5/13/2014

Switzsport SIERRE

Switzsport (スウィツスポート) SIERRE〔シエル〕 という自転車を買った。
アマゾンで「折りたたみ」「26インチ」「安い順に」と検索すると一番上に出てくる。
何の不安も無く購入してしまったが、何の問題も無く走っている。

自転車を一緒に写真を撮るとなかなか面白いので写真を撮ってみた。

車をやめてから久しいが自転車で走るということは車で走るのとは全く別の世界だ
ということに改めて気がついた。
子供の頃、最初に乗った補助輪付きの自転車から数えて8台目だと思う。
一つ前のもスポーツタイプだったが、あまり遠くへは行かなかった。
今回買ったのはもうずいぶん前から自転車が欲しいと思っていたけれど、おき場所
の問題で買えなかった。それが折りたたみだったらエレベータにも乗るし、置き場所も
ありそうだったので買うことにした。
              
早渕川と鶴見川の合流点

買ってから最初に走った道は一般道路だった。ちょっと離れた駅まで行ってみようと思い、
普段車で走っていた道を走ったが、やたらと坂が多い。車で走っていると気がつかないが
自転車だとほんのちょっとした坂が苦しい。
それで途中で断念して帰ってきた。
その後、人から教えてもらい川沿いの道を行けばいいということがわかり、改めて再挑戦
することにした。行き先は大倉山の上だ。

早渕川の脇の遊歩道を走った。川に沿っているので道はほとんど高低差の無い走りやすい
道だった。しばらく走ると鶴見川にぶつかる。
そのあたりには橋が無いので橋のところまでしばらく鶴見川を登ることになる。
そのあたりは他にも自転車で走っている人がたくさんいた。

 
 
橋を渡って目の前に大倉山の岡があり、住宅地の中から上に上がる道を見つけた。
上までは結構な坂なので、途中から自転車降りて押して上がった。
岡の上に大倉山記念館があった。この建物は市営地下鉄の新羽あたりから見え、
以前からあそこに行ってみたいと思っていた。
その建物を実際に見てみると思ったよりもずっと立派で大きかった。


大倉山から大豆戸に下りて、そこから新横浜駅に出た。歩くとかなり遠いが
自転車ではすごく近く感じる。
新横浜駅からスタジアムの脇を走ってIKEAに出た。IKEAも歩いてゆく気はしないが、
自転車では近い。


また別の日、鴨池公園まで行ってみた。鴨池公園は散歩ではよく行く所だ。
歩きではそんなに感じないが、センター北からだとかなりの登りになる。
この日は平日だったので人もあまり居なくすがすがしい一日だった。

 また別の日、南の月出松公園まで行った。
この公園からはまだ真っ白な富士山とアルプスがきれいに見えた。

その公園の隣に川和富士公園がある。
上には登らなかったが、山田富士とほとんど同じような富士山があった。


そこから鴨池公園の池まで遊歩道が続いている。高低差はほとんど無い。
この池はあまり大きくないが静かな公園だ。

自転車はなかなか面白い。
走っていると初めて見る景色が多い。
どこか夢の中で見たような景色に感じる。

センター南からみなとみらいまで走ってみた。
コースは
センター南--IKEA前--スタジアム前--小机踏切--環2--
--六角橋--国道1号(-東神奈川)--横浜駅東口前--みなとみらい
往復で37キロでした。
 

5/01/2014

横浜ドリームランド 2002年2月9日

私が中学校の2年の頃だったと思う。テレビで「小さなオルフェ」というドラマがあった。
そのドラマは少年と妹が不思議な体験をする話だったと思う。
少年役は織茂 政男がやっていた。妹役は覚えていない。
そのドラマの舞台が開園する前の横浜ドリームランドだった。
内容は覚えていないがメリーゴーランドのシーンを覚えている。
そのテレビをやている時、親戚のおじさんが来ていて「かっちゃんとせっちゃんみたいだね」
と言ったのを覚えている。
その時は三鷹に住んでいて将来横浜に住むとは思ってもいなかった。
              
 
この写真を見ていても何か不思議な懐かしさを感じる。
 

この写真は全て2002年の2月9日なので閉園(2002.2.17)の直前に行った時のものだ。
このあたりをドライブした人は気がつくと思うが、モノレールのコンクリートの支柱が
点々と残っていた。今もあるかどうか知らない。

 
モノレールは一度完成したが安全性の問題で運行停止になってしまったらしい。
ドリームランド脇にあったホテルエンパイアーの建物はかなり遠くからでも見えた。
 
 
 最終日まじかだったのでこの日もけっこうにぎわっていた。
 

観覧車自体の写真が無いが、これらは観覧車の上から撮ったもの。
観覧車は固定のものと上でゆらゆら揺れるタイプとがあった。ゆらゆら揺れる方のゴンドラ
はけっこう怖かった。

 
 
帰りに撮った写真。
向こうにシャトルループのレールが見える。
この帰りのゲートは電飾でキラキラしていたが、
とてもさみしい気持ちになった。
 
 
 




4/25/2014

pleasure place in 都筑

都筑区には緑の豊富な公園が多い。
ここに来てから最初に行ったのは都筑中央公園はだと思う。
会社に行く途中この公園を通って行くと四季の変化を直に感じることができる。
池の前に1本だけ立っているもみじはいつも秋になると真っ赤に紅葉する。
これを見るのが好きだ。
 
 
センター南駅からセンター北駅に向かってグリーンラインとブルーラインの間を歩道がある。
この間を歩くとどこかよその世界に行ったような気持ちがする時がある。
子供の頃の雑誌の挿絵にあった未来の都市はこんな感じじゃなかったろうか。
 
 
 
センター南と北の中間は住所が中川中央となっている。公表されている「センター」の
理由は街の中央部だからだそうだが、私はこの「中川中央」の「中」から来ていると
勝手に思っている。中川中央の南をセンター南、北をセンター北と言っているのだろう。
その中川中央にある日ボーリングの塔が建った。なんでも温泉を掘っているとか。
そのうちminamoという大きなビルが出来て温泉ができた。
なんの変哲もないビルだが太陽に輝いてきれいに見えるときがある。
 
 
 
会社からの帰り、夜中の1時を過ぎると駅は閉まってしまうと、外のオレンジの街灯と
駅構内の緑色のライトの対比がとてもきれいだ。
 
 
 
八幡山公園の丘の上には大きな桜の木が何本もある。春になると本当にきれいなだ。

 
 
 
 
横浜に限ったことではないけれど、中川中央から南を見ると空が広いような気がする。
特に夕暮れの空は見事だ。
 
 
センター南の町は道が広い。札幌の街も道路が広かったけれどこっちも広い。
この角からの眺めが好きだ。
 
 
 
センター南駅から中央公園に行く歩道橋から見る区役所通りの眺めが好きだ。
春は新緑、秋は紅葉がきれいだ。
 
 
 
中央公園の表の入り口以外の裏側の道が好きだ。
たいてい誰もあるいていない。とても静かな道だ。表の芝生のあたりと比べると全く別世界だ。
 
 
 
雪のセンター南、スキップ広場のあたりの景色がきれいだ。
特に結婚式場の建物が雰囲気を出している。

 
 
 
 
確か越して来て最初に面白いと思ったのがこのマンションだった。
どうってことはないと思うのだが、この格子状の部分が面白い。
 
 
センター北を象徴しているのが観覧車だ。かなり遠くから見える。
阪急d絵パートの中に乗り場があるが、そこから見上げる観覧車が好きだ。
 
センター南のスキップ広場から区役所に向かう歩道橋には三角形にとがったオブジェ
がある。それと結婚式場の尖塔の対比が面白いと思う。
 


4/21/2014

少し前の都筑

都筑区に住み始めて10年くらいだが、この街は変わり続けている。
古い記憶にある区役所通りは畑か原野の中の細い一本道だった。
今は片側3車線の広い道だ。
 
3・11の地震があった時の区役所通り。これは3月15日の写真だ。
区役所の前あたりからずっと先のセンター北のガソリンスタンドまで長い車の列が
できていた。いったいどのくらいの時間待っていたのだろう。
 
 
左側の列がガソリン待ちの列だが、右は何だろう?と思い出してみたら、米だ。
右側の米屋に米を求めて来た人の車だ。
そういえばあの時食パンがどこにも無くて、小田原に仕事で行った時に小田原駅のすぐそば
のパン屋でパンを買ってきた。たぶん食パンはあそこでしか手に入らなかった。
どこにも食パンが無い時にあのパン屋(守谷のパン)はいつもと同じ値段で売っていた。
写真はその時買った2本の食パン。とてもおいしかった。感謝したい。
アンパンも有名らしい。店は昭和の雰囲気。
 



今は野村総研の窓の無い不気味な建物が建っているあたり。これは北部病院の
あたりから撮ったのだろうか。結婚式場の尖塔が見える。


今はヤマダ電気が入っているルララ・ビルが建つ以前のブロック。
バイク屋の向こうに「つづき守る君」が見える。ノースポートもまだできていない。


minamoが建つ前のブロック。目の前のブロックは今も空地だが、右端のブロックには
今はminamoが建っている。ルララもヒロセ電機もまだ無い。これはうどん屋「はればれ」
の前で写したもの。


アウネとオズマンションが建つ前のセンター南駅からの景色。
オズが建設を始めた頃。アウネのところははまだ全く何も無い斜面だった。
サウスウッドが建つ前で、ドラッグストアー・クリエイトの文字が見える。クリエイトの以前は
紀伊国屋だった。

仲町台駅の南。まだ東急ストアが出来ていない頃。
ロータリーの横にパン屋さんがあった。その後ろに本屋や不動産屋があった。
パン屋はおいしかった。レストランにもなっていて、そこで選んだパンを食べることもできた。


なんとなく以前の仲町台駅前が懐かしい。

4/15/2014

都筑の春のつづき


春なのになかなか暖かくならないので、都筑(つづき)を続けよう。
会社のベランダから公園の方を見ると山は桜が少し残り、新緑も少し見える。
今頃が一番きれいだ。

 
北の方にも公園がある。
八幡山公園と山崎公園だ。八幡山公園は大きな桜の木が何本もあり、
満開の時は草地の上にたくさんの人がシートを敷いて楽しんでいる。
 
センター南駅を南に出たところにスキップ公園がある。
ここはセンター南の顔のような場所だ。広いボードウォーク兼ベンチがあり、
正面はステージになっている。休みの日はいろいろなバンドやダンスでにぎやかだ。
このボードウォークは最近一度張り替えてきれいになった。
写真の正面は教会風の結婚式場だ。
式があると尖塔にある鐘が鳴る。その音は結構遠くまで聞こえる。
教会の鐘の音はヨーロッパのサウンドスケープの重要な要素になっているが、
ここでは他の騒音が大きくて、たぶん聞こえてもセンター北くらいだと思うが、
時々聞こえるこの鐘の音はこの地区の和みの要素になっている。


 
結婚式場の先に区役所、警察署と北部病院があり、そのまま都筑中央公園に
つながっている。公園と区役所のブロックを隔てている道路には桜並木がある。
写真ではもうほとんど散ってしまっているが、満開の時はかなりきれいだ。
 
都筑中央公園には幾つかの入り口がある。この区役所側から入る入り口のほか、
駅からまっすぐ池の脇にでる入り口、正面の駐車場から入る道、隣の杉山神社
から階段を上って入る道などだ。
しかし私が好きなのは、それ以外の裏から入る入り口だ。
公園の北側には何箇所かの入り口がある。そちらの道は人も少なく、景色も
きれいだ。また正面からの車の音とかも聞こえにくいので鳥の声もよく聞こえる。
下の写真もその入り口の一つだ。
今はお花畑状態だ。


 
 
下の写真は会社から見た都筑中央公園の北側で、こちら側に2箇所、
丘の向こう側に2箇所入り口がある。いずれも静かでとてもいい。

 
 
西側の入り口は入ってすぐに竹林があり、この入り口も好きな場所だ。
こちら側には休憩所もある。
 
 
 
都筑中央公園は家から5分くらいなので、会社まで歩いて行く時に公園を
通り抜けて行くことが多い。
四季を肌で感じることができる。
 

 
 
 
 

4/12/2014

都筑の春

雪国の春は雪解けから始まるけれど、都筑ではまず白モクレンの花が咲く。
そのうち公園の丘にピンク色が見えるようになり、早渕川沿いの桜が咲き始める。
桜が散り始めると木々に若芽の黄緑色が目立ち始める。
その頃が一番きれいだと思う。
少し残った桜のピンクとコブシやモクレンの白い色、まだ枯れている木々の茶色。
全てがパステルカラーで柔らかに丘を染めている。

 

4/06/2014

シグナルとシグナレス

宮沢賢治の話を初めて読んだのは小学校の6年の時だ。
友達が「これ面白いよ」と言ってくれたからだ。
一番最初に読んだ話は、その時の感情を今でもよく覚えている。
「シグナルとシグナレス」という話だ。
確か白黒の挿絵がついていた。
これはいったい何だろう? と思った。
それから「どんぐりと山猫」、「やまなし」・・・
不思議な話、とは思わなかった。
ただとてもその世界を好きになった。

宮沢賢治は詩集も含めてほとんど読んだと思う。
大学生になって卒論に宮沢賢治を選んだ人がいて、
その人と一緒に花巻の宮沢清六さんの家に行ったことがある。
私は車で送っただけで家には入らなかったし、清六さんにも
お会いしなかった。
でもなんとなくその家の感じは覚えている。

あれからもう半世紀近くが過ぎたけれど、いまだに宮沢賢治のことが
テレビで取り上げられたり、宮沢賢治のお話を元にした作品が紹介
されたりしている。
私としては、そんなものは見たくも聞きたくもない。
j自分が体験したあの世界を大事にしたい。

3/20/2014

ハーモニー ミューズ社 日本楽器


古いC&W誌が出てきたので眺めていた。
広告が面白い。
号によって広告も違うので見ていると当時の流行のようなものがわかる。
 
カワセ楽器店は初めて自分のギターを買ったお店だ。
Billyというギターだった。
今もあるがもうネックが曲がって弾くことができない。一度カワセに持って行って修正して
もらったが、結局だめだった。 



 
御茶ノ水の聖橋から小川町の方に降りて行って、靖国通り手前右側にハーモニーがあった。
ハーモニーにことは前にも書いたけれど、おじさんが一人でやっている小さなレコード屋だった。
お店は小さいのだがストックはすごかった。
クラッシックのレコードとフォーク、カントリーの2分野のレコードばかり置いている、ちょっと
不思議なレコード屋だった。
Doc WatsonやFolkwaysのレコードはほとんどここで買った。
 
 
ハーモニーとスペルは同じだが「ハルモニア」というレコード屋が銀座にあった。
1度か2度は行ったと思う。小川町のハーモニーをハルモニアと思っていた人もいた。


 
銀座のハンターにも何度か行った。
中古レコード屋だが、あんまりいいものが無かったような気がする。

 
 
 
そして、神保町のミューズ社だ。
ここも懐かしいお店だ。
しかしこの広告はなんて斬新なんだろう。
ただ単語が並んでいるだけだ。



渋茶のヤマハも良く通った。
ここは主に楽譜や本を探しに行った。
この広告を見るとD-28が¥220000とあるから、今とそれほどは変わらなかったみたいだ。
D-18が¥163000は安いかな。ヤマハノギターは一桁下だった。

3/13/2014

昭和の音 雨戸

今日は激しい風と雨が朝から降っていた。
布団の中からマンションの窓のカーテンの向こうの雨を見ていて思い出した。
雨戸だ。
雨戸が無い。
昔は朝になるとあちこちから雨戸を開けるバタンバタンという音が聞こえたものだ。
たいてい雨戸を開けるのは父の役目だった。
父は力いっぱい雨戸を滑らせて戸袋に入れていた。
あれは今だったら、騒音で怒られただろう。
でも当時はどこの家でもそうだった。

雨戸はいつから無くなったんだろう?
台風の時は必ず雨戸を閉めた。
そうすると家の中は昼間なのにまるで夜のような暗さになった。
戸の隙間から外の様子を覗いたりした。

スライド(幻灯機と言った)を見る時にも雨戸を閉めて部屋を暗くした。
考えてみれば便利なものだった。

長く家を空ける時も、雨戸は閉めて行ったと思う。
だから留守だということがすぐわかってしまった。
でも当時はそうしていた。

3/05/2014

「くまのプーさん」(The house at the Pooh corner)のこと

1970年頃にThe Nity Gritty Dirt Band が出したレコードUncle Charlie and his dog Teddy
の中に「プー横丁の家」という曲が入っていた。
我々のバンドでもすぐにこれをやろうということになって、バンドの持ち歌になった。

この「プー横丁の家」だが、このレコードが出た時この話を知っていた。
いや、何も無ければ絶対にこのお話を知るわけもないのだ。
自分ではそんなお話の本を買うことも無かったろうし、私の周りにもその話を知っている
ひとも居なかった。

なぜ知っていたかと言うと、高校の英語の授業で副教材として英語の先生(伊藤先生)が
毎時間ガリ版刷りしたこのお話のプリントを使っていたからだ。
その授業のことはとても良く覚えている。
一人ずつ少しずつ、このお話を読ませて翻訳させるという授業だった。
1学年終わる頃には登場人物(?)を全て覚えていたし、お話も覚えていた。

特にピグレットが壊れたたて看板(Trespassers will)を自分の祖父の名前だと思い込んでいる
シーンを覚えている。しかしこのTrespassers will be ....?何だったろう。と思う。
誰かがWikiで’PROSECUTED’と書いているが、そうだったろうか?
先生は確かTrespassers will be blameと言っていたような気がする。
その後原文でこのお話を読んだことがない。
そのうちまた読んでみたい。