6/09/2013

バードマンション宮の森

大通りのアパートに1年住んで、その後宮の森のアパートに移った。
今はもうそのアパートは無い。
名前を「バードマンション宮の森」と言った。
この写真は1980年から1981年頃。

 細い中庭(通路)を隔てて両側に12軒くらいの2DKが並んでいた。
写真の正面が管理人さんの部屋だった。
管理人さんの奥さんは時々夕食を作ってくれた。ご飯が麦ご飯だった。
たぶん、麦ご飯を食べたのはその時が初めてだったと思う。
とてもおいしかった。
 
その右側階段脇が私の部屋だった。
写真の左にある車(日産チェリーFⅡ)が私の車。
この位置を確保するために雪の日は朝晩は雪かきを何度も
する必要があった。


私の部屋のドアノブ。

北海道神宮、円山公園が近いので鳥の鳴き声がいつも聞こえていた。


ポット式ストーブのすぐ脇に大きな石油タンクを置いていたけど、
今考えると危険だな。
右のラックには当時のオーディオセットがある。
上の方に手作りのアナログ・シーケンサーが見える。
チューナーの上は、これは何だったろう?
アナログリバーブだったかな?
SONYのFMチューナー、ビクターのSEA、オンキョーのインテグラなんとか、
パイオニアのカセットデッキ。
インテグラのパワースイッチにぶら下げているのはキルビメータだ。
地図の距離を測るために買ったが、使った覚えがない。
その上SEAの一番低音部のノッブにぶら下げているのは手紙用の秤だ。
この頃は週に1回は日本、アメリカに手紙を出していたな。
このはかりは今でもある。
カーテンの前の2本の棒はディレクターチェアーの背もたれの部分だ。
ギターを弾くために腕の部分は切ってしまった。
この椅子もまだどこかにあるような気がする。


これは配置を変える前の部屋の一角。
ターンテーブルはCECのベルトドライブだったと思う。
下にオープンリールデッキがある。TEACだったろうか。


煙突には雀が入ってきたことがあった。
ストーブをガンガン焚いていた時だったので、どうしようもなかった。
すぐに音がしなくなった。
引越しの時に煙突をばらしたら煤の塊のようなものが落ちてきた。
あれがきっと・・・