2/19/2024

夢の移住計画その2

 しかし、一番現実的な問題はお前がまた一人で北海道で
暮らせるのか?ということだ。
今朝起きてまだ外が暗いうちに想像してみた。
今、北海道の家に一人で寝ている。
近くには誰もいない。
部屋はちょっと寒くて起きるのが辛い。
起きたとして今日誰かに会うことも無く、
何をしようかと考える。
キーボードとかギターとかで曲を作るか? ・・か?
カメラを持ってどこかに写真を撮りに行くか?
・・・それ以外考えられない。
食べに行くなんてどうでもいいし、
何か作るための買い物にスーパーにでも行くか?
そんなことのために一日を過ごすのか?

ソローさんは森の中で何をしていたんだろう?
ずっと何か書いていたわけではないだろう。
そんなに自然が好きだったのだろうか?
私だって自然は好きだけれど、自然は面と向かうと
怖い。
もう何度もそれには負けてきた。
だのにまたそれをやろうというのか?

また25歳の自分に戻れるのか?
確かにあの頃は平気だった。
ただ近くに友達がいないのが寂しかった。
それだけだ。

昨日「りんりんと」というドラマを見た。
主人公が母親を母親の故郷である北海道の苫小牧にある
老人ホームに連れて行くために二人でドライブする話だ。
主人公は母親をホームに置いて行くとに葛藤するが、
結局ホームに預けて車で帰路につく。
しかし途中で思いなおしてホームに戻り母親を
連れて帰ることをホームに告げる。
しかしホームの人はそれはできないという。
主人公に対して「それはあなたの感傷的思いにすぎない」
とかなんとか言われる。
「あなたはそのことを1年考えてまた来てください」と言われ
一人で帰る。
と言う話なのだけど、
その話はどうでもいのだけど、老人はいつか完全に壊れる前に
自分の身の処し方を考えなくていけないと思う。
だからまた北海道で暮らすということはそういうことなんだと思う。


2/18/2024

夢の移住計画

 それはそうと
「いっそのことまた北海道に住むこと考えたら?死ぬ前に」
と妻が言う。
「君はどうするの?」と聞くと
「私はこれから世界を旅行するの♪」
と言うので考えてみた。
●家を借りる●家を買うのどちらかだろう?
と考えたら借りる方は年齢的に貸してくれなそうだ。
「うちの息子を保証人にしたら?」と言うけれど、
そんなもので貸してくれるとも思えない。
一応調べてみたら10万以下で結構街に近いところの
物件は結構ある。でもアパートとか、マンションにしても
ギターとかガンガン弾いていたら怒られるだろう。
1軒家でも借りられそうだけれど、
1軒家はやはりちょっと高くなるし、部屋数が多すぎる。
5LDKの2階家に一人で住むのは寂しい。
ただ賃貸物件はいずれも内装が綺麗だ。
ああ、そうそうその前に借りる方は無理だろう。

買う方はどうだろうと調べてみた。
買うにしても1千万を超えるような家を買う気はない。
買える程度で調べてみると、そういう家は結構ある。
しかし札幌、千歳周辺はやはり高い。
だから住めるとしたら石狩とか当別より向こうとか、
岩見沢、滝川とかかな。
旭川、帯広、釧路とかは除外だな。
富良野にも家はあるらしい。
でもそうすると「北の国から」になってしまうなあ。
あと日高の方とか。
アイヌの聖地とかもいいかもしれない。

いろいろ調べたら一番現実的なのは石狩だな。
昔夜中に車で良く行ったあたりだ。
その頃は砂地だったあたり。
ん?砂地? 地震が来たらやばいかも。
でもそこまで生きてないだろうきっと。
こんな感じの家が結構安い。
内装は・・・自分でリフォームしないとダメそうだ。
でも家は隣同士離れているから多少音を出しても大丈夫そうだ。
好きな望来の丘にも近い。
手稲もそんなに遠くない。
支笏湖まではちょっと遠い。
冬は寒そうだ。
この西側は石狩の海だから。

そんな夢を描いてみた。

2/17/2024

海の見える家

まだ若かった頃から海の見える家に住むのが夢だった。
それは本当に夢だったのでいつかそんな家に住めたらいいと思っていた。
その頃のイメージは伊豆か静岡の太平洋に面した丘か山の中腹に
家があって遠くに海が見えるイメージだった。
決して海のそばではなかった。
少し離れて見る感じだった。
そのイメージ。

三鷹に住んでいた頃は海などどこにも無かった。
それから少しだけ大阪の高槻に引っ越した。
高槻も海には程遠いところだった。
また三鷹に戻ってしばらくは三鷹だった。
社会人になって札幌に住んだけれど海までは車で小一時間かかった。
時々石狩の海を見に行った。
それからこっちに戻って市川市の浦安に住んだ。
まあ、海は近かったけれどわざわざ見に行くような海ではなかった。
それから東京に移って深川に住んだ。
深川は隅田川はすぐそばだったけれど水は見えなかった。
海は東京湾。
その頃はまだお台場も無くビッグサイトのあたりは広大な
舗装された整地だった。オートバイの練習場だった。
でも海は見えなかった。
それから横浜の港南区に住んだ。
港南区から海はすごく遠い。
むしろ山だった。
それから同じ横浜市の都筑区に住んだ。
都筑も海には程遠い。
近くに川はあったけれどどぶ川みたいな川だった。
そこに長く住んで、今の横須賀に引っ越した。
都筑が駅から歩いて5分の場所だったのに比べると
ものすごく田舎だ。
もう比較にならないくらい田舎だ。
先日ついに京浜急行の乗降客が最低の駅なため
無人駅になってしまった。
駅前にはスーパーが1軒と小さなレストランが1軒だけの駅だ。
そこからエレベータで上に登って、さらに坂を登って行くと
やっとうちのマンションに着く。

そこからは海が見える。
私の部屋の窓から遠くに海が見える。
まるでかつて夢に見た海のイメージだ。
不思議だ。
      


2/14/2024

運転免許・高齢者講習

 に行ってきた。
近くの自動車学校。
受付時間の30分も前に着いてしまった。
とりあえず受付に行ってみるともうずいぶん大勢が来ていた。
さすが高齢者だ。
始まるまで暇だからコースの講習を見ていた。
車よりも単車の方が面白い。
自分もこんなことやってたなあ、と色々思い出した。
誰かがオートバイを倒してしまった。
焦ることないのに倒れると思い込んでしまったのだろう。
ズズズズと倒れた。
そっち側に倒れたなら前輪ブレーキをかけながら腰を入れれば
起き上がるだろう。と思った。
しかし今は違うようだ。
まず斜めのスタンドを手で起こす。
それからおもむろに車体を起こし始めるようだ。
なるほどそうすれば反対側に倒れてしまうことは無い。
そんな風に教わったかなあ?と思う。
たぶんそういう風には教わっていない。

そのうち講習が始まった。
しょっぱな「これから車に乗っていただきます」と言われた。
え?実車やるの? と思った。
実際に車に乗ることは無い、と誰かが言っていたから。
1番最初の人が運転して私はその後ろの席、助手席に教官
という仮免講習のような設定。
しかしそれほど細かなところは見ていないようだ。
最初の人は出発の時の後方確認とかバックミラーで済ませていた。
たぶん普段乗っていない人だったようだ。
なんかたどたどしい。
行き先は教官がその都度言うのだけど、
次の左折の交差点で「左に寄り過ぎだろう」と思っていたら
案の定縁石に乗り上げていた。
本当の講習ならそこでアウトだろうけど、一度バックして
やり直していた。
私の番になって運転席に乗って教官に挨拶した。
ああ、そうだと思い出した。
昔私が免許を取った自動車学校で、19歳の学生の私はいつも教官に
挨拶することは無かった。それをある日言われた。
「お前は面白くないやつだなあ~!挨拶くらいしろよ~!」
と言われた。
そうか!挨拶だ!とその時思った。

それでさっき先に乗った男の人だけれど、始める時も終わった時も
無言だった。他の検査の時に見ていたけれど誰も検査してくれる
人に挨拶していなかった。女性陣はちゃんとやっていた。
ジジーはダメだな、と思った。
世界一愛想のいい教習生の私は全部に挨拶した。
だからと言って何かいいことがあったわけではないけれど。
私がそっち側だったらちょっと挨拶してほしいと思う。
「お願いします」とか「ありがとうございました」とか、
¥8000も取られてそんなこと言えるか!という気もしないでもないが。

そんなわけでその日はジジイ達の人間観察を楽しんだ。


2/13/2024

4次元

 次元とその世界について考えてみよう。
0次元はほっといて、1次元の世界は「太さの無い線」の世界だ。
線が曲がっているかどうかは別にして。
別の1次元の世界と交差した場合は、その交点は「点」になる。
大きさの無い点。
だから1次元の世界にいる「人」は突然目の前に点が現れる
ことになる。人が行き来したとするとその点から別の線の
人間が現れることになる。幽霊のように。
では1次元の世界が2次元の世界と交差した場合はどうだろう?
この場合平面上でのこととする。
そうするとその交点はある長さを持った線分になるはず。
1次元の人間は自分の世界のある長さの部分が
突然別のもの(2次元との交点にある2次元の世界)に
変わってしまうのを見るだろう。

2次元は平面だ。(面が曲がっているかどうかは別にして)
別の2次元の世界と交差した時、その交点は線になる。
太さの無い線。
だから交わった場合2次元の人間は突然目の前に線が現れる。
そして別の面の人間が入ってきた場合、その線から
平面人間が現れることになる。幽霊のように。
ではその2次元世界が3次元世界と交差した場合はどうだろう。
2次元世界(平面)のある広がりを持ったエリアが3次元のもの
に変わってしまうのを見るだろう。
例えば卵が平面世界と少しずつ交差した場合、卵の断面が見えるはず。
CTのように徐々に平面と交わるように動かした場合、
2次元世界の人は楕円形の卵の形を想像することができるだろうか?
たぶん普通の平面人間はスライスされたCT画像をつなげて
立体的な卵の形を思い描くことはできないだろう。
立体というものを思い描くことができないのだから。
しかし数学者はできるかもしれない。

3次元は空間だ。
だから他の3次元空間と交差する場合その交点は面になるはずだ。
2つのシャボン玉がくっついた時の様に。
今、この世界が他の3次元世界と交差した場合、
別の3次元世界からの人間はその面を通って現れるはずだ。
テレビの画面のように。貞子のように。
では3次元世界が4次元世界と交差した場合はどうだろう。
3次元世界の人間はある広がりを持った空間が(4次元世界の)
別の物に変わってしまうのを見るだろう。
例えば4次元世界に4次元形状をした卵があった場合、
それをやはり3次元CTでスライスして行った場合、
スライスされた立体形状を頭の中で4次元形状に思い描くことは
できるだろうか?
おそらく普通の3次元人間にはできないと思う。
だけど数学者はそれができるように思う。
それを見てみたい気がする。

2/12/2024

友達の2

 フェイスブックの友達を見直してみた。
すると意外なことになんだかんだ話をしている人が100人はいる
ことがわかった。なんでそんなにいるんだろう?と思うけれど
いるらしい。友達100人できるかな♪と言う歌があったなあ。
その内23人は外国の「友達」だ。日本のお友達も数を減らしたい
のだけどどうしても減らすことができない。
何でだろう?実際には会ったことないのに。

昨日学校の友達に電話した。
山口にいると言っていた。
正月に腎臓の病気で救急車で運ばれたらしい。
高熱で動けなくなったので家族が呼んだらしい。
でももうすっかり回復したらしい。
癌とか深刻な病気ではなかったようだ。
良かった。
電話で話せる数少ない友達だから。

困難の川の上に横になって橋になってあげるよ、
と言うような友達は生涯いなかった。
冬でも春でも夏でも秋でも、
名前を呼べば来てくれる友達もいなかった。
良く考えたらあの歌、SONY損保みたいな歌だな。
どこに居ても呼べば来てくれるらしい。
そんなのは幻想だ。
いやSONY損保の方じゃなくて友達の方ね。
関係ないけどSONY損保の瀧本美織のCMは好きだった。
最近の内田有紀もいい。

もうみんなほっといてほしい。

2/08/2024

友達

フェイスブックによると私の友達は116人いるらしい。
リアルの友達は皆いなくなってしまったから、
というか私がもう会わないことにしたから、
最近実際に会ったことのある友達は去年東京で会った2人と
九州で会った一人だけだと思う。
フェイスブックの友達で実際に会ったことのある人は
3人か?4人か?くらいだ。
この116人というのは何だろう?
前は誰でも彼でもOKしていたから今よりずっと多かったけど
知らない人(ハハ)を削除して100人くらいになった。
たぶん普段コメントのやり取りをしているのは30人くらいだと思う。
その30人をどこまで知っているだろう?
あるいはその人達はどこまで私の存在を意識しているだろう?
’70年の頃を一緒に語れる人(私の’70年を知っている人)、
音楽について一緒に語れる人、北海道について一緒に語れる人、
絵画について一緒に語れる人、自然や景色について一緒に語れる人、
それだけ残して残りを全部削除しよう。
友達40人くらいにしよう。
と思う

2/06/2024

雪が降った

 横須賀に来て初めての雪だ。
都筑に居た時は何度か大雪があったけれどここでは初めてだった。
「へえ雪なんだ」と高をくくっていたけれど、
どうしてどうしてこれが結構すごかった。
ここは街よりも100メートルくらい高いのだけれど
風が強い。
だから雪は吹雪の様に横殴りで降る。
前の公園はすぐに真っ白になった。
問題は裏の上り坂で
車で妻を迎えに行こうと思って駐車場に行ったら
ちょうど帰ってきた人がいたので、道の様子を聞いた。
そしたらその人はスタッドレスだけど坂は滑ると言っていた。
どうしようかと考えたけれど、坂を降りれば大丈夫だろうと思い、
車を出して歩くよりもゆっくり坂を下りた。
幸い駐車場に帰って来る車も無かったので、無事坂の下まで降りた。
トランクには買ったばかりのタイヤチェーンを積んでいた。

それで迎えに行ってホームセンターの屋内駐車場でタイヤチェーン
を付けようと思っていた。
どうせ昔のとそんなに違わないだろうと思っていたら、
これが全然わからない。
一応説明書は読んだのだけど実際にやってみるとうまくゆかない。
どうもサイズが違っているように思った。
何度かやってだめだったのでチェーンを買ったオートバックスに
行って「ちょっと見てもらえませんか?」と言ったら、
担当の人が来て、タイヤサイズとチェーンサイズを確認してくれた。
どうやら合っているようだ。
オートバックスの担当の人は
「本当はこういうサービスはやっていないんですけど・・・・」
とか言いながらピットが空いているか見に行ってくれた。
ピットの方で手招きしているので屋根のあるピットに車を入れた。
そこでやり方を教えてくれた。
もちろんやったのは私だけれど、非常に親切に教えてくれた。
雪でお客さんが他に居なかったのが幸いした。
無事に2本を付け終えてお礼を言って戻った。

坂はやはり雪が積もって一部固くなっていた。
ノーマルではまず無理だった。
チェーンは何の問題もなく坂を登って無事車庫に入れた。

考えてみると北海道ではずっとスパイクタイヤだった。
チェーンを使ったのはスキーに行った時くらいだ。
最初は金属チェーンだったけれど、すぐにサイルチェーンを買った。
あれは調子よかった。
横滑りはするけれどかなり高速で走れた。
・・・というのが最後だったから、
最近のチェーンとは付け方が全然違った。
でも、次はちゃんとできそうな気がする。


2/05/2024

北の国

 アマゾンで「幸せの黄色いハンカチ」と「遥かなる山の呼び声」と「駅」と
「鉄道員」のブルーレイ盤を買った。
高倉健のファンではないけれどもう一度映画を見たかった。
これらの映画には70年代のリアルな北海道が映っている。
それが見たかった。
「鉄道員」以外は全部見た。
「鉄道員」はもう初めから見るのが辛いから
たぶん見ないだろう。

「駅」は何度見たかわからない。
既にDVDを持っていたから。
「幸せの黄色いハンカチ」は2,3回は見ている。
「遥かなる山の呼び声」は通して見るのは多分初めてだと思う。

いずれも倍賞千恵子が出てくる。
この人どこかで会ったことがあるような気がする。
気がするだけなのだけど。


最近CMに出ている。
年齢を重ねた姿はそれはそれでとても好きだ。

ふと、若い頃の自分と今の自分は同じ人なのだろうか?と思う。
誰かが言っていた「同じ記憶を持っていれば同じ人だ」と。
でもそれだけだとAIとかが記憶として同じものを持っていたりしないか?
私はそういう確認ではない方がいいと思う。
言い方を変えるけれど、同じ人間が成長したら同じ人間ではない、
と言う方がいい。
20代の私と30代、40代の私とその後の私は
全部別な人間だとしてほしい。
30代40代の私はもう自分から消したい。
それは抹消登録の手続きを提出したい。
どこか市役所かどこかに。
そして「はい!これであなたの3,40代は消去されました」って。
とてもすっきりしそうだ。
その当時の私を知ってる人に万一遭ったとしても
「ああ、あれは私ではありません」と言える。
そして夢からもその頃の自分を消せたら消してほしい。
いちいち思い出さずに済むから。

映画の中の北海道は今とは全然違う。
車や町や人々が、
見ていると昔の感覚が戻って来てうっとうしい。
「ああ、車はこんな風に汚れていてどこかへこんでいたなあ」とか
「道はほとんど舗装していなかった、砂利道が多かったなあ」とか
「お店の中も宿も全部こんな感じで汚れていたなあ」とか
それがリアルな映像として残っているのはちょっと怖い。
だけど20代の頃私もそこに居たということを実感できる。

そう、
だけど私は倍賞千恵子さんにどこかで会っていると思う。
どこかはわからない。
会っていないかもしれない。
忘れているのかもしれない。
でも「黄色いハンカチ」も「遥かな呼び声」も「駅」も
倍賞さんを見るたびに懐かしさで涙が出てくる。

さっきまで吹雪だった。
あんなのはこっちに来て初めてだ。
雪は懐かしくも悲しくも恐ろしくもある。

2/03/2024

右翼と左翼 特に左翼のこと

 インターネットで個人が発言するものを見ていると
左翼のことをパヨクとか呼んでいる。
それはいいのだけど左翼=共産主義と思っているのがけっこういる。
あるいは左翼=共産党と思っている節もある。
さっき読んだものでは学生運動は外国映画の影響だった、
とか言っている人がいた。
それらすべてに反論する気も無いし訂正してまわる気も無い。
しかし彼らが国から強い力で拘束されたり、不当な扱いを受けたり、
正当な扱いをされなかったり、無視されたり、
自由を奪われたりした時に彼らはどうするんだろう?
と思う。
そのことを先日人に話したら「ちゃんと生活していれば
そういうことは決して起きない」と言っていた。
ふーーん
と思う。
私の子どもたちを含めて彼らのことがちょっと心配になる。




間違い?

 もう何十年も生きて来て気が付かずに間違えてきたことが結構ある。
一番有名(自分として)なのは「七」を「ヒチ」と言っていた
ことだろうな。もうずっと子供の頃からそう言っていた。
確か50歳くらいになった時、人から指摘されてわかった。
「ヒチ」と読む場合もあるけれど殆ど「シチ」らしい。
「七五三」「ヒチゴサン」みたいな。
似たもので「三宅島」-->「ミアケジマ」がある。
ずっとそう言ってきた。
たぶん早く言えばだれも気が付かないだろう。
昔辞書で引こうとして出なかった記憶がある。
よく生きてきたなあと思う。
こういう間違いはたぶんきりがないほどあると思う。
漢字の読み方とか。
きっとどこかで最初に間違えたきっかけがあるはず。
私の父は「ひ」と「し」の区別、「え」と「い」の区別がつかない人だった。
そういうのも影響したのかもしれない。
まあ、自分の中に少し父が残っているのかもしれない。



2/02/2024

冬の北海道はやめた

行きたい気持ちはあるのだけど、雪の北海道に一人で行く元気が無い。
あの雪のせいで帰ってきたんじゃないのか?
と思う。
しかもあまり時間的余裕が無くなってしまった。
来年の1月にしよう。(先送りだ)
今年は6月末にしようと思う。
航空券だけ先に買っておこうと思う。
泊まるところはいつものゲストハウスか、
狸小路のホテルが良さそうだ。
立派なところは要らない。
一人分のスペースがあればいい。
今まで一番高いホテルはどこだったろう?
ロイトンかグランドくらいかな?
あんまり記憶に無い。
一人だったらそんなとこに泊まらないだろう。
もう無くなってしまった大通りの「ヒグマホテル」に、
あれば行きたい。札幌で最初に泊まったホテルだ。
ビジネスホテルだった。
初日はそこから歩いて勤務先まで歩いて行った。
もう無いのが寂しい。

あと、北海道で泊まったところの記憶があまりない。
冬に大雪山のホテルに泊まったのは良く覚えている。
フロントの顔まで覚えている。

あとは、、、、覚えていない。
だいたい車中泊だった。
友達が来ても車中泊だった。
ひどいやつだ。
人が来てもそういう歓迎とか案内とかしなかった。
車で走るだけだ。
誰だったか学校の友達が来た時
「すすき野のいい店教えて」と言われたけど
すすき野の方には食べに行くことも無いので
「知らない」と言ったら機嫌を損ねたみたいだった。
後で考えたらそういう店のことじゃなかったみたいだ。
そっちはなおさら知らない。

それで6月だ。
新緑も出てくるころだ。
その頃にしよう