1/09/2022

青山学院理工学部 廻沢キャンパス

 何年前に無くなってしまったのかさえ知らない。
ほとんどは廻沢に居たはずだけど、渋谷の方が覚えているのはなぜだろう?
誰だったかのホームページに廻沢の写真があった。
見ているうちに色々思い出してきた。
なんかクリスマスやってるけど、左側がチャペル(講堂)で右手に電気が付い
ているのが研究室のある棟だ。 一番上ってどこの学科だったろう?
遅くまでやってるなあ。

この右側が守衛さんののいるところ。
このバスが廻沢と渋谷を行き来していた。
たいていこれに乗って渋谷に行った。
そうだなあだいたい化学科が何階だったかも忘れてしまった。
化学科もだいたいこんな感じだった。
廊下に何かもっと物を置いていたような気もするけど。

中庭。時間が開いているいる時はここでよく昼寝した。
気持ちよかった。
これは研究室の棟と授業の棟を結ぶ渡り廊下かな?
ちょっと記憶にある。
学食。昼はほとんどここ。
Aランチ、Bランチの他カツカレーとかあったような。
他の学科の人に会うのはここだった。
この左側に購買があった。確か。
ここの写真が残っているのはすごいと思う。
ここは授業をやる棟の方の中二階の広場。
ここだったなあ、と思う。

そういえば実験室の写真とか全く撮らなかったなあ。
撮っておけばよかった。
頭の中には残っている。
ひどいな、このくらいしか覚えていない。
あとは断片的なシーン。
神崎さんが自分の机でリコーダを吹いていた。僕はギターを持ってきて
伴奏したりした。ガラスのジャーを私が良くつぶしてしまい神崎さんが
ガスバーナーでガラスを熱して直してくれた。たぶん最低4回くらいは。
原因は私が高温に温まっている(500度くらい)ガラスの容器を
真空ポンプで引いてしまったため。
いったい私君はどこまであの実験を理解していたんだろう?
疑問だ。
時々この右側の出入り口から松本先生が突然現れ、
「神崎君あれはどうした?」みたいに言われて神崎さんが焦っていたこと。
二人で演奏して遊んでいると必ず現れた。
ガラスの加工をしている時に天井にある火災警報器に蓋をするのを忘れて
棟内に非常ベルが鳴り響いたのは少なくとも3回はあった。

化学科は何階だったんだろう?
気分的には5階だったような気がする。
実験室のすぐ前にエレベータがあった、
エレベータはすごく大きかった。あれは軽自動車が一台入りそうな
大きさだった。あれで上り下りしてた。
実験棟の裏に駐車場があった。
私は神崎さんの駐車カードを借りていて、自分の車をここに停めていた。
その前は近くの畑の中に停めていた。
この写真の一番手前の右側に停まっているのは日産チェリーF2だ。
たぶんこの写真は1980年くらいだと思う。

今思うと何考えてここで勉強(?)していたんだろうと思う。

1/08/2022

たまプラーザ 2002

20年前はたまプラーザに事務所を借りていた。
ワンフロアー50万円だった。
今考えるととても払える金額じゃない。
あれは神津さんが払ってくれていたんだろうな。
一応神津さんのデスクもあったから。

たぶん前にも書いていたけど、駅から左の方に坂を登ったところにあった。
下がレンタルビデオショップ、向いがコンビニ。

この写真の右側にマルディグラっていうバーがあった。
その向かいあたりにミシン屋があった。今もあるだろうか?

たまプラ駅に向かって下りてゆくと交差点があり、そこを右に行くと
モンスーンカフェがあってその向かいが焼き肉屋(壱番館?だったかな?)があった。
左に行くとビルの中を通って上の道へ上がる階段があって、その途中に
いわゆる飯屋があった。名前を忘れたなあ。
昼はよく食べに行った。


もう少し下るとイトウヨーカドーがあって、その向かいにスポーツ用品店と
YAMAHAの楽器店があった。


ヨーカドーの斜め向かいにKFCがあった。
それから駅があった。
今とは違う平らな駅だった。


この写真は2002年の12月らしい。
まだクリスマスツリーは置かれていない。
そうか、もう20年になるんだ。
恐ろしい。。

1/07/2022

weeping willow

 今に始まったことではないけれど、
何かドラマを見るたびに涙が出る。
何だろう?
何かきっかけになる言葉とか映像とかだろうか?
親子とか子供の話がだめだ。
たぶんなんでもないシーンなんだと思うけど。
気が付いたら泣いている。
ひどいもんだ。
罰であることは確かだ。




1/05/2022

銀河鉄道の機関車(つづき)

 今日はカメさんに手紙を送った。
確か1年に1回くらい書いてるように思うけれど、
2年に1回かもしれない。

銀河鉄道の機関車の続き。
何を書きたかったかというと、私が子供の頃読んだ時はあの列車は
蒸気機関車だとは思わなかったということ。
賢治さんは列車のことも機関車のことも具体的に書いていない。
書いているのは「線路があること」「ごとごと走ること」
「煙や蒸気を出していない(らしい)こと」
車内の様子も具体的には何も書いていないこと。
蒸気機関車とも電気機関車とも電車とも書いていない。

私が初めて読んだころはまだアニメもなく余計な予備知識が無かった。
それであれを読んだのだから、蒸気機関車だと思うわけもない。
賢治さんの時代の子供だったら蒸気機関車だと思うかもしれないけれど、
私の記憶には蒸気機関車だった、という記憶は無い。
ただ「石炭を炊いていない」汽車だった。

それに

  だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、
  硝子の笛のようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。

とか書いている。
蒸気機関車はガラスの笛なんか鳴らさない。
比喩だとは思わない。
子供がガラスの笛と想像するとたぶんもっと甲高い澄んだ音を想像すると思う。
それを子供の私が読んだ時どう思ったか覚えていないけれど、
でもその「硝子の笛」というのはちょっと覚えている。

はっきりはわからないけれれど、賢治さんはきっと蒸気機関車に限定したくは
なかったんだと思う。
子供がどう想像するか楽しんでいたように思う。

どこかの誰かがアニメで蒸気機関車のイメージを植え付けなかったら、
また具体的な軽便鉄道の影絵を出さなかったら、
子供達はどういう機関車を想像できたろう?
それを考えた方がよっぽど夢がある。
銀河鉄道の具体的なイメージを作ってしまったことは罪に思える。

カメさんのこと

亀川君は今年も年賀状をくれた。
僕は出していない。
毎年のことだけれど、明日にでも手紙を出そうと思う。
カメさんは今はどんな感じだろう?
当時のことしか覚えていないからイメージは当時のままだ。
僕よりも10歳は下だからまだ若いだろうな。
今でも「自分わぁ」って言っているだろうか?
もうバイクには乗っていないだろうな。
だいたい結婚したかどうかもわからない。

亀さんと仕事をしていた時はもう一人バイクに乗っていたのがいた。
名前を忘れてしまったけれど、彼はバイク事故で意識の無いまま
長いこと眠っていて、そのまま亡くなってしまった。
それから柿崎さんがいた。
柿崎さんは家に来たことがあっただろうか?
無かったかもしれないけど。
いや、雪奈が小さいころに会っているはず。
柿崎さんは脳梗塞かで突然死んでしまった。
柿崎さんは仕事仲間でただ一人の同い年だった。
あの声は今でも覚えている頭にスピーカーがあれば
あの声をそのまま出せる。
今、会いたいと思うあの頃のただ一人の人だ。
カキちゃんが死んだときはほんとに泣いたなあ。。
会いたいな。

松山君はどうしたか知らない。
千田君もどうしてるだろう?
千田君は家に来たことがあったように思う。
彼はおニャン子クラブの全員の名前を言えた。
そうだ!松田聖子の大ファンだった。
松山君も千田君も僕には会いたいとは思っていないだろうな。

明日カメさんに手紙を書こう


1/03/2022

銀河鉄道の機関車

子供(小6)の頃初めて読んだ「銀河鉄道の夜」はその後と話しの流れが違っているようだ。しかし銀河鉄道自体は変わっていない。
ところが近年の銀河鉄道の列車は蒸気機関車のイメージが強い。たぶん勇壮なD52とかC62とかの大きな汽車のイメージだ。たぶんにアニメや影絵の影響が強いと思う。
賢治さんはどういうイメージで描いていたのだろう?と思う。   
   気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、
   ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。
   ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈の
   ならんだ車室に、窓から外を見ながらすわっていたのです。
と書いているから、小さな列車なのだろう。しかも「小さな黄色の電燈」と
言っているから電車なのかもしれない。あるいは発電機を積んだ蒸気機関車
かもしれない。子供の頃に乗った蒸気機関車は確かに壁の所に楕円形の
オレンジ色の電燈がついていたように思う。
だから必ずしも電気機関車とは言えないようだ。
花巻の軽便鉄道の写真を見るととても狭い客室内で椅子はボックス席ではなく
両側の長椅子だ。
いつからボックス席のイメージになったのだろう?
   すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、
   窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。
   そしてそのこどものかたのあたりが、どうも見たことの
   あるような気がして、そう思うと、もうどうしても
   誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。
   いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、
   俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。
   それはカムパネルラだったのです。
とあるけれど、向かい合って座っているとは書いていない。
長椅子でもこの状況はありそうだ。だいたい岩手軽便鉄道にしろ花巻電鉄にしろ車内はせまくてボックス席は無理だ。賢治さんが「小さな列車」と書いているくらいだから。
国鉄の大きな汽車ではないだろう。
この汽車は電気だろうか?あるいは蒸気機関車だろうか?
それについてははっきり書かれていないけれど、
   「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」
    ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。
   「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。
アルコールか電気なんだろう。アルコールだったら煙は出ない。
電気だったら蒸気すら出ない。ジョバンニは何を見て「石炭を炊いていない」と言ったのだろう?たぶんまどの外を煙が流れていないからか、石炭の匂いがしないからだろう。
そうすると「この汽車」は花巻電鉄のような(都電のような)造りの車両かもしれない。
ちなみに岩手軽便鉄道は1915年~1936年、花巻電鉄は1918年創業だ。
賢治さんの銀河鉄道の夜は1924年~1931年くらいだから電気であってもおかしくはない。
それに「この汽車」が何両編成かも不明だ。だけど1両ではないだろうきっと。
軽便鉄道でも4~5両くらいあったようだ。電鉄の方は2両みただい。
車内で物語ができそうなのはやはり4、5両必要かもしれない。
この銀河鉄道には線路はあるのだろうか?
線路という記述と、音については何か所か出て来る。
    気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと
    ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。
とか。
    そこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびき
    風の音にすりらされてずうっとかすかになりました。
あるいは、
    ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、
    そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、
    三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、
    走って行くのでした。    
とかあるので、ごとごとと結構騒音を出しているらしい。
また線路というのは
    そのときすうっと霧がはれかかりました。
    どこかへ行く街道らしく小さな電燈の一列についた通りがありました。
    それはしばらく線路に沿って進んでいました。
どうやら銀河鉄道には線路があるらしい。
銀河の中を走る路線図があるのだろう。
その路線図をイラストを交えて描いた人がいた。たぶん日本で最初にそういうイラストを描いたのだと思う。その路線図にはジョバンニとカンパネルラが乗った列車の路線図が詳細に描かれていた。その人はそのときまだ学生だった。その後その絵と似た絵を作って公表した人がいたらしい。


12/31/2021

2022

 2022年というのはどうだろう?

2020年から世界は止まっているので急に2022と言われても現実感が無い。

ま、いいか、明日から2022年だ。

毎年のようにお笑い番組ばかりのお正月だ。

でもスタジオは営業してるみたいだ。

ちょっと行ってこようかなと思う。

皆家にいるので歌も歌えないから。


RIP 2021

Hello 2022!


Quantum Entanglement

ボブディランの歌にTangled up in blueという歌があった。
あれは札幌に移った年に出たアルバムだ。
あれを聞くと最初に住んだ片岡マキさんの下宿アパートの部屋を思い出す。
あの部屋が一人の始まりだった。

という話は関係ないのだけど、「量子もつれ」だ。
このもつれという言葉はふさわしくないように思う。
何かこんがらがっているように感じるから。
「相互関連」とか言った方がいいのではないだろうか。

フリップフロップだ。
どちらかに落ち着く。
と、それはいいのだけど、
物体としてお互いに反対の特性を持つものってあるのだろうか?
電子スピンはまず置いといて、もっと巨視的なもので。
例えばコインの裏表は正反対のものだけれど別けることはできない。
ステレオの右左チャンネルはどうだろう?
片方がLならもう片方は必ずRだ。
これはいいかもしれない。
他に無いだろうか?
文書を書いた紙を半分にしたらどうだろう?
片方は上で片方は下だ。



昨日の夢

寒いと夢を見る。

私はどこかの学校の化学実験室にいた。
器具がある机の脇に普通の机がずらっと並んでいる。
私はそろそろそこを出たいと思っている。
づつろ机に座るように教授が言うので机に座ると
印刷物が配られる。
厚さ10ページくらいあるA4サイズだ。
「これからテストなのだろうか?」
私は心配になって印刷物を見るが内容が全く理解できない。
となりの男がその内容を説明しはじめる。
しかし全く理解できない。
「これがテストだったら何一つ答えられない」そう思いながら紙面を見つめる。
しかし、自分は確かもう単位は全部取ったはずだ。
しかも学校は卒業している。
「これは二度目の大学なんだ」そう気が付く。

あと3つ、午前中までは夢の断片を覚えていた。
しかし、どうしても思い出せない。
いつも同じように感じるのだが、現実世界に戻ってしまうと夢の中の
世界を忘れていまう。
忘れてしまうというよりも歯車が違うというか、スクリーンが違うというか、
そういう感じだ。

夕方になって「中野だ」と思い出した。
夢の中で中野に向かって自転車に乗っていた。
途中なにかトラブルがあった。



12/29/2021

2021年も終わる

 コロナ2年目の今年ももう終わる。

感染者数は減っているけどわずかに上昇傾向。

このままおさまって欲しい。


前回の投稿は2019だったらしい。

2年ぶりだ。

まだ生きている。


このままコロナが収束せずに人類は徐々に感染者を増やし、

ひっそりと生きてゆくしかなくなる可能性だってあるけれど、

その恐怖につぶされるという気配はない。

たぶん皆けっこう楽天的な気分なんだろう。

町に出ることだって別に恐怖は無い。

今までの様に買いものに出かけている。

ただマスクは相変わらずしている。

向こうから歩いてくる人々もみなマスクをしている。

まあ、しかし以前も花粉症でマスクをしている人は結構いた。

春先はこんなだったのかもしれない。

私だってマスクしていた。

今は目がシバシバしないだけいいのかもしれない。

来年はちょっともうおさまってほしい。

旅行にも行きたいし。



8/14/2020

夢を見た

 


いつもの夢と同じようにコマツはこんな感じで、今アメリカから帰ってきたというような雰囲気で彼の友達(僕は知らない)と何か話している。
僕が近づくと僕の方に向き直って何か言う。
彼は何か歌おうと言う。
もうすぐパーティーが始まるから、と。
僕は自分のギターを探すけれど無い。
外の倉庫の方に行って中を探すけれど無い。
またさっきの所に戻ろうと思うけれど、さっきの場所はもうない。
「あれ?どこだったろう?」
と歩いて探すけれどもうどこだかわからない。

家に帰ろうと思う。
歩いて家の方に向かう。
家は三鷹だ。
2階か3階建ての家で、玄関までは白い階段がある・
階段を上がると居間があって、母が娘の雪奈と遊んでいる。
その横に誰かがいる。
僕は雪奈を抱き上げる。
まだ3歳くらいだ。
思い切り抱きしめる。
夢の中で僕はその感触に涙が出る。

次のシーンはどこかの旅館だ。
僕は布団で寝ている。
ふわふわの布団の感触がする。
一緒に誰か寝ている。
懐かしい感じだ。
香がする。
(なぜ夢の中であの香を思い出せるのか不思議だけれど)
確かにあの香だ。
とても落ち着く香だ。
何の香だろう。
香水とかそういう匂いじゃない。
芳香
かすかに香るけれど、強烈なかぐわしさ。
それと懐かしさ。

僕は慌てて起きる。
いつの間にか服を着ている。
何処へ行ったんだろう?
「そうだ、電話しよう」
と思いスマホを取り出して電話しようと思うけれど
画面がキラキラして何が表示されているのかよく見えない。

画面をポンポン押すけれど、画面はますますひどい状態になってしまう。
だいたい電話を登録してあっただろうか?
家に行ってみようと思う。
崖を下る道の下に舗装道路がある。
道路は細い川の両側を走っている。
そこに橋が架かっている。
橋の所に行くとその先に住宅が並んでいる。
「確か2番目の道を曲がるんだった」
その道に向かおうとすると人影が道を横切るのが見える。
「まって!」と大声で呼ぶ。

目が覚めた。
寝ながら大きな声を出していなかったろうか?






















7/06/2020

幻の町

どこかに書いたかもしれないけど、昔札幌で観たテレビドラマを
もう一度見たいと思って札幌の人に聞いてみたら、わかった。
HTVの「幻の町」というドラマだった。

ある老夫婦が樺太の街の地図を作るために昔樺太に住んでいた人を訪ねて歩いている。

小樽に住んでいるという人を訪ねたら既に亡くなっていて、その娘(桃井かおり)
が話を聞いた。その後、老夫婦は別の人を訪ねるべく街に出るが、地図をどこかに置き忘れていることに気が付く。
夫婦はまた桃井かおりを訪ねて地図を忘れていないか聞くが、桃井は無かったはずだと言う。
面倒臭いことにその背景として桃井かおりはトラックドライバーの男(北島三郎)と
久しぶりに会う約束をしていた。
しかし桃井は家に帰ると玄関の脇に地図が置き忘れていることに気づき、焦って老夫婦
を探すが、見つからない。警察署に届けるがそこでその地図は樺太の地図ではなく、
北海道の、昔老夫婦が暮らした町の地図だとわかる。
もうすっかり男(北島三郎)との時間が過ぎている。桃井は焦って謝るが北島は
すっかり怒って、トラックを出発させてしまう。

老夫婦が見つかり届けるが、桃井は「その地図は樺太の地図じゃない」と言ってしまう。
老人はすっかり驚いてしまうが、
結局納得する。

桃井がトラックセンターに行くと脇の方に停まったトラックに北島がいる。
「次は半年後、待っていろ」みたいな無言のコメントが流れる。
老夫婦は港に行き「あの町に行きましょう」という。
二人の目の前には東小樽駅に汽車が到着し、船がやってくる。
それは全て二人の見ている幻影。
二人は吹雪の港に消えてしまう。

というドラマなのだけれど、
1976年放映だったらしい。
ということは僕が札幌に行った次の年だ。
あの頃だよ。
なぜかそのドラマは鮮明に覚えていた。