりも他の部分が電気パルスのせいで我慢できないほど痛かった。
拷問に近かった。
「ちょ、ちょっともうだめです!」と言ったら先生に、
もう少しなので我慢してください。と言われた。

そんな検査を5回は受けただろうか。
それがあまりにつらいのと、
あれは結局どこまで動くか調べて学会の資料にでもするのだろう・・・
と思い至って、それから行くのはやめた。

神経を腕の反対側に通したのが良かったのか、
それからはしびれはなくなった。
でも小指の感覚はいまだに無く、薬指も半分感覚が無い。
握力は相変わらず子供よりも弱い。
神経が無いはずなのに、年に何度か痛みで目が覚める。
眠りに入った瞬間に電気的な痛みが走る。
それで目が覚める。
またうとうとして眠った瞬間に痛みが走る。
そして絶対に眠らせてくれない。
これもまた拷問だ。