7/06/2017

秋葉原

最近、というかここ10年くらい、秋葉原には行っていない。
だから今(2017)どうなっているのか全く知らない。

記憶にある最も古い秋葉原はスピーカーを買いに行ったときじゃないだろうか。
中学3年の時だから、1964年だと思う。
もっと前の記憶もあるのだけど確かではない。父と一緒に歩いた気がする。
スピーカーを買いに行った頃はまだオーディオ全盛期だった。
スピーカーユニットだけを売っているお店がいくつもあった。
みな四角い箱の上を丸く切ってスピーカーをはめて音を聞けるようになっていた。
それで聴いても音の良し悪しなどわからなかったろうが、皆それで聴いていた。
私が買ったのは確かパイオニアの20cmくらいのものだった。
いくらだか忘れた。

それからしばらくの間がオーディオ全盛期だったと思う。
ガード下の部品屋はそれ以前からずっとあった。
今でもまだあるだろう。あってほしい。
その頃は店頭にシャシーに部品を乗せただけの5級スーパーのラジオをまだ売っていた。
それに合わせて組み込むとFMの受信ができるユニットも売っていた。
さらにFMの受信ができるラジオに組み込むとFMステレオ受信ができるユニットも
売られていた。みな真鍮のシャシーむき出しで売られていた。

まだオープンリールのデッキが普通に使われていた頃なので、オープンテープを店頭に
平積みして売っていた。新品のものが売られていたが、再生品というものも売られていた。再生品のテープは放送局やレコード会社で使ったテープをそのまま売っているものだった。だからテープにはいろいろなものが録音されたままだった。ラジオ放送やテレビ放送の音がそのまま残っていたので、買って聞いてみるとムード音楽やドラマの声を聴くことができた。テープは編集されているのでブチ切れ状態でつないだものだった。
それを使う人はみなその上から音楽番組等を録音して使っていた。
今思うと消さない方が貴重な録音が残ったような気もする。

その頃のテープに録音したものを持ってくるお客がいるが、つないだ部分からみな切れてしまう。当時のスプライジングテープの粘性が全く無くなっているからだ。
1本のテープで50か所くらいつなぎ直さないといけないものもある。
そういう自分のテープもその状態のものがある。
それに磁性体自体がだめになってきている。磁性体がテープからはがれてしまう。
たぶん50年くらいが限度だったのだろう。

ラジオは半分くらいは真空管だった。5級スーパーは文字通り5本の真空管でできていた。このスーパーヘテロダインというのは誰が考えたか知らないが、天才的な発明だ。
天才的と言うのは歴史の中で生まれるべくして生まれたものだろう、という意味でだ。
テープデッキもステレオアンプもチューナーもほとんど真空管だった。

それからすぐに半導体に移行していったように思う。
ラジオガーデンの中は人がすれ違うのが大変なほど混みあっていた。
テープデッキのヘッドを売っているお店があった。よくそこに行った。
4チャンネルのヘッドをそこそこ安く売っていた。
レコード用のカートリッジとトーンアーム関係だけを売っているお店もたくさんあった。
楽器屋は無かった。カメラ関係も無かった。
オーディオと無線関係がほとんどだったと思う。
勿論ジャンク屋はあった。

オーディオの時代はたぶん1976年頃までだったと思う。
1975年頃にTK80(ティーケイハチマル)が出たのが「マイコン」の時代の始まりだと思う。オーディオは半導体とICになり小型化されていた。
店頭でTK80のデモを見ることが多かった。自分でマイコンボードを作る人も出てきてマイコン用の部品がオーディオ部品に並んでいた。
オーディオもIC化されて行って、それまではエコー(リバーブ)はスプリングを使ったものが多く、やはり真鍮の羊羹のような形をしたリバーブユニットが店頭で売られていたが、それに代わってBBD(バケツリレー素子)が使われるようになってきた。
リバーブは数年後にはD-RAMを使ったマイコン制御のものが出てきて、D-RAMの容量がまだ小さかったため結構ガタイの大きなリバーブ・エコーユニットが売られていた。

マイコンがパソコンになって行った頃には秋葉原はパソコン関連が増えて行って、逆にオーディオ専門店は消えて行った。1980年以降だろうか。
それでもまだオタク系の店は無かったように思う。
ソフマップ、Tゾーン系列が目立っていた。

あ、そうだ、まだ野菜市場があった。
あれはいつ頃まであったんだろう?
あれを壊し始めてからあたりがオタク系が侵食始めた頃なんじゃないだろうか。
気分的にはそんな感じだ。

当時、日の丸無線の社長さんの話だと。

昔はラジオの仕掛品を店頭につるしておくとすぐに売れた。いくら仕入れてもすぐに
無くなった。バスに部品をたくさん積んで各地を移動秋葉原ショップとして回った時
は各地で大勢の人達が買いに来た。来るのを待っていてくれた人もたくさんいた。

ということだった。
今だとアマゾンやネット部品ショップでほとんど買えるが、当時はネット自体が
無かったから、人気だったのだろう。

秋葉原では1981年から10年くらいいた。
秋葉原のど真ん中の会社に1年、それから近くの会社に移った。
移った、というか3回会社を変えた。
その3回の内2回は自分たちで始めた会社だった。