5/16/2023

雨が降っている

心の中にも雨が降っている・・・て何だっけ?
心の中に雨は降らない。
胸の中が水浸しになってしまうから。

アメリカから友人だった人が日本に帰ってきているらしい。
日本に住んでいるらしい。
だからどうした?
おらあおらでひとりいぐも
雨はびちょびちょ降っている
もうどうしようもないくらいひどい仕打ちだった
あれを思い出すと、どうでもよくなる
僕だけじゃない
あれでひどく傷ついた人がいる
それを思うと僕のことはどうでもいい
あれはほんとにひどい
あの人たちとはもう会いたくない
おらあおらでひとりいぐも

妹はほんとにそう言ったのだろうか?
ほんとに強い人だったのだろうな
その言葉を思い出すと
茅葺屋根の家の暗い座敷が浮かぶ
そこに妹は寝ていた
私のイメージではそうだ
そのイメージは最初にあれを読んだ時
たぶん中学生の時のイメージだ
外は冷たいみぞれが降っている
賢治はどんな気持ちだったのだろう
賢治は妹ほど強くなかったように思う

外の雨はやんだようだ
昨日大学の友人に電話した
「今山口にいる」とか
奥さんの実家らしい
それでだいたい分かったから聞かなかった
今度他の仲間と一緒に会おうと言ってくれた
うれしい
それは楽しみだ

2/26/2023

宇宙人との遭遇

 野口さんが宇宙人(地球以外の知的生命体)が存在する可能性は
100%あるけれど遭遇する可能性は200%無いと言っていた。
その理由はこの銀河系のこんな辺鄙なところまで来ることはあり得ない、
と言っていたけれど、テレビの娯楽番組だからそう言ったのだろう。
我々の地球はこの銀河系の中心からは離れているけれど、銀河系の中心が
銀河系の首都とは限らないと思う。
この辺鄙な場所が銀河のハビタブルゾーンなのかもしれない。
ここよりも銀河の中心側も外側も
生命の発生には向いていないのかもしれない。
だから宇宙人が存在する可能性は100%あるし、遭遇する可能性も
0ではない。というべきだろう。
まえにも書いたように、ついこの前までNASAは他の知的生命の存在
を前提にボイジャーを打ち上げていたのだから。

それはそうと、映画「未知との遭遇」を初めて見た時、
少なからず感動したことを思い出す。
あれは札幌の映画館だった。
見に行ったのは夜だったように思う。
最後に出てきた巨大な宇宙船、あれを見た時すごくリアルだと思った。
見たことも無いのに。
その反面、宇宙人はあんなじゃないだろうと思った。
地球人とそんなに変わらないはず、と確信的に思った。
宇宙人は何かもう想像もできないような異様な恰好だということは
まずないと思う。
この地球上の生物だって、もうめちゃくちゃな恰好をしている。
たぶんパターンとしては生物のあらゆる形状を網羅しているように思う。
そこで人類だ。
何か作ったりなんだりできるのはこの形状だと思う。
だから猿とかゴリラとかでもいいのだけど、手足胴体頭という
パターンがどうしても必要に思う。
だから人類の形状が全宇宙的に標準なんじゃないだろうかと思う。

それでもし本物の宇宙人が現れて全然違う恰好だったら
その時は素直に驚こう、と思う。












2/22/2023

喉が痛いので

 病院に行ってきた。
自分としてはかなり覚悟して行ったのだけど、
どうも冷たい空気を長く吸っていたために炎症を起こしたらしい。
ついでに「癌の可能性はありますか?」と聞いたら
笑って「無い!」と断言してくれた。
そんなわけでまだ痛いのだけど薬を飲んでいる。
ここは高台というか丘の上なので下よりも少し気温が低い。
それにいつも風が吹いているので、やっぱり空気が冷たい。
夏に内覧に来た時も南北の窓を開けると涼しかった。
その感じで冬も寒いみたいだ。
昨日の夜も風がビュービュー鳴っていた。

思い出すとこの近所の山を歩き回っていた。
寒かったけれどそんなに気にもしなかった。
きっとあの時喉を傷めたのだと思う。
マスクは持っていたけれど、誰も来ないので外していた。
マスクをしていれば少しはましだったかもしれない。

歩いていると昔見た夢のシーンと重なることがよくあった。
夢では道路脇がものすごい崖だったり、その下が海だったり
したのだけど、崖や海というアイテムはここにもある。
海はずっと見えているし道の脇はそんなでもないけど崖だ。
ここの景色がデフォルメされて夢に出てきたような感じだ。

もう一つ、夢でよく見たのはどこかの田舎道を歩いているのだけど
駅がどこにあるのかわからない。人に聞いてもわからない、
丘の上からずっと遠くの方に見えるのが駅のようだ。
そこまで歩くのだけど、途中から全くどこなのかわからなくなる。
それもここの山道を歩いていると感じるロスト感に似ている。
ここも京急とJRが入り組んでいて家の近くは京急なのだけれど、
尾根を歩いて行くとJRの駅に行く。
駅の田舎感も似ている。
ちょっとした既知感を感じる。

そんな感じで冷たい風の中を歩いていたのがいけないみたいだ。

2/19/2023

アラン・ロマックス

 私がフォークソングに興味を持ち始めた中学3年か高校1年の頃。
多分1964年頃。
フォークソングの雑誌などに必ず現れる名前に「アラン・ロマックス」
という人がいた。一体その人がどういう人なのか全く知らなかった。
いや今でも知っているかと言うと知らないと言った方がいい。
アメリカン・フォークソングの研究家らしいとしか知らない。

そのアラン・ロマックスの名前が探査機ボイジャーの話に出てきた。
なんでもカールセーガンがアラン・ロマックスにボイジャーに積み込む
ゴールデンレコードの音の選択を相談したらしい。
カールセーガンは作曲家の音楽よりも民族音楽を入れるべきだ
と思っていたらしい。
それでアジア、アフリカ、オセアニアの民族音楽がたくさん詰め込まれた。
そのせいでドビュッシーの曲が入らなかったとか書かれている。
アラン・ロマックスとカール・セーガンのつながりも面白いけれど、
もっと面白いことに気が付いた。
あの時点でカールセーガンあるいはボイジャー開発チームあるいはNASA
は宇宙人ありきであの計画を立てていたことだ。
現在なら、そんないるかどうかわからない知的生命のために
そんなレコードを載せるのは意味が無い、とか言われそうだ。
しかしあの時点では真剣にボイジャーがいつかたどり着くところに
知的生命(宇宙人)がいるという想定でやっていたのだ。
もう少し言ってしまうと、カールセーガンが民族音楽を入れようと
思ったのには、ひょっとすると人類は宇宙から来たかもしれない
ということを信じていたのかもしれない。その痕跡が民族音楽
に残っているかもしれないと考えたのかもしれない。

夢の話(多分その6くらい)

 昨日の夢はまたいやな夢だった。
私は学校にいる。
高校ではない、大学らしい。
授業でテストをやっているけれど、私はその中にはいない。
教室の外に一人でいる。
中ではみな問題を解いている。
私はその問題が全く理解できない。
だから一人で他のことをしている。
疎外感と劣等感しかない。
その場にいることさえ辛い。
突然自分の子供のことを思う。
子供が学校に行かなかったのはこういうことだったのか。
その不安でつぶされそうな思いの中でそう思った。
友人が来た。
一緒にバスケットボールをやろうと言う。
彼らと一緒になってボールを投げようとするけれど、
うまく投げられない。
誰かからボールが来るが受け止められない。
もうやめよう。
そう思ってそこを離れる。
歩いて行くと三鷹の街だとわかる。
わかるけれどものすごい時間が経っていて
街は全然変わっている。
300年以上経っているようだ。
家があったところには草木が生い茂っている。
小高い丘になっている。
向こうに向かって下り坂になっている。
私はそこを歩いて行く。
私の昔の”ともだち”にとても良く似た人が歩いている。
私はその人に話しかけて、ひょっとして**さんの?
と聞くがもちろん全く別な人だ。
そうか、もう知ってる人なんかいないな。
そう思いながら歩いている。
突然仕事場のシーンになる。
私は仲間と一緒に会社にいる。
広いオフィースだけれどそこら中機械だらけだ。
数人がラックケースの中の機械を調整している。
私はそれが一体何の機械なのかもわからない。
しかし私は彼らの上司なのであたかもわかっているような
顔をして、見ている。
皆あちこちで仕事をしている。
うまく行っているようだ。
しかし私は彼らが一体何の仕事をしてるのかもわからない。
それでもわかった顔をして歩いている。
私自身が作っている機械がある。
恰好はあたかもすごい機械の様に見えるけれど、
すごく適当に作った機械だ。
それを見るのもいやなくらいだ。
私はそれを壊して処分したい気にかられる。


そんな夢だ。
全て自分を裏から見ているような気がする。
とてもいやだ。

2/18/2023

十三峠

 前の書き込みから2カ月以上経ってしまった。
特に理由は無いのだけど、横須賀に引っ越ししてから毎日やることが多くて
これを書く元気が無かった。

その横須賀の安針台だけれど、ここは丘の上というより山の中腹と言った方が
良いように思う。なぜならここから5分も歩けば山の上だから。

以前港南区に住んでいた時、もう20年くらい前だけだけれど、横横道路を三崎の方まで
走ったことがある。その途中で左手に両側を谷地に囲まれた峰の先端に住宅が何軒か
ある、丘のようなところが見えた。
Googleで見るとこんな感じ。
ずっとあそこに行ってみたいと思っていた。
しかしGooglemapを見ても道が書かれていなかった。
それから何度も横横のその場所を通ったがその都度そこが気になっていた。

先日うちから山を登って尾根伝いにある道(昔の重要な街道だったらしい)を
散歩した。(十三峠)、そして田浦梅の里が向こうの尾根に見える場所に至った。

そこで気が付いた。この場所は例のあの場所なんじゃないだろうかと。
まさにその場所だった。
ただ、歩いていると全くわからない。
先端まで行ったが、そこがあの場所とは信じられなかった。

この坂を少し降りるとまさにその先端だった。
そこは木々に覆われて景色は見えなかった。
後日その隣の梅の里に行った時に写真を撮った。


尾根沿いに家が立ち並んでいて面白い。
この先端まで小型の車なら行くことができるみたいだ。しかし方向転換するのは
大変そうだ。歩いて行くには田浦から山を登るか、安針台から街道を行くか、
あるいはこの先端のところに下に行く長い階段があったので、田浦から
「アーチスト村」を目指して歩き、そこから階段で上に上がれそうだ。
(まだ試していない)

この「先端の集落」もそうだけれど、人生の中ですごく気になった場所の近くに
結局住むことになる、という経験が多い。
思い出せば思い出せそうだけど何度もそういうことがあった。
今回の場所はそういう意味あいを強く感じる。

11/27/2022

記憶 69年新宿

 昨日NHKで「声は届くのか」という番組を見た。
友人から紹介されなければきっと観ずに終わってしまったと思う。
それを観た。

本質的な話は置いといて、私を含め、彼らの記憶は正しいのだろうか?
と疑問に思った。
最たるものは地方からわざわざ新宿西口にやってきた人の話で、
「ウッドストックの映画が頭にあって、ああいう格好いい人たちが
歌っていると思っていた」とかなんとか言っていたけれど、
ウッドストックが開かれたのは西口の後だし、映画が日本で
公開されたのは確か次の年1970年だ。
たぶん彼の頭の中ではそういう”面白い”話として記憶されてしまって
いるのだと思う。
そう思うと他の人の話はどうなの?と思ってしまう。

あの番組は「未公開映像」とか言っているのであれば、
映像のみが当時の証拠として語ることができるものだとして
放送すべきだったと思う。

かく言う私の記憶が一番あてにならない。
ほんとにそうだったの?
といつも自分に問いている。
長い年月のうちに都合のいいように記憶を書き換えている
かもしれない。
現在の彼らの言うことは現在(今)だから言えることであって、
あの映像のサウンドトラックとして言えるだろうか?
と思ってしまう。
あの映像から感じるのは皆が皆不安で、訳もわからず、
模索中で、何が正しいかわからないということだ。
今だってそうだ。
誰れも何が正しいかわからない。

高田渡がどこかのコンサートでフォークゲリラを茶化して
彼らが逮捕されたことを自慢しているような言い方をしていた。
あれは逆に高田渡自身の価値を著しく下げているように思う。
少なくとも私はそう感じている。

フォークゲリラの人たちが当時あれをやったことは
だれも批判できないし、たぶんすごいことなんだと思う。

11/18/2022

運び屋

 クリント・イーストウッドの「運び屋」を今テレビでやっているので
見ている。これで3回目かもしれない。
皆に嫌味を言われ続ける爺さん。
どこかで聞いたような会話だらけだ。
全部自分に突き刺さってくる。
聞くたびにどうしようもなく悲しくなる。
でもどうしてもクリント・イーストウッドに同情してしまう。
彼は私だ。
いや、私が彼なのかもしれない。
私は今まで一体何を運んでいたんだろう?
皆を不幸にしてきた。
それだけだ。

11/16/2022

引っ越し

 引っ越しすることにした。
今住んでいるところももう20年になる。
駅の改札まで走れば3分のところに今すんでいるのだけれど、
あまりに街中過ぎる。
仕事をしてる時は便利で良かったけれど、
もうあんまり駅近の意味もなくなってきたから、
海と山の見えるところに引っ越すことにした。
あと2週間くらいで引っ越しだ。
一抹の不安と寂しさはあるけれど、
それはいつものことだ。
今何かしないともう残りのページもあとわずかだから。
したいことをすることにした。

11/08/2022

Carry ON( 'till to morrow)

 Bad FingerのCarry ON。「なぜこの歌がアジアで人気なの?」という
コメントがYouTubeにあった。
確かに私もこの歌を載せているのだけど香港人からのコメントが来る。
たぶん何かの香港映画にこの歌が使われているのだろうと思っていた。
その映画が何だったのかわからない。
あるいはテレビドラマか?とも思っている。
確か前に香港から来たコメントに返信して理由を聞いたような
きもするけれど、忘れてしまった。
いろいろ調べてみると香港のポップスバンドThe Pawsという
バンドが解散直前にこの歌を録音したらしい。
ということはThe Pawsというのは人気のあったバンドなのだろう。


11/05/2022

世界で一番懐かしい感覚

 SNSなどでやたらと「懐かしい」が連発されているのがうっとうしい。
昔の歌を聴いて懐かしく思う。
昔の町の風景を見て懐かしく思う。
幼馴染に会ってなつかしく思う。
街を歩いていてふと沈丁花の匂いがして懐かしく思う。
全部確かに懐かしいのだけど、
私が思う一番懐かしい感覚は夢の中で好きな人に出会う感覚だと思う。
いや、正確には夢の中で好きな人に出会った感覚を
目覚めてから思い出して感じる感覚だと思う。
もうずっと感じたことの無い、
誰かを好きになって誰かから好かれる感覚。
今誰かを愛しているとかいないとかいうことではない。
ずっと昔に人生で初めて味わったあの感覚だ。
その感覚が夢の中では再現される。
とても残酷なことだけれど、
全くあの頃のまま再現される。
目覚めてから残っているその感覚が
たぶん世界で一番懐かしい感覚だと思う。




11/02/2022

やせっぽちのデニス

 ガイクラークが亡くなったのはいつだったかもう忘れてしまった。
今更検索する気も無い。

ガイクラークのLAフリーウェイを最初に聞いたのは札幌の
地下のレコード屋だった。
たぶんそれはもう書いた。
そのLAフリーウェイだけどずっと気になっていたことがある。
それはまだ書いていないと思う。
それはLA Freewayの途中の歌詞

Here's to you old skinny Dennis  やせっぽちのデニスに乾杯
Only one I think I will miss    私が恋しいと思うただ一人
I can hear your old base singin'  君の懐かしいベースが歌うのが聞こえるよ
Sweet and low like a gift your bringin' 低く優しく、君からの贈り物
Play it for me one more time now  さあ、もう一度弾いてみてくれないか
Got to give it all we can now    できることなら何でもするから
I belive everything your saying        君が言ってたことは全て信じてるよ
Just keep on keep on playing   ずっと演奏を続けて行くよ、とか

歌詞からデニスが死んでしまっていることはわかるけれど
このデニスというベーシストはいったいどんな人だったんだろう?
と思っていた。
そのデニスについて書かれているものを見つけた。

デニスはガイ・クラークの仲間のベーシストだった。
ある時酔ったデニスとガイ・クラークの奥さん(スザンナ)を
後部座席に乗せてガイが運転している途中で酔ったデニスが
スザンナのいる方のドアを開けて飛び降りようとした。
当然間にいたスザンナも車から落ちそうになった。
ガイは猛然と怒ってデニスを押し込み、そのままデニスを家に
送り帰した。
それ以来ガイ・クラークはデニスと口をきいていない。
そしてある日デニスは心不全で死んだ。
ガイクラークは葬式に行ったが、涙は流さず、何も言わず
静かにしていた。そして帰る時に一言
「俺はまだ怒ってる」と言った。

そのデニスなのだ。
この歌で歌われているのは。
歌の中で彼は会えずに寂しいと言っている。

私も先日友人を亡くし、今切に会っていろいろ謝りたいと
思っている。
この歌はそんな気持ちを良く歌っていると思う。