12/09/2019

シャクシャインが哭く

「なく」って読めなかった。

前回札幌に行った時にその並樹書店でこの本を見つけたので買ってきた。
まだ前の方までしか読んでいないけれど、すでに日本人のアイヌの扱いに
怒りを覚えている。
今やっと前段の歴史説目から本編の物語が始まったところだ。

やはりアイヌの人たちはずっと昔から日本人と交流をしてきたのだと思う。
それが商人がそこに入ってきて様相が一変した。
たぶん全ての悲劇はそこから始まったように思う。
その結果として藩が侵略を始めたのだろう、きっと。

アメリカのインディアンと移民との関係に似ている。
どちらも現地人に対してひどいことをしている。
アイヌもアメリカインディアンも元々は自然の中で暮らしていた。
どちらも部族間の争いはあったようなので、平和しか望まない人達なのかどうか
私は知らない。
どちらも最後は部族を越えて日本人・白人と戦っている。

と、思い出したけれど、「北の零年」の映画で確か二人のアイヌが
日本人を助けるような役になっている。
しかし静内はそのシャクシャインの戦いがあった当地だ。
そこのアイヌがあの時代に勝手に侵食してきた日本人を助けるだろうか。
アメリカの西部劇でも同じようなシーンがいくつもある。
恐らく日本人や白人がやってきた蛮行を正当化するためにアイヌやインディアンの
ような人たちを味方に付けようという魂胆なんだと思う。

アイヌの人達が今実際にどんな差別を受けているか私は知らない。
いろいろ読んでみると、我々が考えているような差別を越えた差別が
あるみたいだ。
沖縄の人達にも共通したものがあるように思う。
沖縄に押し付けている米軍の問題を忘れようとしているかのように
沖縄の話題はすぐに影をひそめる。
焼けた首里城ももう話題にもならない。
そういう表には表れない下の方に差別がありそうだ。


12/08/2019

韓国の友達

韓国人の知り合いは仕事関係で何人かいた。
でも仕事のことだけで友達関係ではなかった。

もうずいぶん前に僕がハンググライダーのホームページをやっていた頃に
メールをくれた人が何人もいたけれど、その中にリュウ(Ryu)さんという人がいた。
彼女は僕より15歳くらい下だった。
ずっとメールを英語でやりとりしていた。
ああ、英語のメールが少し書けるようになったのは彼女のおかげかもしれない。
2年くらいメールしていたと思う。
それから電話番号を交換して電話でも話すようになった。
何を話したかあまり覚えていないけれど、彼女は確かスポーツ系の仕事をしていて
コンピュータに運動する時の体の動きをデジタルで取り込むというような仕事も
していた。
彼女は市川だったかに友達(韓国人と日本人)が住んでいて時々日本に来た。
来た時は電話をくれて、時間があった時はどこかで会った。
初めて会った時に驚いたのはいわゆる韓国の美人系の人でまた、若かったせいか
かわいらしい感じの人だった。
会った時は英語と日本語(彼女は日本語も少しできた。しばらく後ではかなり達者な日本語だった)で話をした。
何度あったのか忘れたけれど、5回か6回は会っている。
いつも喫茶店かどこかで食事かだった。
彼女の日本の彼氏と思われる人にも会った。
その人はあまり英語が達者ではないようで、「彼女の英語わかるんですね、すごいですね」と言っていたけれど、どうも彼女には若すぎる感じの男の子だった。
あ、その話は成田空港だった。
彼女が韓国に帰る時に見送りに行った時だ。
彼女とはほんとにいろいろ話をした。
家族のこととか、兄弟のこととか。
彼女の韓国の家の写真とかも送ってくれた。

何時だったか、彼女がソウルを離れて韓国の別の都市に旅行してるときに
ソウルが台風で洪水状態になった時があった。その時、僕が日本で放映されて
いるソウルのそのニュース写真を送ったら、彼女がいるところでは
テレビが見れなくて、写真を見て驚いていた。

彼女に最後に会ったのは渋谷だった。
2時間くらい時間があるとかで、渋谷で食事をした。
食事の後でハチ公前で、「それじゃあ」と言って別れを言った。
その時彼女が英語か韓国語かわからなかったけれど、
何か一言言って軽くハグして東急の方に歩いて行った。

それが最後だった。
メールを送っても返ってこなくなった。
彼女のホームページも見れなくなった。
たぶん何か理由があってそうしたのだと思う。
悪い理由ではないと信じたい。

今どうしてるだろう?と時々思う。

東金、九十九里と大網

九十九里はよく行った。
東京から東金までは高速があったからそこまで走って、後は細い道を海岸まで
走った。一番最初はひとりだったと思う。
とても気持ちいいところだったから、同じ会社の坪井君に言ったら
よし行こうと言うことになって、ポルシェだったかなあ?いやその前は
ギャランだったか? とにかく夜中にぶっ飛ばして行った。
夜の海岸に男が二人というのもおかしな感じだけど、
坪井君はその時レーザービームの装置を持っていた。
今のように小さなレーザーLEDは無い頃だったので、ガスレーザーだった。
それを海岸に向けて、赤いレーザーを照射していたら、
前に止まっていた、たぶんカップルの車が急いで車を走らせてどこかに行ってしまった。
海岸から海に向けての赤いレーザーはとてもきれいだった。
それが何度目の東金だったか忘れた。

誰かがバイクで足の骨を折った時も、友達と一緒に行った。
あの時は昼だった。
でも冬じゃなかったかなあ?
海岸の砂浜に皆で座って何か食べた。
それからどうしたか覚えていない。
あの時は僕の車に皆を乗せて行った。
ああ、その中に葉月がいた。
なんでいたんだろう?

天文ガイドで知り合った沖縄の穂波さんに会いに行ったことがあった。
穂波さんは沖縄で離婚して慰謝料をたくさんもらったけれど、
そのあとハワイのコンドミニアムにアメリカ人と住んでるとか手紙が来て、
それからしばらくして、日本にいるという手紙が来た。
それが九十九里だった。
九十九里にサーファーの男と一緒に暮らしているとか。
その家は大網の海からすぐ近くの普通の民家だった。
旦那?はいなかったけれど中に上げてくれたて、部屋の中を案内してくれた。
エスニックな御香がたかれていて部屋はその匂いでいっぱいだった。
クリシュナムルティーの本が何冊かあった。
(そういえば僕の本はどうしたろう?前の家かな?)
部屋の飾りもエスニックな感じだった。
部屋に二人でいるのもなんなので外で話をした。
彼女はあの後、慰謝料を全部遣いきってしまったと言っていた。
しばらくいて僕が車で帰る時に見送ってくれた。
帰り際「私たちってキスもしてないし手も触れてないね。どういう関係なんだろうね?」
と言って二人で笑った。
たぶん友達だったんだと思う。
それからしばらくして電話があって「旦那が逮捕されたんでこれから拘置所に差し入れに行く」という電話が最後で、それからは連絡ができなくなってしまった。
今会いたい気がする。
穂波さんはちょっと日本人離れした顔つきで本人もアメリカ人みたいに見られる
と言っていた。
僕は最初からそんなことは気にもしなかった。

九十九里はその穂波さんとこが最後だったかもしれない。






春色の汽車に乗って

千葉の養老渓谷に行ったことがあった。
僕は養老の滝は養老渓谷にあるものと思っていた。
だから、いつだったか養老渓谷に行ってみようと思った。
あれは秋だったかな。
養老の滝は無かったけれど、何か滝はみたような気がする。
瀧というかちょっと急な渓谷。
途中どこかの道脇の土手で写真を撮ったはず。
あれは春だったかな?
いや、ススキがバックになっていたから秋だと思う。
「赤いスイートピー」を聴くとその時の景色が浮かぶ。
なぜかはわからないけれど。
だから春色の汽車というのはいすみ鉄道なんじゃないかと勝手に思っている。
春になったらいすみ鉄道に乗ろう。
春色の汽車に乗ろう。

12/07/2019

並樹書店

札幌で最初に住んだ下宿アパートが大通り21丁目だった。
そこから少し戻って19丁目に並樹書店という古書店がある。
実は住んでた時には気が付かなかった。

何年か前に札幌に行った時にこの本屋に気が付いた。
そんなに大きな本屋ではないけれど、北海道関係、アイヌ関係の本が
沢山おいてある。

毎回札幌に行くたびにここに寄って何かの本を買って帰る。
前回は「シャクシャインが哭く」という小説。
まだ読んでいない。

買う時にそこのおじさんに聞いてみた。
「ここいつからやってますか?1976年頃はありました?」と
するとすでにその頃からあったということだ。
知らなかった。
というか18丁目で地下鉄の乗り降りをしてたのになぜ気が付かなかった
のだろう。
たぶん地下鉄を利用することがあまり無かったからかもしれない。
だいたい車で移動していたから。
街に買い物に行くときも車だった。

まだ店内全部を見ていない。
次回行った時にはもう少しちゃんと見てこようと思う。

本の包み紙が素敵だ。
札幌の地図がデザインされていて、そこに「namiki」と小さな字で
本屋の場所が書かれている。

これを見ると三鷹の第九書房の包み紙を思い出す。

12/05/2019

限りなく透明に近い

ブルーだ。

この本を読んだのはいつだったろう?
もうずいぶん前だ。
ストーリーも何もほとんど覚えていないけれど
読み終わった後の不思議な感じだけ覚えている。
また読もうかな?
アマゾンで1円で売ってる。
1円って何だ?
売らない方がいいんじゃないか?
舞台は確か福生だ。
小沼の家があったところだ。
小沼の家?
まだあるだろうか?
彼はまだドイツなんだろうか?
日本に帰ってきたのかな?
奥さんはピアニストだった。
たぶん奥さんがドイツに住むのを望んだのだと思う。
でも小沼も学生の頃からドイツ語ができたように思う。
いつも「会議は踊る」をドイツ語で歌っていた。

もう10年くらい前にマックスプランクで彼を探してメールを誰かに
送ったことがあった。
小沼ではなくてたぶん同じような研究をしてそうな人に勝手にメールを
送って「小沼に渡してください」と英語のメールを送った。
そしたらなんと小沼からメールが届いた。
あれは迷惑だったかもしれないと後で思ったけど、
そんなことは知らない。
届いて良かった。
彼はローマ字で日本語を書いて送ってきた。
日本語漢字が書けなかったみたいだ。

あのあと彼はずっと研究所にいたのだろうか?
もう年齢的にいないとはおもうけれど。

ああ、小沼も会いたいな。
そういえば、小沼は僕を覚えているだろうか?
同期会ではこっちが覚えていても向こうが覚えていなかった。
それでちょっと落ち込んだ。
まあ、逆もあるだろうな。
いつだったライブハウスで知らない(?)人に声をかけられた。
向こうはどこかで僕に会って覚えていたみたいだけど、
こっちは全く覚えていなかった。ひどいもんだ。
こういう食い違いはどういう風におきるんだろう?
学生の時は同じクラスでよく話したりしていたのに
時間とともに忘れられる。
時間の隔たりはお互い同じなのに、こっちは覚えていて向こうは覚えていない。
あるいはその逆。
もちろん定期的に会ったりしてれば覚えているけど、
お互いの間に時間だけがどーんとあった時、
忘れられてしまう。

それはそうと、「限りなく透明に近いブルー」買おうかな。。

12/04/2019

今日は小田原と日限山

月一で小田原に行く日だった。
誰かが監視カメラの一台に車をぶつけて壊したので、今日はその修理だった。
かなり時間がかかると思ったけれど、新しい物の取り付け工事をやってくれた
人の作業が早かったので、こっちもすぐに修理できた。
なんか普段は怖そうな感じの人なのだけど、今日は作業が終わった時に
「ありがとうございました」とお礼を言ったら、とてもやさしい人だと分かった。
クライアント見れば私もその人も同じ業者にしか見えないだろうけれど、
お礼を言って良かったと思った。

それが早く済んだので帰りは下永谷に寄ることにした。
電話したら今日は調子が良さそうだったので行くことにした。
戸塚の東急で二人分のお弁当を買っていくのが常だった。
娘か息子がいる時はその分も買って行く。
どういうお弁当にするかいつも悩むのだけど、それもちょっと楽しい。
息子が食べるという時はガッツリ系のもの、娘もそれよりは少ない満足系のもの。
それにあまり寮の多くない野菜系のものも。自分用には適当に目についたもの。
娘は居る時は顔をだすけれど、息子はめったに現れない。
猫が1匹いるが人見知りが激しく私が行くとどこかに隠れて、
めったに見たことがない。
一緒にお弁当を食べてコーヒーを飲んで話すだけだけれど、
昔の話とかこの間にあったこととかを話す。

下永谷にはいつも車の修理を頼んでいた工場があって、
お昼まえにそこの前を通ると維持さんとおばさんがいて、挨拶しなくちゃいけない。
実情を知ってる人たちなので、ちょっと気まずい。
それでわざと遠回りして行ったりする。

駅(と言っても地下鉄の出入り口がるだけの駅)からは階段を上って
日限山の方に行く。
住んでいた頃はその階段を一気に駆け上がったりしてたのだけど、
今はさすがにそれはしない。
できないこともないと思うけれど、怪我しそうだ。
昔はその階段のあたりは鶯がよく鳴いていた。
今はもういない。
ずいぶん緑が少なくなった。

下永谷は変わってしまったけれど、基本的には変わっていない。
いろいろなものが無くなって、新しいものができたけれど、
街は昔のままだ。
駅の方のアパートにも息子の友達があのまままだ住んでいるような気がしてならない。




12/03/2019

ひどい夢を見た

僕はどこかに向かうため(そこまでの前段を思い出せない)に道を歩いている。
陽射しがとても強く、持っていたカバンを頭にかざして日差しを遮っている。
(しかしその暑さは不思議だ、布団で寝ているのに確かに太陽の陽射しだった)
道は山道にさしかかり、大きく左にカーブしながら登っている。
そのカーブを曲がり切ったところで人が倒れているのが見えた。
近づくと大型のバイクが倒れて壊れている。
その脇にライダーウェアを着た人が倒れていた。
近寄って「大丈夫ですか!」と言うと痙攣している。
道路の先を見ると他に2台の大型バイクが壊れていて、そこにもう2人倒れていた。
ひどい怪我だ。
「大変だ!」と言って、携帯で電話をかけようとしたところで目が覚めた。
たぶん大声を出して自分で目覚めたのだと思う。
人が倒れていた道路は夏のように熱せられていた。
その道路を触った感触が残っていた。
すごくリアルだった。
バイクで倒れたことはあるけど、あれは雨の日だった。
そういえば、それ以外倒れたことは無かった。
熱い道路をあんな風に触ったことがあっただろうか?

ひどい気分だ。
仕事も注文が途切れている。
前にも何度もそんなことはあった。
だから持ち前の能天気でなんとかやってきたけど。
しかしどうにも元気が出ない。
お腹が空いてるからかもしれない。
昼を食べてなかった。
何か食べよう。

12/02/2019

悲しい

さっき電話で得意先の新聞社の人から、
「毎月頼んでるDVD版の新聞は今月で終了します」って。
そうですか。
もう何年やってただろう?
ずいぶん長かった。
だけどこの年末にその連絡?
よりによって厳しくなるのがわかってる今月?
できるだけ明るい声で
「そうですか、わかりました、ずいぶん長い事お世話になりました」
とか言ったけど。
あと3か月伸ばして!
って言いたかった。

さてどうしよう?
明日、スタジオ行って歌歌ってこようかな。

芹沢さんも九州だよね。
並川も佐賀だった。
九州はちょっと遠いなぁ。
お金に余裕のある時に行っておくんだった。


12/01/2019

12月になってしまった


公園まで行ってきた。
所々真っ赤な紅葉があってそこにはカメラを構えた人だ何人もいた。
いつものようにそこは避けてだれもいないところを選んで行った。
以前は事務所から山の紅葉具合がわかったのだけど、
この部屋から中央公園は見えない。
あの事務所は部屋代が払えなくなって出てしまったけれど、
眺めが良かった。
屋上まで行くとぐるっと見渡せた。
ああいう部屋がまた欲しい。
歌を歌ってもギターを弾いても文句を言われることもなかった。
上下左右全然音が聞こえなかったから。

芹沢さん、一度事務所に来てくれたよね。
まだここ見ててくれてるかな?
いつも何書いてるんだ?!と言われそうですがね。
思ったことを書いてるだけなんですけどね。
その後、体の具合はどうでしょう。
もう一度一緒に歌いたいね。
FBからメッセージを送りましたが届いたでしょうか?
と思ったらさっき返事をいただいていました。
ありがとうございます。(これ見てるかな?)

コマツ君はどうしてるだろう?
噂でしか聞かないけど。
最近は電話も来ないし(おまえがかけろって?)
まだここ見てたらメールでも送って。
メールの頭がkogawa2に変わってるからね。
業務連絡みたいだけど。
コマツ君は日本に帰るようなこと言ってたけど、
まだ当分帰ってきそうもないね。
コマツが返ってきたらまた皆でバンドやろう。
まだ全員生きてる。
モチとヨシノとは3人で毎日のように曲作りでやりとりしてるよ。
もう何年も。
ほんとによくやってると思う。
CDも何十枚になったろう。
だけどやっぱりコマツが入って欲しいと思うよ。

12月は忙しくなりそう。
神戸の結婚式に出ないといけない。
リサの結婚式。


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追伸:
書き忘れました。
新宿フォークゲリラのサイトの方。
まさかもうここを見てはいないと思いますが、かの時はありがとうございました。
今では全くのいいかげんなフォークシンガーです。
でも、新宿の米軍タンク車炎上のことをちょっと書きました(同期会のとこです)。
当時の事件で私の高校が関係していたのは偶然ですが、ちょっと当時を
思い出しました。





寒そうだ

けど、ちょっと出かけよう。
お昼も食べないと。
何も食べたくないけど。
だいたい外で食べるのがいやだ。
いろいろ考えなくちゃいけないから。
家で料理した方がいい。
ちょっと面倒だけど、自分だけの範疇だ。

雲の切れ間から太陽が時々のぞいている。
目の前のマンションの窓ガラスに白い太陽が反射して眩しい。
KFCでも買ってこようかな。
と、のぞいてみるとけっこう列ができてる。
休日はいつもそうだ。

ネットニュースの広告で量子ドットのディスプレイっていうのがあった。
ひどい名前だと思って読んでみたけれど、
そんなに的を外れた話でもなかった。
量子と言うより波長ドットと言った方がいい。
量子的なことはたぶん何も無いだろうから。

時々思うのは量子はこのマクロな世界のどこまで影響してるだろうか?
ということ。
たぶん、多分に素人的な漫画チックな考え。
タイムマシンくらい意味の無いことかもしれない。
あのS博士の猫みたいなもの。
何かマクロな出来事の根底に量子が影響しているということ。
そういうことがあるだろうか?
例えば人生でAとBの選択を迫られた時、
AとBは本来確率的に同じであるのとしたとき、
AあるいはBに起因する次の現象CとDは
量子もつれ状態にあるのだろうか?

人生のある時点で誰かがAをとり僕がBをとった時、
その誰かはAによって起こった結果がCだと知った時、
僕に起こっている結果はDだと決定される
ということが起きるだろうか?
それを考えると昔流行した超能力とかが可能なような気がしてくる。

ちょっと天気が良くなってきたから
ちょっと散歩しよう。






何をやっても

上手く行かない時って、こういうことを書きたくなってしまう。
別に誰かのせいじゃないのに。
友達がいないのは自分のせいだよ。
それは確か。
友達だけじゃない、いろんな人に嫌な思いをさせて生きていた。
思い返すとそんなことばかり。
自分では普通にしてきたつもりだったんだけど。
振り返って自分を見てみるとすごくいやな奴だ。

それでも、奇跡的にだけど、僕を友達と思ってくれる人が5人はいる。
それはリアルな世界に於いてね。

僕はどこか狂っていると時々思う。
何やってるの? ということが時々ある。
それで人にいやな思いをさせてしまう。
だから、もう思い出したくないんだよね。
何もかも。
こういう不安な時は特にね。
来月やっていけるか?って時に、FBだのYTだの能天気な
書き込みに付き合って「いいね」って。
いや、たぶん気分がおちついている時ならそんなことは思わないけ
きっと。
どこまでお互いのことを知ってるんだろう?って思うんだよね。
たぶん何も知らない。
JohnさんとBillさんはずっと前から何でも、プライベートなことも
話してきたから、Billさんが亡くなって、今は僕のことをほんとに知ってるのは
Johnさんだけだ。

Johnさんとは、高校時代の話もした、お互いのその頃の彼女のこととか、
それからどうなったとか。離婚したのはどうして?とか
その後どうしてる?とか。
お互い、子どもたちと会えないことなんかも話した。
子供は達は会いたいと思ってないみたいだ、とか。
お互いに慰めあったりしてきたから、
本当には会ったこともないけど友達だと思っている。
他の人は知らないし、これ以上親しくなりたいとも思わない。