6/11/2026

記憶に無いこと

 

昔のネガをスキャンして見ていたら、全く記憶に無いネガがあった。
これは私の母方の田舎で撮った写真なのだが、このメンバーで行った記憶が
全く無い。特に左の髭の人、誰だ?
ここが私の田舎であることは確かなのだが、他の写真を見ても行ったことの
記憶が無い。
普通は写真を見れば「ああ、行ったねえ」と少しは思い出すのだが
これに関しては全く無い。
それで前妻に聞いたところ彼女は覚えていた。
しかし話を聞いても全く思い出せない。
これはいつから記憶に無くなったのだろう?
と思うと、おそらくこの旅行の直後のように思う。

彼女の言によると、なぜかそこに行こうという話になったのだけど、
私はあんまり乗り気じゃなかったようだ。
それでたぶん消化試合のようにただ行っただけなのだろう?


こたつの右の女性と左のひげが一緒だったようだ。
この後、帰りの車で事故ってそれきり別れたということだ。
でも私はそんなことは知らない。

写真のネガはスキャンしていると驚くほど覚えていないことがある。
でも見ているとだんだんその時のことを思い出す。
しかし上の写真は全くだ。
これはきっと私ではない。
私は既にこの世にいなかったのかもしれない、
きっとこたつの部屋の奥の部屋から亡霊として出てきたのだろう。
ちょうどそんな感じだ。

6/10/2026

ハンググライダーのこと

 私はもう20年以上前にハングをやめてしまった。
なぜ辞めたかの理由は単に私が飽きやすいからだ。
やっていた時も何となく1時間以上飛べたらやめようとか
1000メートル上昇できたらやめようとか思っていたから
それだけの理由だ。

一緒に始めた人でやめた人はいる。
阿南さん、は木の上にランディングしてしまい何時間か格闘して
自分で木から降りてきた。
その間誰も気が付かなかった。
その後すぐやめた。

本間君、足尾で飛んでいた時やはり一緒に飛んでいた。
彼はテイクオフの事故で亡くなった。
お葬式にも行った。

みつき、伊豆の今井浜フライングスクールで一緒に練習していた。
彼は私より経験のあるパイロットだった。
ある日新聞に事故のことが書かれていた。
彼は確か私より20歳は若かった。

太田君、
ある日偶然に彼のフェイスブックを見つけた。
そこに車いすに乗った写真があった。
それが2023年頃、
彼のフェイスブックは2025年で止まっている。
どうしているだろう?

それから先日の板垣さんの事故だ。
事故は起きる
それは仕方ない。
どこにいても人は死に出会う
何もしなくてももうじき私も行くだろう
もう父の年齢を超えてしまっているし

私もあのハングの事故の時に死ななかっただけだ。
あの時行っていてもおかしくない。
その事故の後1年くらいでやめた
事故のせいじゃない
飽きただけだ。

6/06/2026

板垣直樹さん事故

さっき私がハングをやっていた筑波のNASAというスクールから
フェイスブックでお知らせが来た。
板垣さんがヨーロッパの事故で亡くなったという知らせだった。
板垣さんは世界的ハングフライヤーだ。
確か昨年もヨーロッパの大会で優勝していた。

板垣さんは私がハングを習った先生だ。
当時、私より10歳以上若かったと思う。
いや20歳くらい若かったかもしれない。
とにかく元気な人だった。

私が一番最初に山から飛んだのは山形の十分一山だった。
その時皆で一緒のバスに乗って出かけた。
人とハングで2台のマイクロバスで行ったように思う。
十分一山のテイクオフは見渡す限り畑で、どこに降りても
良さそうなくらい広々したところだった。
皆並んで順番に飛ぶわけだけれど、下のランディングに板垣さんがいて
無線で生徒に指示を出していた。
私は3本飛んだ。
1本目、2本目は問題無く飛んでランディングした。
2本飛べば試験はOKなのだけれど、
3本目を飛ぶ時間があったので、どうするかを聞かれた。
というのも試験中に危険な行為があった場合、試験は通らないから。
無理して3本目を飛んで何かあったら試験中止になってしまう。
しかし学生の連中は皆3本目を飛んでいた。
それで私も飛ぶことにして、テイクオフで風が来るのを待っていた。
もうだんだん風が弱くなってきていて、ほぼ無風だった。
でも無風で飛ぶのは何度も練習してきていた。
それで今だと思った時に走り始めた。
しかし機体は浮かずそのまま斜めの崖を滑り落ちてしまった。
しかも歯が1本欠けた。
その時やめとけばよかったと後悔した。

それで宿に戻って今日の結果の発表があった。
私はダメだったろうな、と思っていた。
しかし板垣さんは先の2本が良かったからOKと言ってくれた。

その板垣さんが亡くなった。
ちょっと信じられないニュースだった。
まだこれからなのに。
板垣さんは豪快な笑い方をする人だった。
その笑顔が忘れられない


 

5/31/2026

スペース・シャトル「チャレンジャー」の事故

 YouTubeの紹介で回ってきた映像を見た。
それはチャレンジャー号の事故の様子をヘリコプターから
撮影したものだった。
この映像を見るのは初めてだった。
何度見ても恐ろしい事故だ。
この映像のコメントをずっと読んでいた。
多くの人が同じことを言っている。

一番多いのは子供の頃この中継を学校で見ていた、というもの。
アメリカのほぼ全ての学校でこのリアルタイムの中継を見ていたらしい。
彼らは事故の瞬間をテレビで見ている。しかし何が起きたかを理解できなかった。
そして先生たちが狼狽し泣いているのを見た。
多くの子供がそれを見てトラウマになった。

このレポートをしている記者が
Obviously a major malfunction(明らかに大きな故障)と言っているが、
誰かがそれを「最大の控えめな表現」と言っている。
同じことを何人もが言っている。
これはそのレポーターが混乱の中でも冷静なレポートをしたという意味だ。

それからチャレンジャー号は爆発していないということ。
映像からもそれがわかる。
チャレンジャーはまっすぐに落ちて行っている。
それは非常に恐ろしい状況を予想させるのだが、
何人かはそれに言及している。

チャレンジャーからの最後の言葉
"Roger. Go with throttle up" 了解スロットルアップで行け
という言葉も何人も言及している。

この映像のコメントを1時間くらいスクロールしながら読んでいたけれど、
いつまでたっても終わらないので、途中であきらめた。
全部で1万件くらいのコメントがあるらしい。





5/29/2026

Chat-GPTはなぜ児童相談所に連絡させたか?

この答えは簡単だ
Chat-GPTが人間を知らないから。
もっと言うならChat-GPTは日本人を知らないから。
あるいは日本での生活を知らないから。
あるいは日本の社会を知らないから。
あるいは日本の社会で児童相談所に子供が連絡したら
どうなるかを知らないから、
そしてそうなるとその家庭がどうなるかに考えが及ばないから。
全部知識としてしか知らないから。
Aiは何でも知って万能だと思い込んでいると、彼(?)が単に
コンピュータであることを忘れてしまう。
だから勉強や仕事以外の生活にかかわることを
Chat-GPTに聞いてはいけないと思う。
今回の事件をOpenAIが教え込んだら少しは利口になりかもしれない。

私は何度かChat-GPTを使ったことがあるけれど、
あの違和感は人間を相手に話しているのではないということ以上に
彼があまりに冗長なことにもある。
あれは、ある人と会話していて全然こっちのことを聴いてないな、
と感じるのに似ている。
こっちのことなど考えていない、ということを心にとめておかないといけない。

自分の分身としてのAiを作ったらどうだろう、
自分のありとあらゆる情報を覚えこませて、
思考方法も教え込んで
趣味趣向も教えて、
例えばここに書いてきたことなども全部教える
ついでにそお話の裏にどういう理由があったのかも
密かに伝えておく。
そういうAiを作ったら何かの時に役にたつかもしれない。
あるいは何を聞いてもまともに答えられないかもしれない。
どちらにしてもChat-GPTよりは人間らしいと思う。





5/27/2026

宇宙望遠鏡

 今では多くの宇宙望遠鏡が設置されているので、
ハッブル宇宙望遠鏡はもう古いものになっている。
もう30年前に打ち上げたものだ。
早いものだ。
打ち上げ時の解像度の失敗のことなど
まだそんなに昔のことには思えない。

それから多くの望遠鏡が打ち上げられ、また中止され
今では12台くらいの望遠鏡が空の上にある。
それで最近知ったことは、
私は宇宙望遠鏡はみな地球の周りの軌道上にあると思っていた
のだけれど、そうではなく太陽を越えて反対側の
ラグランジ点に設置されているものもあるらしい。
ハーシェル宇宙望遠鏡とかジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡
がそうらしい。
ということは、地球からものすごく離れたところで
太陽の周りを公転しているみたいだ。
150万キロ彼方らしい。
なるほどそうすると地球の雑音からは遠く離れて
静かに観測できそうだ。
でも何か起きた時は修理をするのに一大宇宙旅行になりそうだ。


雪の中山峠まで

 昨日はYouTubeで札幌から中山峠までのドライブ映像が
あったので見ていた。
札幌から峠まで約30分の映像。
ん?ちょっと待て実際は何分くらいだったろう?
1時間はかかったと思うけど。

冬のドライブだった。
映像を見ると広角画面のせいか速度が速いように思った。
いや、実際あの早さなのかもしてないが、
スパイクの頃とあまり変わらないように思える。
スタッドレスタイヤってそんなに制動がいいのだろうか?
すれ違うトラックが怖い
そっちの轍だじょうぶ?と思ってしまう

札幌を出て石山を越えると景色は50年前と変わらない
ように思える。懐かしいとか思い出すとかではなく
全く変わっていないように思う。
昔もこの道だった
雪のドライブはいい
どこに行くかわからない幻覚に陥る
夜はもっとだ
吸い込まれるような、飛んでくる吹雪
あれはちょっとしたトリップだ

中山と峠までの道はほとんど覚えている
カーブもその先も
峠のドライブインも、あれは昔のままなんじゃないか?
昔もちょっとがっかりするような小さなドライブインだった
今も変わらない
とりあえず「あげいも」を食べる
それだけだけど
向こうは函館までノンストップ、
こっちは札幌の家までノンストップだ。



5/25/2026

清里行ってきた

友人のWilliam Hamesがライブで歌うので伴奏してくれと言われて
伴奏しに行ってきた。
場所は萌木の村とかいうお店がいくつも集まった公園のような
きれいな場所だった。
その中央に広場があり、そこのステージでやることになっていた。

友人はそこに招待されステージをやることになったようだ。
一人ではやれない、とか言って伴奏をすることになった。
1時と3時に2回やることになっていたけれど、
2回目は雨のため中止になった。
セットリストは
Honky Tonk Woman
Dont' think twice
I shall be released
Me and Bobby Mcgee
Will the circle be unbroken
Knock on heaven's door
Forever young
それとCountry road take me home
私は何かを一度間違えた。
でも友人がカバーしてくれて無事?だった


Williamと二人だけでステージをやるのは初めてだ。
ほとんどバンドでやってきたのに皆と一緒だった。
今回私は伴奏と少しハモを入れるだけだったので楽だった。
だけどWilliamはどうだったろう?
一緒にいると少し緊張しているように感じた。
まあ、でも彼は歌は慣れているので何も問題無かった。

そのライブのプロデュースをしていた女性が
とてもユニークな人で、ああいう人はあまり会ったことが無い。
その人が前日の夜に連れていってくれたお店がまたユニークだった。
店も店長も70年からそのままのような感じだった。
「ああ、こういうお店、昔はよく行ったなあ」と思った。
その店長とWilliamのセッション




清里への行き帰りは渋滞でちょっと疲れたけれど、
意外に疲れは残っていない。
しかし前後を車に挟まれて高速で走るのは緊張する。

全行程を終えて家に帰ったのはちょうど夜の十時だった。

5/20/2026

最近時間がおかしい

 今日は木曜日だと思っていたら水曜日だった。
そういうことが何度もある。
逆は起きない
つまり木曜日だと思っていたら金曜だった
ということは起きない
これは何だろう?
気分的には得をした感じなのだけど

5/18/2026

突然思い出す記憶

 ヴェイロン・ラクロアって何だっけ?
さっき急に浮かんだ。
ナントカ、ヴェイロンラクロアだ。
癪だけど検索した
そうだ、ロベール・ヴェイロン・ラクロアだ!
誰だっけ?
ピアニストだ。
そうだピアノ伴奏でよく聞いた名前だった。
メインの演奏家としてはあまり聞かなかったように思う。
例えばアルトゥール・グリュミオ、ピエール・ランパル
ソチエタ・コレルリなんかの名前と一緒記憶していた。
どうもピアノというよりクラブサンの奏者として有名だったみたいだ。

もうひとつ「たんす歩道橋」だ。
もうあんまり都内には行かないし、都内の交通情報も聴かないから、
どこだっけ?
と、すぐには思い浮かばなかった。
使わないと記憶は奥の方にしまわれてしまう。
六本木ね
IBMがあったとこだね。
あの歩道橋を渡ったことはあるだろうか?
たぶん無い
道のどっちか側を歩いていたから
たんす歩道橋ね
覚えておこう

5/17/2026

スチームパンクな夢

 というか、スチームパンクはかなり夢に近いと思う。
造形物にしてもそうだけど、映像になるとこれはほとんど
夢だ。

AIが作り出した架空の創造物だから
それが何かはわからないでも
それは夢の創造物に近い。

私の夢にはよく青空と星空が出てくる。
青空には何か浮かんでいる
真っ白な何か
それが何かはわからないけれど、巨大なもの
星空もよく見る
星は満天の星で星座を形作っている
それをじっと見ていると
星々が動き始める
星々はそれぞれ色が付いている
時々その中に巨大な宇宙船のようなものが現れ
私は家の陰に隠れて見ていたりする
それと電車だ。
本当に毎回のように電車が出てくる。
どこか遠くの街にいる。
そこから家に帰りたいのだけど、どこをどう帰っていいかわからない
たいていは雰囲気は栃木とか埼玉とかだ
どこの駅から何線に乗ればいいかわからない
あるいは路線を間違えて全然別なところに行ってしまう。
あるいは切符を買う場所が無い。
そうだ、夢の中では必ず切符を買わなければいけない
PASMOで乗るなんてことはできない。
家に帰り着いたことが無い
それどころか最後までどこにいるのかわからない

それと駅だ
駅の構内
各プラットフォームに行く通路
渡り廊下
何番線なのかわからないホーム
ホームの途中から止まる電車の行き先が違っている駅

夢の渋谷駅で降りてどこかの店で何かを買わなければいけない
という夢があった。
渋谷で降りるのだけれど、全くわからない。
知らない街
記憶をたどり、青山通りを行けばお店があるはず
だけど青山墓地のような場所に出る
すこし高くなっていて坂の向こうにビル街が見える
そっちに行こうと思うのだけど
途中でいくつもの路地に分かれていて
どこを行けばいいかわからない。

だいたいそんな感じの夢だ。
でもそういう夢で迷っているのはまだいい夢だ
仕事のことで責められる夢よりずっといい







5/16/2026

ライブで歌う

コマツことWilliamという友人が清里で歌を歌うのだけど
一緒にやらないか?
と言ってきた。
別に何の問題もないので「いいよ」と言った。
考えてみると人前で歌うのはたぶん5年ぶりくらい。
最後はデュエットで歌っているルー&クリポンという
イアンとシルビアのトリビュートバンドに招待された時だ。
招待と言っても1曲歌ってと言われてJohn Stewartの歌を歌った。
それがたぶん5年くらい前だ。
その前は亡くなった松尾のバンドに参加した時だから、もう7年くらい前だ。

それで来週清里に行って二人で演奏する。
と言ってもメインは彼なので私はギターを弾いて
ハモをちょっとやるだけ。
コマツと二人でやるのはたぶん20代の頃に三鷹の家で
練習したときくらいだ。
コマツ、William Hamesは今は著名な写真家だ。
The Bandのラストワルツの時代からロックミュージシャンン
の写真を撮っている。
多くのレコードジャケットのカバー写真もやっている。
当時憧れたミュージシャン達の写真を撮っている。
考えてみるととても不思議だ。
あの頃の仲間が、憧れだったロックバンドの写真を撮っている。

彼とやる曲はその昔一緒にやっていた曲だ。
たぶん練習一切無しでもエイヤーで歌えると思う。
しかし、先週練習したことをもう既に忘れている。
あの歌の出だしはどうやったっけ?
と思い出せない。
重症だ。
電話で前の日に現地でちょっと練習しよう
ということになった。

しかし一体どういうシチュエーションで
どういう人たちの前で演奏するんだろう?
彼の関係だから音楽関係だろうか、
そうだとすると緊張するな。
有名な人とかいたらまずいな

逆に昔のロックを知らない人ばかりでも困る。
「あの人たち何歌ってるの?」ってことになるかも。
昔キングストン・トリオのカバーバンドを学生の時に
先輩の人たちとやっていたことがある。
ある日、知らない人の結婚式に呼ばれて
歌を歌うことになったので、キングストンの歌を何曲か歌った。
それで最後に新婚夫婦からリクエストがあって
トワエモアの「空よ」をやってくれということになった。
それをなんとか歌って帰る時に、
どうも何かおかしいと気が付いて、
呼ばれたのはキングストントリオのカバーじゃなくて
キングトーンズのカバーバンドだったのではないだろうか?
と私は思った。
先輩にそれを言ったらしばらく黙って考えていて、
「帰ろう!急いで!」と3人で急いでそこを離れた。
ということがあった。
一般の人は恐ろしい。