2/06/2024

雪が降った

 横須賀に来て初めての雪だ。
都筑に居た時は何度か大雪があったけれどここでは初めてだった。
「へえ雪なんだ」と高をくくっていたけれど、
どうしてどうしてこれが結構すごかった。
ここは街よりも100メートルくらい高いのだけれど
風が強い。
だから雪は吹雪の様に横殴りで降る。
前の公園はすぐに真っ白になった。
問題は裏の上り坂で
車で妻を迎えに行こうと思って駐車場に行ったら
ちょうど帰ってきた人がいたので、道の様子を聞いた。
そしたらその人はスタッドレスだけど坂は滑ると言っていた。
どうしようかと考えたけれど、坂を降りれば大丈夫だろうと思い、
車を出して歩くよりもゆっくり坂を下りた。
幸い駐車場に帰って来る車も無かったので、無事坂の下まで降りた。
トランクには買ったばかりのタイヤチェーンを積んでいた。

それで迎えに行ってホームセンターの屋内駐車場でタイヤチェーン
を付けようと思っていた。
どうせ昔のとそんなに違わないだろうと思っていたら、
これが全然わからない。
一応説明書は読んだのだけど実際にやってみるとうまくゆかない。
どうもサイズが違っているように思った。
何度かやってだめだったのでチェーンを買ったオートバックスに
行って「ちょっと見てもらえませんか?」と言ったら、
担当の人が来て、タイヤサイズとチェーンサイズを確認してくれた。
どうやら合っているようだ。
オートバックスの担当の人は
「本当はこういうサービスはやっていないんですけど・・・・」
とか言いながらピットが空いているか見に行ってくれた。
ピットの方で手招きしているので屋根のあるピットに車を入れた。
そこでやり方を教えてくれた。
もちろんやったのは私だけれど、非常に親切に教えてくれた。
雪でお客さんが他に居なかったのが幸いした。
無事に2本を付け終えてお礼を言って戻った。

坂はやはり雪が積もって一部固くなっていた。
ノーマルではまず無理だった。
チェーンは何の問題もなく坂を登って無事車庫に入れた。

考えてみると北海道ではずっとスパイクタイヤだった。
チェーンを使ったのはスキーに行った時くらいだ。
最初は金属チェーンだったけれど、すぐにサイルチェーンを買った。
あれは調子よかった。
横滑りはするけれどかなり高速で走れた。
・・・というのが最後だったから、
最近のチェーンとは付け方が全然違った。
でも、次はちゃんとできそうな気がする。


2/05/2024

北の国

 アマゾンで「幸せの黄色いハンカチ」と「遥かなる山の呼び声」と「駅」と
「鉄道員」のブルーレイ盤を買った。
高倉健のファンではないけれどもう一度映画を見たかった。
これらの映画には70年代のリアルな北海道が映っている。
それが見たかった。
「鉄道員」以外は全部見た。
「鉄道員」はもう初めから見るのが辛いから
たぶん見ないだろう。

「駅」は何度見たかわからない。
既にDVDを持っていたから。
「幸せの黄色いハンカチ」は2,3回は見ている。
「遥かなる山の呼び声」は通して見るのは多分初めてだと思う。

いずれも倍賞千恵子が出てくる。
この人どこかで会ったことがあるような気がする。
気がするだけなのだけど。


最近CMに出ている。
年齢を重ねた姿はそれはそれでとても好きだ。

ふと、若い頃の自分と今の自分は同じ人なのだろうか?と思う。
誰かが言っていた「同じ記憶を持っていれば同じ人だ」と。
でもそれだけだとAIとかが記憶として同じものを持っていたりしないか?
私はそういう確認ではない方がいいと思う。
言い方を変えるけれど、同じ人間が成長したら同じ人間ではない、
と言う方がいい。
20代の私と30代、40代の私とその後の私は
全部別な人間だとしてほしい。
30代40代の私はもう自分から消したい。
それは抹消登録の手続きを提出したい。
どこか市役所かどこかに。
そして「はい!これであなたの3,40代は消去されました」って。
とてもすっきりしそうだ。
その当時の私を知ってる人に万一遭ったとしても
「ああ、あれは私ではありません」と言える。
そして夢からもその頃の自分を消せたら消してほしい。
いちいち思い出さずに済むから。

映画の中の北海道は今とは全然違う。
車や町や人々が、
見ていると昔の感覚が戻って来てうっとうしい。
「ああ、車はこんな風に汚れていてどこかへこんでいたなあ」とか
「道はほとんど舗装していなかった、砂利道が多かったなあ」とか
「お店の中も宿も全部こんな感じで汚れていたなあ」とか
それがリアルな映像として残っているのはちょっと怖い。
だけど20代の頃私もそこに居たということを実感できる。

そう、
だけど私は倍賞千恵子さんにどこかで会っていると思う。
どこかはわからない。
会っていないかもしれない。
忘れているのかもしれない。
でも「黄色いハンカチ」も「遥かな呼び声」も「駅」も
倍賞さんを見るたびに懐かしさで涙が出てくる。

さっきまで吹雪だった。
あんなのはこっちに来て初めてだ。
雪は懐かしくも悲しくも恐ろしくもある。

2/03/2024

右翼と左翼 特に左翼のこと

 インターネットで個人が発言するものを見ていると
左翼のことをパヨクとか呼んでいる。
それはいいのだけど左翼=共産主義と思っているのがけっこういる。
あるいは左翼=共産党と思っている節もある。
さっき読んだものでは学生運動は外国映画の影響だった、
とか言っている人がいた。
それらすべてに反論する気も無いし訂正してまわる気も無い。
しかし彼らが国から強い力で拘束されたり、不当な扱いを受けたり、
正当な扱いをされなかったり、無視されたり、
自由を奪われたりした時に彼らはどうするんだろう?
と思う。
そのことを先日人に話したら「ちゃんと生活していれば
そういうことは決して起きない」と言っていた。
ふーーん
と思う。
私の子どもたちを含めて彼らのことがちょっと心配になる。




間違い?

 もう何十年も生きて来て気が付かずに間違えてきたことが結構ある。
一番有名(自分として)なのは「七」を「ヒチ」と言っていた
ことだろうな。もうずっと子供の頃からそう言っていた。
確か50歳くらいになった時、人から指摘されてわかった。
「ヒチ」と読む場合もあるけれど殆ど「シチ」らしい。
「七五三」「ヒチゴサン」みたいな。
似たもので「三宅島」-->「ミアケジマ」がある。
ずっとそう言ってきた。
たぶん早く言えばだれも気が付かないだろう。
昔辞書で引こうとして出なかった記憶がある。
よく生きてきたなあと思う。
こういう間違いはたぶんきりがないほどあると思う。
漢字の読み方とか。
きっとどこかで最初に間違えたきっかけがあるはず。
私の父は「ひ」と「し」の区別、「え」と「い」の区別がつかない人だった。
そういうのも影響したのかもしれない。
まあ、自分の中に少し父が残っているのかもしれない。



2/02/2024

冬の北海道はやめた

行きたい気持ちはあるのだけど、雪の北海道に一人で行く元気が無い。
あの雪のせいで帰ってきたんじゃないのか?
と思う。
しかもあまり時間的余裕が無くなってしまった。
来年の1月にしよう。(先送りだ)
今年は6月末にしようと思う。
航空券だけ先に買っておこうと思う。
泊まるところはいつものゲストハウスか、
狸小路のホテルが良さそうだ。
立派なところは要らない。
一人分のスペースがあればいい。
今まで一番高いホテルはどこだったろう?
ロイトンかグランドくらいかな?
あんまり記憶に無い。
一人だったらそんなとこに泊まらないだろう。
もう無くなってしまった大通りの「ヒグマホテル」に、
あれば行きたい。札幌で最初に泊まったホテルだ。
ビジネスホテルだった。
初日はそこから歩いて勤務先まで歩いて行った。
もう無いのが寂しい。

あと、北海道で泊まったところの記憶があまりない。
冬に大雪山のホテルに泊まったのは良く覚えている。
フロントの顔まで覚えている。

あとは、、、、覚えていない。
だいたい車中泊だった。
友達が来ても車中泊だった。
ひどいやつだ。
人が来てもそういう歓迎とか案内とかしなかった。
車で走るだけだ。
誰だったか学校の友達が来た時
「すすき野のいい店教えて」と言われたけど
すすき野の方には食べに行くことも無いので
「知らない」と言ったら機嫌を損ねたみたいだった。
後で考えたらそういう店のことじゃなかったみたいだ。
そっちはなおさら知らない。

それで6月だ。
新緑も出てくるころだ。
その頃にしよう






1/27/2024

桐島聡・・・

 らしい人が現れたらしい。
この人のことも東アジア反日武装戦線というのも知らない。
年齢的には私よりも少し若いみたいだ。
三菱重工ビル爆破の時私はまだ東京にいて大学生だったけれど、
そのニュースをほとんど覚えていない。
でもニュース映像の悲惨な映像は覚えている。
それから誰かが「爆薬の量を間違えた」と言ったことも覚えている。
全て後から「あの時のニュース」みたいなもので見たのかもしれないけれど
韓国産業ビルのニュースは全く覚えていない。
この時は札幌に移り住んで1か月の頃だ。
ニュースとか見ている余裕も無かっただろう。

どこかの病院に入っている人が桐島を名乗っているらしい。
末期ガンだとか。
もう死ぬとわかってたら言うだろうな。
外国に逃れた人達ももうじき死ぬとわかったら
日本に帰りたいだろうな。
そしてあの時から過ぎた数十年は無かったかのように
悪夢のフラッシュバックとしてあの時代を思い出すだろう。

私だってあの頃は一体何だったんだろう?と
50年間考えて生きてきた。
そしてその50年間に自分がしてきたことを思い出して
もうあの頃には戻りたくない
と思う


どうでもいいけど何なんだろう?

 暇に任せてYouTubeを見ていたら「修理」の動画が多いことがわかった。
試しにテレビを直す?というのを見てみた。
やたらとしゃべってる。
もう息継ぎもせずにしゃべってる。
漠然と聞いてるともっともらしいことをしゃべってる。
しかし、話を良く聞いてみると、どうでもいいことを
延々としゃべってる。
たぶん素人だろう。
あたかも修理慣れしたようにしゃべってる。
しかし全く頓珍漢。
「このICだと思うのでこれを外してみます」とか
それICじゃなくてただのブリッジだよ。
わざわざ半田とらなくてもテスターでわかる。

いろいろ見てみたけどほんとに電子回路を知ってる人は少ない。
なんか適当なことやって視聴率を上げてるみたい。
どうもそういうのは元エンジニア(笑)としては不愉快だ。
せめてオシロ、シンクロを使って信号を確認してくれ。
やたらめったらICの半田外して取り替えても意味ないよ。

というのを今日は知った。
YouTubeのCM課金も安いのによくやるなと思う。

1/25/2024

2024年1月25日

 全く信じられないことだけれど今日は2024年の1月も過ぎようとしている。
あと4年したら父が亡くなった時の年齢になる。
父が亡くなった時ずいぶん若くして死んでしまった、と思った。
しかし今こうして思うとずいぶん頑張ったなあと思う。

先日も前妻と話をして「学生の頃は2000年まで生きるかなあ?」
ってみんなで話していたよねという話題になった。
確かに「1999年の大晦日はみんな一緒にいよう」ということを
言った記憶がある。
でもそれは叶わなかった。
もうどうでもいいことだけれど。
自分はどこまで行くだろう?
わからないけれど親友が皆先に旅立ってしまった今は
自分だけ取り残された感じはする。
並川と松尾と柿崎さんにはもう一度戻ってきてほしい。
そっちじゃなくて。
こっちでまた話ができたらどんなにいいだろう。

今外は2.8℃だ
冷気が窓ガラスから流れてきている。
北国は雪で荒天らしい。
ライブ映像を見ると札幌の雪は少し治まったようだ。
夜中の1時になる
でも雪の積もった12号線を車が走っている。
街中は誰も歩いていない。

こういう雪の日によく車ででかけてた。
千歳あたりまで。
タイヤはスパイクだった。
今よりはずっと走りやすかったはずだ。
スパイクが路面を滑る音がまだ耳に残っている。
今は、たぶん、ああいう風には運転できないだろう。
でももう一度雪の中を走りたい。

1/22/2024

昨日、三鷹の夢を見た

 なぜだかわからないけれど夢の舞台は三鷹が多い。
昨日の夢はこうだ

どこか学校にいる(その前までのシーンを忘れた)
そこで何かの理由で掃除用のウェットティッシュが必要になった。
それを買いに行こうと思う。
確か駅前の店に売っていたはず、と思い駅前に行く。
しかしそこには店はあまりなく、売っていそうな店が無い。
そうだ、あっちの通り(吉祥寺から新川に行く道)に家電屋があった
ことを思い出した。
そっちへ行こうと思う。
道は広いがぬかるんでいてその端を歩く。
しばらく行くと大きな橋があって人や車が行き来している。
その右端を歩いている。
端は欄干や柵は無く平らな橋があるだけ。
下を見るとあまりきれいじゃない水が勢いよく流れている。
それに見とれてバランスを崩して右に落ちそうになる。
あ、と思い左を見ると誰かが立っている。
手を貸して、と思うけれど何もしてくれない。
しかしなんとか落ちずに済む。
私は「なんで手を貸してくれないの?」と言うけれど、
無視される。
そこから広い通りに出る。
道はさらにひどくなって、歩道は泥の小山が連続している。
そこをすごい速さで歩いて行く。
左に家電屋があった。
でもそっちには行けない。車が走っている。
しかたなくそのまますごい速さで歩いて
小山を上り下りする。
「そうだこっちは友達の**さんの家の方だ」
と思いだす。
だけど覚えているだろうか?

そこで急に時間が今の時間に戻る。
こんな歳まで会っていないのに覚えているわけない。

そこで目が覚める。
時計を見ると4時15分。
また夢の続きを見たいと思い眠った。

朝だ。

1/19/2024

仕事をやめた

前の社長がやっていた会社を引き継いでやっていた会社も
数年前に解散したのでずっと個人会社でやっていたのだけれど、
面倒になったので顧客にはがきを出して、全ての営業を辞める
ことを伝えた。
一人だけ電話があった、もう30年近く付き合いのあった
音楽学校の先生だ。
私もそんなに長い付き合いだとは思わなかった。
言われてわかった。

いろいろ仕事をしてきたけど、FA向けの検査装置の製造は
様々な迷惑をかけたので、ずっと前に辞めていた。
その後はビデオ関係の仕事だけだった。
印象に残っているのは東京ガールズコレクションの第1回と
第2回のDVDのコピーをやったことがある。
まだどこかに残っているはずだ。そのイベントは今は
大きなイベントになっている。
著名な歌舞伎役者の家族ビデオテープを大量にダビングした。
また有名なバイオリニストの家族ビデオも大量にあった。
あんなのは外に漏れたら大変だろうに、なぜ私のところに?
と思う。
なぜ?と言えばフランスの大手高速列車製造会社のビデオ映像
をDVDにした。これも定期的に長いことやっていた。
なんでうちなんだろう?と思った。
ああ、NHKの地方局からの依頼で、あるアナウンサーの結婚式に
流すDVDの依頼があった、そっちでやらないの?と思った。
ウォルトディズニーの知人から古い映写フィルムのDVD化の
依頼もあった。ミッキーの初期の映像だった。

そうだ、ヴァンクライバーン国際ピアノコンクールで優勝した
辻井さんのお父さんがある日会社に仕事の依頼にやってきた。
辻井さん(父)が仕事でしている産婦人科で赤ちゃんの産声を
CDにして家族に渡したいという仕事だった。
これも30年かもしれない。
もう数え切れないほどの赤ちゃんの声を聴いた。
まだ数千人の赤ちゃんの声がHDDに残っているはず。
その辻井さんが最初に来た時、もちろん何も知らなかったから、
確か伸行さんも一緒だったように思う。
わかっていたらサインもらうんだったけど、優勝したのは
それよりも後だった。

個人のビデオテープはもう数え切れないくらいの数をDVDにした。
一家族から30本から200本くらいの依頼があったから。
今はもう考えるのも嫌だ。
個人の依頼のテープの中には極めてプライベートな録画
も有って、市販のビデオではなく個人的に録画したものが、
そんなものは外部に出たらほんとに大変なことになる。
依頼者はわかって依頼したのか、知らないで依頼したのか
私にはわからないので、目をつぶって全部をダビングして送っていた。
受け取った方でどうなったか私は知らない。

地方の会社や学校からの依頼はやっぱりインターネットで
見てくるんだろうけど、最初の頃はただ単にホームページを
掲載しているだけだった。それでもかなりの数の依頼があった。
毎月数百万の売り上げがあった。一人でやってるのに。
10年くらいすると同業者も増えてきて、ホームページの
アクセス管理をしないといけなくなった。
そのために毎月数十万の費用がかかった。
だんだんその費用が売り上げに合わなくなってきたので
それもやめた。
それでも結構なアクセスがあった。
それも徐々に無くなり、数年前からはお得意様以外は
あまり来なくなった。
だからやめることにした。

そういえば置き薬の富士薬品さんも先日やめることを告げた。
家にやってきて話をしたら、やはりもう31年になるらしい。
30年前からあの箱がうちの会社にあったことを思うと時間が
経つのは早いと思う。

仕事をやめてどうするのか考えはないけれど、
「何もしない」が正解だと思う。
今までは何かやりたいことがあっても絶えずお客さんからの
依頼案件があるため気になっておもうようにのんびりと
できなかった。
それがなくなるから、やりたいことを気軽にできるようになった。

だからと言って今何をしよう!ということも無い。
まあゆっくりやろう

1/16/2024

あの塔は何だろう?

 今日は晴れていて部屋から遠くが良く見えた。
今日気が付いたのは、習志野の方向、つまり「風の塔」の向こうの少し右側に
高い塔が見えたこと。今まで気が付かなかった。

これは何だろう?とGoogle Mapで調べたけれど良くわからない。
それで「習志野 鉄塔」で検索したらすぐに出てきた。
「三山送信所というらしい」
高さが180メートルくらいあるらしい。
ここから風の塔までは約30キロある。
「風の塔」から三山送信所までも約30キロあるので、
ここから送信塔までは60キロくらいあるらしい。
幕張よりも6キロくらい遠い。

昔アメリカのデスバレーに行った時、バッドウォーターロードの入口から見えた
バッドウォーターが約25キロ先だと言われて、ずいぶん遠くまで見えるんだな
と思ったけれど、ここからは60キロ先まで見える。まあ肉眼では無理だけど。

ここは東京湾の入口なので東京湾の差し渡しがだいたい60キロくらいの様だ。


1/13/2024

追い詰められた

 時々追い詰められる。
もう自分の中ではこの20数年ずっとお腹の底にたまっていて
最近やっとその重さに耐えられるようになってきた
・・・と思っていた。
ずっとすまないと思っていた。
それがまた今日追い詰められた。
一通のメールで。
私がわかっていない、ということなんだろうけど、
私はもう十分わかっている。
ああ、わかっているということがダメなんだろうか?
「お前は全然わかっていない!」ということなのか。
自分がダメなことは十分わかっている。
ひどい奴だということもわかっている。
だからできるだけ、できることはしてきたつもりなのだけど、
それがまたゼロに戻った。
つらい。
こういうことになると何もできなくなる。
何かを作ることも、どこかに行くことも
誰かに会うことも
何もかも見透かされているような気がして
じっとしていたい。

外は強い風が吹いている。
外の温度計は3℃だ。