7/19/2019

くすんだ未来

風呂に入りながら考えてみた。
今というのは子供の頃の未来なのだろうか?

この風呂の蛇口だけれどひねればお湯が出て温度も変えられる。
シャワーにもなるし蛇口にもなる。
この機構だけみても昔の水道の蛇口からすればけっこう未来だ。
今は水垢ですこしくすんでいるけれど未来だ。

街に出れば地下鉄が地上を走っていて、駅の吹き抜けの構内の高いところを
地下鉄が走っているのが見える。
ガラス張りの向こうを地下鉄が走っている。
こんな駅は昔はあり得なかった。
これを昔の科学雑誌風の絵にしたら十分未来だと思う。
まあ、構内はピカピカに輝いているとは言えないけど。

車で走れば国道の遥か上を高速のインターチェンジが複雑に交差している。
その上をピカピカの流麗な形の車が走っている。
インターに入れば自分がその高い道路の上を走っている。
これも科学雑誌風に描けばもうもろに昔の未来の世界だ。

人々は手帳のような電話機を持ち、しかもそれはコンピュータを兼ねている。
カメラにもビデオカメラにもなる。
昔のスパイだって思いつかなかったと思う。

車はまだ空を飛んでいないけれど、飛行機は普通に空を飛び、
世界中どこへでも行ける。(・・・どこへでも?)

木造の小さな平屋の家は無くなって、戸建てはまるで昔夢見た
アメリカの家のようだ。
アパートも高層のきれいなマンションに(ま、英語ではapartmentだけど)
なって、街も遠くからみれば未来的だ。
中国の高層ビルにはかなわないけれど、日本は日本風でいい。

あ、そうだ何年か前に中国人の特派員が何かに書いていたけれど、
日本の田舎はどうしようもなく田舎だし、街も高層ビルはあまり多くなく
背の低いビルばかりだ。そういう街をわざわざ海外から見に来るというのは
おかしなことだ。中国のように高層ビルが立ち並ぶ見事な街や、
新幹線を追い越した中国の高速鉄道を見習った方がいい、
とかなんとか書いていた人がいた。

なんていうか非常に奢った意見だった。
日本が日本であるのには理由があるわけだし、これからも日本でありつづける。
高層ビルが立ち並ぶ街などには住みたくないし、やたら小ぎれいな街も
どうかと思う。今の日本のようにごちゃごちゃした街の方がきっと
住みやすいし、思い入れが違うように思う。

…何の話か忘れたけれど、
原子力飛行機は飛んでいないけれど、車も空を飛んではいないし、
人間も空中を歩いたりしていない。
そこら中にロボットが歩き回っていもいないし、
宇宙に宇宙ステーションがいくつも浮かんでいるわけでもない。
いやいや、ISSはかなり未来でしょう。あれは。

まあ、今はくすんでいるけれど、昔の未来であることは確かだ。