2/29/2020

COVID-19

どうなるのかわからないけど、これが令和の重大ニュースの一つに
なることは確かだろう。

しかし、これはどのくらい危ないものなのだろう?
インフルエンザが流行してる時は電車の中のほとんどインフルなんじゃないか
というくらい咳やマスクしてる人が多い。
それと比べると感染してる人がわからない。
それに我々高齢者が罹患すると危ないらしい。
行っちゃうらしい。

だからと言って、マスクをしてても洗って、アルコール撒いても
かかってしまうかもしれない。

今のとこ大丈夫だと思う。
ただ・・・・
胃がちょっと重い。
胃潰瘍かな?
前頭葉がちょっともやもやする。
これはコロナの症状には無いからたぶん大丈夫。

あ、トイレットペーパーが街に無い。
以前の騒ぎの時は覚えているよ。
ちょうどその頃車で静岡の方に行ったと思う。
途中のガソリンスタンドでガソリンがやけに高かったのを覚えている。
トイレットペーパーで困ったことは覚えていない。
あれはどこへ行った時だろう?
いなかの街の細い道の角の所にあったガソリンスタンドの
景色を覚えている。
大井川に行った時だろうか?

はっきり思い出せない

2/18/2020

病気?


僕は何か病気したことあるだろうか?
あんまり思い出せないけど、
子供の時に何かで黄疸が出たことがあった。
あれは何だったんだろう?
とてもだるかったのを子供だったのに覚えている。

あとは歯かな?
受験の年にひどい状態になって日赤で4人がかりで手術された。
バッファリンを死ぬほど飲んだけど効かなかったので
病院に行ったら脳まで行くかもしれないと言われて手術した。

あとは?
腕の手術かな?
病気じゃないけど、子供の時の骨折が元で腕の尺骨神経が
だめになってきたので手術した。
東大病院だった。 って話は確か前に書いた。

心筋梗塞もどきになったなあ。
夜中に猛烈に背中が痛くなって病院に行った。
ニトロをもらった。
それ以降1度だけ痛くなったけどそれっきりだ。

メニエル氏病は生まれつきかも。
最後の大きな発作は45歳くらいの時だった。
それ以降は無い。

あとは?
緑内障も生まれつき。
変化なし。

内科に行って何か見つかったっていうのは無いなあ。
それよりまた検査に行った方がいいぞ(自分)
ずいぶん見てもらっていないから

ところで病気かな?

2/15/2020

悪い予想は起こらない?

子供の頃からのジンクスで、悪いことを予想するとそのようにはならない、
というのがあって、起こって欲しくないことを真剣にそれが起こったように
予想すると、その起こってほしくないことは決して起きなかった。
それはずいぶん大人になるまで可能だった。
でも40歳も過ぎるとそれはもう効かなくなった。

最近は悪い「予感」は必ず起きるようになった。
どこかに出かけていて、
「あれ?ひょっとしてあれはああなっているんじゃないだろうか?」
と悪い予感があると必ずその通りのことが起きるようになった。
必ずだ。
言い換えると「悪い予知ができる」ということかもしれない。

このところいやな予感がする。
このコロナウイルスが中国で猛威を振るうようになった頃、
「すでに都内は感染者が数十万人いるんじゃないか」
という予感。
今日になってやっと一般の人の感染が発見された。
でもほとんどの人は検査してないんだから、
感染してるかどうかもわからない。
たぶんもう遅い。
そういう予感がする。

この予感は当たらないでほしい。


2/12/2020

体に気を付けて

よく言うけれど、どうしたらいいんだろうね
今はとりあえず出かける時はマスク。
それ以上はどうしたらいい?
人込みには行かない?
だけど電車は避けようがない。
帰ってきたら手を洗うとか?

ノムさんが亡くなったらしい。
お風呂場でみつかったそうだ。
お風呂場は気を付けないといけない。
幸いアパートのお風呂は暖房が付いている。
暖めてから入ることにしよう。
問題はお風呂を上がった時で、濡れた体で脱衣場は
すごく寒い。
だからバスタオルをとって風呂場の方で体を拭くことにしている。

だから気を付けよう

それに朝が寒いね。
布団から手を伸ばしてエアコンのリモコンを付ける
それでしばらく寝てる
だいたいそのままけっこう寝てる

電話とかヤマトの配達で起こされる
電話は鳴らさないようにできるけど
配達は9時に来る
寝てるとびっくりして起こされる
(9時まで寝てるのか?! と言われそうだけど)
しかたないので、起きだして部屋に来るのを待つ
あれはけっこうストレスかも。
(もっと早く起きろ!)
あれが無ければ10時過ぎまで寝てる
みんな何時頃まで寝てるんだろう?
あ、この前松尾に会ったら6時には起きるって言ってたな。
でも彼の奥さんは僕と同じパターンだと言ってた。

夢は大体朝4時~8時くらいに見るみたいだ。







2/10/2020

眠り

最近布団の中がうれしい。
いつまでも入っていたい。
そのうち永遠に入っていることになるかもしれないけど。
昨日の夢は非常に変な夢だった。
覚えていることもできないくらい変だった。
ロジックが完全に飛んでいた。
何かがフラッシュバックした時のように。
目が覚めた瞬間はそのおかしなロジックを覚えていた
でもすぐにそれが理解できなくなり
何だったのか忘れてしまった。

その忘れてしまう感覚は
デジャヴュの時の段々薄れて行く
「これ前にあった感」に似ている。
何が前にあったと思ったのか
しばらくするとわからなくなってしまう。
あの感じだ。

夢の中でそういう感じはあまりないけれど、
時々、眠りに入る時に
自分の寝息が聞こえる時がある。
「あ、今眠ったところだった」と気が付く
でも夢に入ってしまったら
現実のことなど思いもしない。


2/09/2020

バッハがどうしたって?

最近バッハは聴かないねえ。
なんかもっと軽いやつ。
ドビュッシーとか。
ん?「ドビュッシー」でいいんだっけ?
ドビッシー?
調べたたろ

フランス語だとほぼ「ドビュッシー」みたいね。
英語だと「デビュシー」に近いみたいね。
ということでドビュッシー。
あ、バッハはBach.
ドイツ語だと「バッハ」に近いけど最後のハは喉で出すやつね。
英語だと「バー」としか聞こえないけど「バーㇰ」みたいですね。
アメリカとドイツで暮らした人はどういう風に発音するんだろね?



2/07/2020

バッハはピアノ曲を書いていない

最近気が付いた。
バッハの時代はまだピアノがプロトタイプだったみたいだ。
たぶんチェンバロかな?バッハが弾いてたのは。

そう考えると時代と言うのは面白いね。
バッハの時代に今のグランドピアノがあったらどんな曲を書いたろう。
絶対に想像できない。
というかグランドピアノはバッハに合わないような気もする。

ベートーヴェンにチェンバロしか無かったらああいう曲は生まれなかったと思う。
3番の交響曲の出だしとかチェンバロで思い浮かんだろうか。
1番、2番はまだチェンバロ的な感じがする。
でも3番、4番、5番とかは無理だろうな。

(それをお前が言うか? と聞こえてきたのでやめよう)

それじゃあ、電子楽器無しのピンクフロイドはどうだろう?
僕は何かとても素敵な音楽ができたような気がする。
ウマグマなんかほとんど電子楽器無しでもできそうだし。
でも電子楽器無しのタンジェリンドリームは無かったと思う。

そんなことを考えても意味が無いけれど。
でもアンプラグドのピンクフロイドは聞いてみたかった。



2/05/2020

今日は仕事で小田原に行ったので、仕事が終わった後で
海に行った。
お城の横をまっすぐ南に行くと「御幸の浜」だ。
時間がある時はよくそこに行く

何をするわけでもない
砂浜(砂利だけど)に座って海を眺めている
誰かがいることもあるけれど
だいたい誰もいない

赤い灯台のところの岩場で
釣りをしている人が一人
ずっと見ていても何かが釣れた気配は無い
ただ、何度も餌を付け替えて
遠くに針を飛ばしている。

僕はバッグからカメラと三脚を取り出して
砂利の浜辺に三脚を立てる
正面の海に太陽が反射してまぶしい
完全な逆光の海面をしばらく撮影させている
4分くらいそのまま

後ろからカップルが歩いてきて
そのまま僕の前の砂地のところまで歩いて行き
いちゃいちゃしてる
「あ、そこ今撮影してるから」
と、言えるわけもない

こういうところを誰かと一緒に
歩いたことがあったろうか?
太陽がまぶしくて
思い出せない

僕は三脚を引き抜いて
灯台の方に移動する。
灯台の脇の斜面には
よく本を読んでるおじさんがいるのだけれど
今日は居なかった

しばらく釣り人を後ろから見ていた
やはり何かが釣れてる感じがない
もくもくと餌を付け替えて
遠投してる
彼は何を釣っているのだろう?

風がとても強い
ずっと風に当たっていたから
少し疲れてしまった。

水曜日のお昼
御幸の浜を一人で歩く
一人でいたい時もある
でも一人はとても手持無沙汰
一人は大勢でいる時よりもうっとうしい
自分が・・・
誰かがそばにいれば
もっと自分になれる気がする




2/04/2020

昔は(って学生から20歳代)青い色が好きだった。
だから着るものもみなブルー系を好んで着ていた。
たぶん40を過ぎてからだろうな、
どんな色でも気にしなくなったのは。
最近は、青い色はやっぱり好きなのだけど
ブルー系のデザインのものって対象が若いよね。
だからちょっと気が引けてしまう。
特に日本では色系の服を着てる人が少ない。
なんかどうでもいい色の服を着てる。

みんな同じようなものを着てるので、
あれはいったいどこで買ってくるのかな?と思う。
たぶんヨーカドーみたいなところかな?
そういうお店があると確かに便利だけど。
みんな同じになる。
ほら、駅の広場に集まってどこかに散歩に向かう人たち。
みんな同じような服着てる。

それはそれでいいのだけど、
アメリカの服のアウトレットやセカンドハンドなんかを見ると
すごくいい色の服を売ってる。
あれほしいなと思うけれど、ちょっと勇気が無い。

この辺はドイツ人が多い。
ドイツの会社が多いから。
スーパーなんかで出会う彼らも素晴らしい服を着てる。
昨日は真っ赤なダウンジャケットの女性がいた。
でもデザインはちょっと日本では見たことないものだった。
シルエットが格好いい。
真っ赤だ。
男でも真っ赤なジャケットを着てたりする。
ああいうのもいいな、と思う。





2/03/2020

札幌ー東京 夢想花

何度往復したろう?
何かに記録しとけば良かった。
3分の2は車、残りは飛行機だ。
車だと(高速が無かったから)片道1日半かかった。
一人で運転だとそのくらいかかってしまう。

飛行機の中では当時は映画ではなくテレビの録画が見れた。
よく覚えている番組が3つある。

一つはNHKの自然をテーマにした番組だった。
その中でBGMに使われていた曲が喜多郎のOASISだった。
とても印象に残って、後で調べてレコードを買った。
このアルバムは1979年だったようだ。
もう札幌を離れようと考え始めた頃だ。

YAMAHAのポプコンをよくやっていた。
一つは中島みゆきの「時代」。
この時もよく覚えている。
これも後になってレコードを買ったと思う。

それと同じく円広志の「夢想花」だ。
これは1978年のグランプリだったようだ。
飛行機の天井から下がった画面でずっと見ていた。
いい歌だな、と思った。

「わってまわって」のところだけ有名になってしまったけれど、
この歌詞は天才的だと思う。

  忘れてしまいたいことが
  今の私には多すぎる
  私の記憶の中には
  笑い顔は 遠い昔
  いつの日にか あなたがくれた
  野の花がノートにありました
  そして私は蝶になり
  夢の中へとんでゆくわ


この歌詞が好きだ。
誰かがくれた手紙の中にあったクローバーの葉
を思い出す。

  素直な気持ちをあなたに
  伝えるすべを知っていたなら
  今は静かに心を閉じて
  夢の中へとんでゆくわ



2/02/2020

砦の上に・・

これは元の歌詞にも入っていたのだろうか?
と思ってちょっと検索したら、
どうも元の歌詞(ロシア語)にはそういう文言は無いみたいだ。
でも

勇ましく我らの旗を掲げよ
敵の嵐が吹き荒れようとも

というのは生かされているようだ。
この日本語歌詞を作ったのは誰だろう?と思って検索したら
鹿地亘という人らしい。
この人についてもちょっと読んでみた。
大変な人生を歩んだ人みたいだ。
この人について何か言うのは専門の人にまかせておこう。

とにかく、この「砦の上に我らの世界」という言葉を
ここに入れたのは素晴らしいと思う。
今「素晴らしい」と言うとディスられそうだけれど。
この「砦の上に」という響きは当時はとても魅力的だったし、
何か力強い語感があった。
それになにより安田講堂とシンクロするものがあった。
まあ、それが事実上最後になってしまったけれど、
あれを「砦」と思ったのは私だけではないと思う。

インターを口ずさむことはまず無いけれど、
ワルシャワ・・は時々無意識に口ずさむ。
誰かが聞いていても何の歌かわからないとは思うけど。


追記:あれ?と思って調べたら、前にレミゼのとこでこの歌について
   書いていた。でも砦のことは書いてなかった。