10/28/2024

Aiについて誰かが同じこと言ってた

 何もかにもAiということばで済ませていると前に書きましたが、
海外の人が同じことを言ってるのを従弟が教えてくれました。
https://www.inc.com/jason-aten/stop-calling-everything-ai-its-just-computers-doing-computer-stuff.html
そうだよね、「コンピュータ」でいいのにわざわざAiと言っている。
テレビの解説者などもAiと言えば格好いいだろうと思っている。
だけどAiとは何かの定義もはっきりしていないのに、
その言葉を使うのは滑稽でしかない。
上の人はChatGPTは最も有名な「Ai」だけれど、Aiではないと言っています。
OpenAiと言う会社が作っているけどAiではないと言っています。
あれは単なるアルゴリズムに従って膨大な情報を整理しているにすぎない。
日本のテレビ(の解説者)が滑稽なのはそういう表面的なことをとりあげて
「人工知能です」と言い切ってしまうことだと思う。
さらにAiによって失業する業種は何か、みたいな内容の
ことを取りあげて話題にするのはほんとうにばかげている。
まだ人工知能自体現実ではないのに。


10/27/2024

草原の実験

 という映画を観た。
2014年だそうだ。

タイトルをあまり深く考えなかった。
途中でその意味がわかった。
主人公はとても可愛らしい少女だ。
映画は全編にわたってセリフが全く無い。
誰も何もしゃべらない。
しかしストーリーは全く違和感なく伝わってくる。
最後まではとても美しい少女の恋を描いた映画
のように思っていた。
あの最後はあまりに残酷だ。
あまりに衝撃的だ。

ロシアであのような反核映画が作られたというのも驚きだ。


追記:原題はИспытание これをグーグル翻訳するとTrialとかTestとかになる。
   邦題の「草原の実験」というのはネタバレが含まれる。邦題の悪い所だ。
   単に「実験」で良かったのに。

10/26/2024

スマホはあとどんな進化をするだろう?

 結局スマホの機能ってこれまで他の機械がやってたものを継承してる
だけなんだよね。そうじゃないものってあるだろうか?
これを額に当てると熱が下がったり頭痛が収まったりしたら
それはすごいと思う。
あるいはそこまで行かなくてもスマホを額に当てると
体の情報が医師のところに直接行って診断できるとか。
そういうことができたら結構すごいと思う。
今でもそれに近いことはしてると思うけど、問診とかの返事
を送ってそれで判断してるんだと思うけど、そうじゃないて
直接体の情報を送ってくれるようになればと思う。
もう今の形状じゃなくて各センサーがスマホに組み込まれていないといけない。

翻訳なんかもまどろっこしくなくて、スマホのこっち側でしゃべると、
反対側(メインカメラが付いてる側)にあるスピーカーから
リアルタイムに翻訳された言葉が発せられるとか。
そのくらいCPUの速さが早くなれば使えるように思う。
また向こう側からしゃべってもらうと、こっち側に即日本語の
翻訳が発せられるとか。
スマホのカメラを使って車の自動運転のように周囲の状況を判断して
目の不自由な人に情報を与える、ような機能もあっていいかも。

うーーん、もっとこう画期的なものってできないだろうか。


10/25/2024

Aiって何?

 今日は妻の髪染めにつきあってショッピングセンターに行った。
終わるまでの時間暇だったので本屋に行った。
本屋を回っている間にある疑問が浮かんだ。
「Aiって何?」あるいは「Aiとは」みたいな本があるだろうか?
ということ。
それでまず自然科学の所を調べた。
しかしそういう単純な質問に答える本は無かった。
次にコンピュータ・プログラミングのところを調べた。
しかし既にAiありきで話が進んでしまい大元については
何も語られていない。
その脇にコンピュータ一般についての本が並んでいた。
さすがにそこにはAiの歴史的流れが書かれた本があった。
次に文庫、新書関係のところを見た。
文庫には無い。
新書にはAiの文字が入ったタイトルの本はいくつかあったけれど、
そこもやはり既にAiありきの話ばかりだった。
しかしその中に「Aiなき世界に戻れるか」という本があった。
これは結構ちゃんとした本に思えたのでそれを買ってきた。
まだ全部は読んでいない。

しかしわかったことは、誰も「Aiとは何か」ということを語らない、
ということだ。
「Aiはコンピュータの一種」だということすら言わない。
あるいは「Aiはコンピュータプログラムの1形態」ということすら言わない。
テレビ等ではそれが顕著だ。
「Ai」ありきで話が進む。
誰も「Aiというのはコンピュータですよね?」という疑問を投げかけない。
これをAiにやらせれば、こうなります。とか
ひどいとこでは「現在では車の運転もAiまかせですから」とか言ってしまう。
ちょっと待てAiを車に積めるのか?
まあ、いいか。
なんとかネットにつながるかもしれないから。
もしもネットに繋がらず車の中だけでやっていたら
それは「Ai」というより「コンピュータ」だろう。
まあ、そういうスタンドアローンな規模のAiがあったとしたら、
かなり限定的な能力になりそうだ。
いつか超大容量の記憶素子ができて超マルチタスクなCPUが
できたらそういうものもできるかもしれないけど。
だけどAiと言うならやはり超高速回線でインターネットに
繋がっていて、外部の情報や、他のコンピュータ、あるいはAiと
リアルタイムにつながっていてそれらを総合して判断できる
ようになっていないといけない。
そうなればそれを「Aiが運転している」と言ってもいいかもしれない。

しかしわかったことはいまのところ「Aiとはこういうもんだ」
と簡易に言うことができないということ。
Aiはコンピュータだけれども、これまでおような単一なコンピュータ
ではなく無数のコンピュータとネットワークで繋がった
巨大なコンピュータシステムだということだ。

しかし、それでもまだこう言うことはできると思う。
Aiはまだ自分で考えているとは言えない。

ネガスキャンはデジカメ撮影と同じ?

 何百枚もネガフィルムをスキャンしていると不思議な錯覚が起きる。
ネガをスキャナーに入れて1枚ずつ送りながら撮りこみスイッチを
パチパチと押して行くのだけど、時々
「この写真はいいっか」というのがあるとスイッチを押さない。
その場でシャッターを押すかどうか考えていることになる。
つまりネガに残された過去の映像をデジカメで撮っているのと
同じ行為になる。
それを考えると、過去に戻ってデジカメのシャッターを押しているのと
同じことになると思う。



10/24/2024

ネガ

 先日ハードディスクが壊れて中に入っていたデータが無くなった。
しかし他に同じものが保存されていたりしてかなりの物が復旧した。
しかしネガ写真を以前にスキャンしたものがほとんど無くなったので
もう一度スキャンしようと思いネガのスキャナーを出してきて
スキャンを始めた。
ところがスキャンされた物は全て青被りで画質も悪い。
いろいろ掃除してみたが直らない。
それで仕方なく新しいのを買った。
ディスプレーも5インチの物が付いていて、使い勝手がいい。
1枚あたり3秒くらいでできる。

問題はネガの数だ。
一体何枚あるんだろう?
この4日で600枚くらいはやった。
でもまだその4倍くらい残ってる。

やり直していて気が付くのは、
「これ一体どこだろう?」ということ。
自分も写っていて家族も写っているけれど、
全く記憶に無い。
誰かに聞くしかない。

スキャナーが新しいと色も画質もきれいだ。
そういえば最初はフラットベッドでスキャンしていた。
あれも手間がかかった。
ああ、その後電動のスキャナーを買ったんだ。
自動で送ってくれるやつ。
だけど、その全てより今のスキャナーの方がきれいに思える。

ネガには今はもういない人もたくさん写っている。
見ていると不思議な気がする。
まるで生き生きとそこにいるから。

子供達はこんなスキャンをすることは無いだろう
みんなデジタルなんだから。

10/21/2024

10・21

 国際反戦デー
高校2年生の私が友人から誘われて
高校生反戦協議会のデモに加わったのは
確かこの日じゃなかったろうか。
あんまり覚えていないのだけれど
べ平連というのを知ったのもその頃かもしれない。
次の日の学校では特にそのことは言われなかった。
しかし何も覚えていない。
いや、ちょっと待てよ、同じ日に新宿の米軍ジェット燃料火災
っていうのがあったんじゃなかったかなあ。
私とその友人はデモに行ったのだけど、
その燃料貨車の火災の消火に協力した高校生一団がいた。
それがうちの高校の登山部の連中だった。
まあ、見方によってはかなり反動的な(笑)行動だったと
思うのだけど、後で表彰されたらしい。
でも登山部がそこにいたのは学校には内緒のことだったらしい。
その登山部の先生が英語の先生だったのだけど、
学校に登山届を出さずに勝手に登山を許可してしまったとか。
でも後でニュースでわかってしまって、どうしたこうした・・・

方や反戦デモに加わった不良学生、
方や表彰された優良学生、
しかしまあ、デモに参加してたことがわかったら
何かあっただろうな、学校から。



テレビは終わっているのか?

 もうテレビはほとんど見なくなった。
ニュースの時間にニュースは見る。
あとは日曜美術館をたまに気が向いたら。
朝ご飯を食べながらジュン散歩くらい。

その他の時間は
芸人とゲストが大笑いしている。
どうでもい土地を大勢で歩いている。
バラエティーなのかニュースなのかわからない。
報道番組と言いながら延々とCMが流れる。
ネットでさんざん見た映像をネタに何かワイワイやってる。
その他の時間は誰かが何かを食べている。

この誰かが何かを食べてるシーンが実に多いように思う。

そういうわけであまり見ない。
テレビ



10/20/2024

「ベニスに死す」とか

 今日映画ファンのFBに「ベニスに死す」のことが書かれていた。
問題はその投稿ではなく、そのコメント欄だ。
ほとんどの人があの映画は理解できない、と書いている。
そうだろうね、とは思う。
我々が女装趣味を理解できないというのと同じでしょう。
我々、って言っちゃったけど違う人もいるだろうな。
だいたいあの映画の少年は少し年齢が上過ぎる。
あと3,4歳は若くなければいけない。
彼が何歳知らないけど小説では確か12歳だ。
どこかで書いたかもしれないけど

12歳という少年はちょっと特殊だ。
もっと小さな子供や、もう少し歳の行った少年に比べて
12歳の少年はたぶん特別な領域にいるんだと思う。
だけど、あの映画が理解できない人は小説も理解できないと思う。
それは圧倒的な事実だ。
なぜなら12歳の少年を知らないから。
いや、母親ならわかるかな。
小学校6年になる頃の子供を知っているから。
父親はどうだろう?
よっぽど特殊な父親でなければ12歳の少年ということに
気が付かないんじゃないだろうか。
12歳という非常に短い期間しか存在しない「少年」に
気が付かなければ絶対に理解できない。
日本では「美少年大会」とかなんだかやってるけど
あれは美少年であって「少年」ではない、
まして12歳でもない。
だいたい「美」って何だ。

自分が12歳だった時を覚えている。
とてもはっきりと覚えている。
なぜ覚えているか正確には伝えられないけれど、
自分が12歳の少年だということを自覚していたからだと思う。
その頃私は小学生だった。
同じ学校にもう一人自分が12歳の少年だと理解していた少年がいた。
その少年とは会うたびに挨拶を交わした。
クラスも別で名前さえ知らないのに。
いや、言葉さえ交わしたことは何度かしかない。
だけど彼は自分が12歳の少年だということをわかっていた。
だから私に挨拶をするのだ。
その少年の声を覚えている。
その少年の横顔を覚えている。
その少年の手の感触を覚えている。
(サッカーのチームで一度一緒になって輪を組んだ)

小学校を卒業して別の中学になり、
その少年のことは忘れた。
一度小学校のグランドで野球をしていたのを見かけた。
彼は私には気が付かなかった。
その時私は12歳が終わったことを知った。


世界旅行(続きの続き)

 あの女性はLAまで消化し、今サンフランシスコに向かっている。
LAはとにかく何もかも雑で治安も悪く、
浮浪者が多い、汚い、
だそうだ。
でも無事に見たいところを見れて良かった。
シンガポール、香港、ロンドン、カイロ、ローマ、マドリード、
バルセロナ、ニューヨーク、シアトル、ラスベガス、ロスアンジェルス
まで来て、次はサンフランシスコだ。

サンフランシスコも荒れているという話なので
ちょっと心配している。
しかしそんなに英語も堪能ではないのに、よくもまあ
ヨーロッパからアメリカまで一人で行くなあー、と思う。
私は出不精だし飛行機嫌いだから行かないけど。

思い出してみると一緒になる前から世界旅行に行くって
よく言っていた。
だいたい香港という場所が多言語だし、
まあ、なんとかなるだろう的な雰囲気だから
その乗りなんだろうな。

10/18/2024

喉の違和感と頭の不具合

 数日前から喉に何かできているような感触があった。
それがどうも朝をパンからシリアルに変えた頃からだ。
昨日などはっきりと何か詰まってるという感じだったので、
今日歯医者のついでに耳鼻咽喉科に行ってきた。
歯医者から近いところにしたのだが、それはどうも良くなかった。
小さな子供連れの親子ばかりが来ていた。
順番は10番目くらい。
そのうち一人のお母さんが子供に本の読み聞かせを始めた。
結構大きな声で。
受付の女性もどうしたものかという顔をしていた。
温厚な私はあんまり気にしなかったけど。

1時間くらいでやっと順番が回ってきて、
やたらと明るい女性の先生だった。
てきぱきとカメラで喉を見てくれて、
「大丈夫です」と。
「ただ声帯が半分動いてません」と言う。
あれ?このシーンどこかであったなぁ
と思い出した。
2年前にやはり同じ症状で横須賀の耳鼻咽喉科に行った。
その時と同じだ。
「大丈夫、特に問題はありません」
「ただ声帯が半分しか動いていません」と言われた。
同じことを言われた。

「そういえば2年前に同じことを言われました」と言ったら
その2年間何も起きてないんだから大丈夫でしょう。
癌だったらとっくにどうかなってます。と
その違和感が声帯のせいかどうかわからないけど、
喉は全く異常は無いようで安心した。

そんなわけで、そんなことをすっかり忘れていた頭の方に
問題いがありそうだ。

10/17/2024

暑い秋 昭和は遠くなりにけり

 その前に「明治は遠く・・」というのは何だったっけ?
と思って調べたら、中村草田男だった。
「降る雪や明治は遠くなりにけり」
どういう心境だったんだろう?
考えてみるとおかしなことだ。
彼がこの詩を詠んだのは昭和6年だ。
大正を挟んで明治のことを言っている。
令和に入って平成を挟んで昭和のことを言っているようなものだ。

昭和と言う時代自体は懐かしいとは思わない。
なんか街もなにもかも汚かったという記憶しかない。
渋谷も新宿も、もちろん上野も汚かった。
あの頃、きれいだな、と思った町はどこだろう?
札幌かもしれない。
札幌が汚かったという記憶はあんまりない。
あとはなぜかあんまり綺麗という印象が無い。
仙台も広島も神戸も大阪も名古屋も。
記憶の中の何かが操作しているのかもしれないが。

今昭和の写真とか見ると怖い。
写真に写っている過去のリアルが怖い。
たしかにこういう時代だったということはわかる。
それを認めるのが怖い。

一体何年前だよ!
そんなに時間が経ってるのか!
ということを実感するのが怖い
だから決して言わないだろう
「昭和は遠くなりにけり」などとは

今こうして2024年の現在を生きていることは
半分くらい夢のような気がする
あと半分は昭和を引きずっている
いまでもあそこに行けば誰かがいるような気がする
それで行ってみる
誰かがいるわけないのに
だけどその場所は覚えているような気がする
その場所が私のことを覚えているような気がする
忘れないで欲しいからまた行ってしまう