10/16/2024

誰も知らない話

 さっき思いついて、昔、一番最初に努めた札幌の会社の
人達の名前を思い出してみた。
最初に思い出したのはパートの人達(おばちゃん)だ。
今からすれば若い女性陣、皆50歳まで行ってなかったと思う。
フクダさんという人がいた。
福田さんは当時25歳くらいだったと思う。
フクダさんはトモコと言った。
その隣がイシイさん。たぶん30後半。
名前は思い出せない。
それから私が入ってからほどなくやめた人がいた。
皆から「アネゴ」と呼ばれていた人。
23くらい。
一緒にドライブしたことがあった。
支笏湖を回ってそのまま帰ってきた。
苗字も名前も思い出せない。
・・・いや、突然思い出した。
コガさんだ。名前は思い出せない。

それからクサカさん。
クサカさんはセツコだ。45歳くらいかな。
何度か家に遊びに行った。
息子さんは佐川急便で働いていた。
矢沢永吉のレコードを貸してくれた。
ライブ盤だった。
カドヤさんという一番年配の人がいた。
50は過ぎてた。
名前は思い出せない。
エホバの信者だった。
好きな人ではなかった。
カナヤさん。
カナヤさんはミエと言った。
みんなに「ミー」と呼ばれて人気があった。
ミーは20歳だった。
男の人でナヤさんがいた。
確かシゲオだ。
この人も20そこそこだった。
手稲に住んでいた。
話相手だったけれど私が入ってほどなく辞めた。
工場長はヨシノさんと言った。
名前を思い出せない。
「ヤスシ」だったような気がするけど、
ヤスシは私がついていた学校の先生の名前だったから
勘違いかもしれない。
でもヤスシのような気がする。
もうひとりイシイさんがいた。
こっちも名前は思い出せない。
ハラさんがいた。
原さんはもともと東京の人だった。
彼女の息子さんとその友人と車で東京まで一緒に走った
ことがあった。原さんもけっこう年配だった。
4年目くらいから入ってきた若い女性がいた。
たぶん一番の美人だった。
ほとんど話したことが無かった。
フクダさんと仲が良かった。
もう一人いたけど名前を思い出せない。

それだけ思い出せた。
しかし、札幌から東京に戻って働いた頃の会社の方は
名前をほとんど思い出せない。
思い出さない。
・・・思い出したくない。

その頃の得意先の会社の人の名前も前に思い出して
書き出してみたことがある。
それも4、5人しか思い出せなかった。
思い出したのはみな世話になった人たちだ。
頭の中ほとんど仕事だったからなあ、
ほんとに辛かった

10/14/2024

世界旅行(続き)

 世界旅行してる女性は今ニューヨークにいて、
これからシアトルに向かうらしい。
これまでのところ航空会社の扱いは全てビジネス扱い
だったらしいけど、どこだかの飛行機はビジネス扱いで
先に搭乗できたけどシートは普通のシートだったらしい。
ただ隣には誰も来なかったとか。
欧州からニューヨークへの飛行機はすごく良かったとか、
ほぼ個室の様なシートでもちろんフルフラットになる。
個人用の小物入れとかなんだかんだ付いてて
ファーストクラス並みだったとか。

ニューヨークでミュージカルとライブを聴いたらしい。
バリー・マニロー?バニー・マリロー??どっちか。
隣のおばさんが雑巾の匂いがするとか。
確かにそういう匂いのするアメリカ人いるね。
あと欧州は皆シュっとしているのに、アメリカに入った
とたんデブばっかしだと。
そうだね、飛んでもないデブがいるよね。

ニューヨークからシアトルはアラスカ航空だとか。
どんなやつか報告待ち。




目

 最近目はどうだろう?
今年眼鏡を作り直したのだけど、かけてもかけなくても
そんなに変わらない。
まあ、乱視だから遠くの景色の細かなところはにじむけど
深刻な状態じゃない。
車を運転するときは一応メガネはする。
近くは見えにくい。
メガネも遠近にしたのだけど、近くは見えにくい。
近くの小さな文字を読むときは100均の老眼鏡
をしている。

若い頃と違うところは、
遠くが裸眼でもよく見えるようになったこと。
近くが見えなくなったこと。
以前はプリント基板のピン間4本の線の割れ目
たぶん100分の1mm以下を見つけることができた。
今は絶対に無理。

右目は相変わらず上半分が真っ暗だけれど、
全く支障なく見えている。
子供の頃も右目で顕微鏡とか望遠鏡とか見ると
何か変だ、とは気づいていた。
だからそういう時は左目を使っていた。
はっきりそれに気づいたのはもう40歳くらいだったから
全く支障なく生きていたんだと思う。
人間の視野の補完能力というのはすごいと思う。


10/13/2024

音

たぶん耳は若いころに比べたらずいぶん劣化していると思う。
普段は、というか頑張ってもどれくらい劣化しているか
わからないけれど、
あるサイトでサイン波を周波数を変えて出してくれるところがあった。
試しにやってみた。
上は、もう10000Hzは無理、せいぜい7000Hzくらい。
これ本当に出てるのか?と思ってマイクと周波数カウンター
で確認した。

昔、若い頃(オーディオの仕事をしてた頃)は18000Hzは聞こえた。
その頃はファンクション・ジェネレータと周波数カウンターがあった。
つまり今は昔の半分以下の高さの音しか聞こえないのだ。
これではもう「いい音」とか言えない。
音が出ているのが聞こえれば御の字だ。

中学3年の時、クラシック音楽が好きだった。
当時はラジオのFM放送あるいはAM放送でクラシック番組を
聞いていた。当然音はいいわけがない。
それがあるときテレビの公開録画の応募に当たった。
日本フィルの番組だった。
その時は、早目に行って並んだ。
そして会場が開くと同時に走って一番前の真ん中の席をとった。

当然オーケストラの後ろの方はよく見えなかった。
でも左のバイオリンはすぐそばだった。
曲「田園」が始まった瞬間、
その音に驚いた。
あの経験はほんとにすごかった。
今までラジオでしか聞いたことのなかった
ストリングスが目の前で鳴っていた。
そのキメの細かさと、弓をこする音、
ほんとにびっくりした。

あれは中学生の耳はたぶん20000Hzくらいまで聞こえていたのだと思う。
倍音のさらに倍音くらいまで聞こえていたのだと思う。
あの時の感動はもう二度と得られないのが寂しい。
最近オーケストラを聞きに行っても、
レコードと同じようにしか聞こえない。

それから、静寂の音ってあるね。
若い頃はほんとに静かなところに行くと
耳にシーンという音が聞こえた。
しかしよっぽど静かなところでないと聞こえない。
最近はこうしていても聞こえる、
「シーン、シーン」と鳴っている。
別に静かな状態でなくても聞こえている。
聞こえなくなるのはヘッドフォンで音楽を聴いている時くらい。
それくらい「シーン」と言ってる。
これも耳鳴りなんだろうか?
いや、これが耳鳴りなんだろうか?

10/11/2024

箱根までドライブ

 妻はバルセロナ、明日はアメリカに向かう予定。
しかし普通ならビジネスで飛行機に乗るのにすごいお金がかかるのに、
どうして全行程で1航路分くらいの旅費で全部ビジネスに乗れるのか?
謎だ。

私はと言えば思い立って箱根にドライブした。
なんてことはない逗子から海沿いをずっと走って
ターンパイクから玄岳まで往復だ。
玄岳はハンググライダーのテイクオフがある。
丹那と呼ばれているところだ。
そこまで行った。
そこに行くのはもう何度目かわからないけれど、
そこから誰かハングで飛んでいたのは1回しかない。
後は風が悪くて飛んでなかった。
今日も追い風だから誰も飛んでいなかった。

しばらく富士山と一緒にテイクオフの斜面に立って
眺めていた。
すると大型バイクに乗った人が後ろにバイクを止めて
写真を撮り始めた。
私は邪魔になるので横にどいたら、
「あー、すみません」って。
ナンバーが徳山だった。
「四国からですか?」と聞くと、ずっとほぼ高速を使って
昨日は富士山、今日は箱根に来たとか。
その人もパラグライダーのタンデムの経験があり、
しかもグライダー(ソアラー)の練習をしてるとか。
モーター付きのグライダーらしい。
あのグライダーはちゃんとした免許が必要らしい。

その人はまたバイクに乗って下田方面に向かって走って行った。
出て行くときに手を振っていた。
私も手を振った。

あの人まだ40くらいだな。



10/10/2024

世界旅行

 妻が一人で世界旅行に出かけて15日目。
ちょうど半分。
前回はツアーだったから何の心配もしていなかったけど、
今回は全く一人で歩いてる。
シンガポール、香港、ロンドン、カイロ、ローマ、マドリード、
バルセロナで今バルセロナにいるらしい。
さっき4 catとかいうお店でパエリア食べてた。
スペインは誰も英語で応えてくれないとか嘆いていた。
カイロ以外はホテルも食事も良かったらしい。
カイロは最悪だったとか。
飛行機は全部ビジネスでゆったりしてるとか。
土曜日からアメリカだ。
アメリカに12日くらいいるらしい。
そんなに危ないところには行かないから大丈夫だとは思う。
しかし無事に帰ってくるまで、実はかなり心配している。

私は家にいる。
海外には行きたくない。
最後に行ったのは息子と行ったアメリカだ。
もうすごく昔だ。
それからは海外へは行ってない。
北海道には何度も行ってる。
一応、海の向こう
東海の小島


10/09/2024

Long Long Time

 今朝からこの曲を何度も聴いている。
リンダ・ロンシュタットのではなくメラニー・サフカの、
YouTubeで何度も聴いていて、ふとコメントに目をやったら
RIPとか書いてあった。
え?!亡くなったんだっけ?
と思って調べたら1月に76歳で亡くなっていた。
私は知ってたっけ?
いや、知ってたはずだ。
だけどすっかりそんなことは忘れている。
今改めてショックだ。

そうかもういないのか?
ルビー・チューズデイは居なくなってしまった。
・・・どこか書いたな、確か、
ということを思い出した。

まあ、しょうがないな。
あのかすれた声を生で聞く機会は永遠に失われたということだ



考えたのだけど

今日は雨
ちょっと寒い

何もする気が無いと、一日中パソコンに向かって
画面を眺めている
興味深いのもあれば、どうでもいいものもある
しかし、これは悪いことなのか?
それじゃあですね、一日中本を読んでいるというのはどうなの?
本を読んで時間をつぶすことが高尚なことで
ネット巡りをしていることは「無駄」なの?
それじゃあですねぇ、ネットで川端康成の「雪国」とか
読んでることはどうなの?
同じだよね

「アー!今日はネットで一日無駄にしてしまったぁ~!」
とかよく聞くけど、
「アー!今日は読書で一日無駄にしてしまったぁ~!」
というのはあまり聞かない
だけどどっちも同じだ
時間の無駄だ
人生の無駄遣いだ

じゃあ、こうしてブログを書いているのはどうなの?
これはクリエイティブなことなの?
川端さんが書斎にこもって小説を書いてることはどうなの?
クリエイティブなことなの?
たぶんどっちも無駄だ
人生の無駄遣いだ



10/07/2024

時計が好きだ

 今部屋に時計が5つある。
壁に2つ。置時計が3つ。
たぶんクローゼットに掛け時計が2つあるはず。
この前裏磐梯のダリ美術館でお土産にグニャっとした時計
を買ってしまった。
時計を見ると欲しくなってしまう。
以前は腕時計だったけれど今は置時計だ。

それはそうとして、時計はアナログ(丸いやつ)でないと
だめだと思う。
息子などはデジタルでないとわからないというが、
丸いやつでないと間隔がわからない。
「1時までにあと20分」などと言うときには
デジタルでは全く感覚がつかめない。

時間が存在するかどうかは置いといて、
時間はあんなふうに数字が変わるようには動いていない。
連続した時間軸の上を(上?)動いている。(動いている?)
だから丸い時計の方が時間というものをとらえるのは
いいと思う。

反対にデジタルしか読めない人は一体どういうふうに
時間をとらえているのだろう?
「1時まであと30分」と言う時感覚的にはどう感じているのだろう?
私の場合は明らかに映像だ。
短い針が12時あたりにあって、長い針が真下にある。
その映像がすぐに浮かぶ。
しかし彼らはそれをどういう風に頭に描いているのだろう?
今度息子に聞いてみよう。

Aiについて

 きのうテレビを見ていて「おう!そうか!」と思ったことを
今朝になって「何を思っていたんだっけ?」と
思い出せなかった。
それが今急に思い出したので書いておこう。

1990年ごろに自動車部品メーカーからの依頼で、
自動運転のシステムの開発をやった。
やったと言っても私はほとんど関与せず、ソフトの人達が
やっていた。私は現地(工場)で打ち合わせしたり、ソフトとの
中継ぎをしていただけだ。

その頃の基本的方法は、
道路の白線を映像でとらえ道の方向を感知して、
どちらの方向に向かうかを車に指示する。
という方法だった。
その頃に使っていたコンピュータはNECのFC9001。
今から考えると非常に遅い。
非常にというか、もうとんでもなく遅い。
ハードウェア的に車にセンサーを付けた方がいいんじゃないかと
思うほどだった。
ソフトの人は時々道の白線が途切れたり、無かったりするので
それの処理が大変だった。

ということをやっていたけれど、結局コンピュータが遅すぎて
まともな結果は得られなかった。多分スーパーコンピュータみたいな
ものでやればよかったのだろうけれど、車に積めるということを
考えてパソコンレベルのコンピュータだったのだろう。

それが現在のコンピュータはその時代からするとかなり早い、
もうとんでもなく速い。
だから今だったら当時の手法でも何かできたかもしれない。

それが昨日テレビを見ていてわかったのは、
Ai(と言われているコンピュータ)はそんなことはしていない。
見える景色を言葉としてとらえている。
その言葉によってどう行動するかを考えている。

これは人間がやってることと同じだ。
たとえば、
交差点にいる、進行方向の信号は青、右の信号は赤、左の信号は赤
横断歩道手前に人が立っている。右横に車がいる。左に自転車がいる。
進行方向の道路に車はいない。
・・・とかなんとかを言葉として認識している。
これだとセンサーは必要無い。
ただそのほかに道路の形状や何かも認識する必要はある。

これはちょっと意外だった。というか頭が古かった。
これはたぶん究極的なオブジェクト指向だと思う。
コンピュータが早いといろいろなことができる。
昔さんざん苦労した画像検査も瞬時にできそうだ。

あとは量子コンピュータが入ってきたらどうなるか
興味があるところだ。

10/06/2024

何もできない

 どうもこのところ何もできない。
ただいたずらに時間が過ぎて行く。
ちょっと前までは「まあ、それもいいんじゃないか」
と思っていたけれど、このところほんとに何もする気が起きない。
だからちょっと車を走らせてみたりしている。
でも全く建設的じゃない。
建設的の反対語は?
・・・「破壊的」「後ろ向き」「否定的」 だって。?
違うなあ「怠惰的」「無気力的」「どうでもいい的」とかの方が
ぴったりくる。
建設的は創造的?
ま、いいか。
とにかくそんな感じ

何かやらなくちゃいけない、
という気持ちがいつもひっかかっている。
そう、もう先も見えてるんだから
1.何もしないで過ごす
2.何か創造的なことをする。
3.何か創造的っぽいことをしてごまかす
4.やり慣れた何かをやってごまかす
5.上記を考えているという体で過ごす

のどれか

10/05/2024

天国のことを考えてみよう

 どうでもいいことだけど

「向こうでまた会いましょう!」とか
「天国で母に会いたい」とか
言うけれど、相手はどう思っているんだろう?
つまり「天国で両親に会いたい」とか思ってるっていうことは
両親は”親”の状態で天国にいると思っているわけで、
自分はその”子供”の状態で会うというのを想定している。
しかし親にしても彼らの両親がいるわけで、
またその彼らもその両親がいる。
それがずーーとつながっていて
天国には相当多くの肉親・親戚が集まっていることになる。
しかもたぶんみな高齢者だ。
幼くして亡くなった人たちもまあその中にいるのだろうけど。
天国も高齢者世界だろう。
私の親関係者だけでも数万人はいそうだ。もっとか?
まあ人類が何万年前に生まれたかにもよるけど、

それでだけど、かなり前までさかのぼると世界中の人が
かなり少数の親にたどり着くんじゃないだろうか?
世界中の最近死んだ人はその巨大家族に含まれることになる。
つまり天国では国籍も年齢も関係なくただ一組の両親
から派生した大勢の人達が一堂に会することになる。
「天国なんて無いと思ってごらん」とか言ってる場合じゃない。

ひとつ問題はその大勢の人達が一堂に会する場所があるかという問題だ。
おそらく3次元的な空間をイメージしたらすぐに満杯になってしまう。
だから、おそらくフラクタルの構造というかマンデルブローのような
構造になっていて、奥行きは無限にあるのだと思う。
それであれば何人いようと関係ない。

天国に行ったら謝らなければいけない人がたくさん居そうだ。
まず謝罪会見を開かないといけない。
天国に入るのはそれからだ。
それで許してもらえなかったら、
一人で天国の旅に出よう
どこかで同じようなやつに会うかもしれないし
天国で一人旅もまたいいかもしれない。