座って向かい側の席を見ていたら思い出した。
学生の頃、やはり電車の中でこんなふうに向かいの席を眺めていたことを。
友達の家に泊まって次の日にまた新宿に戻る時だった。
だんだん人が乗って来て、向かい側にスケッチブックを持った男の人が
座っていた。
彼は他の乗客を鉛筆でスケッチしていた。
それをずっとやっていた。
友達が「あの人よく見かける人なの」と耳元で言った。
「へえ・・」と僕がこたえた。
「うまいのかな?」僕が言った。
「一度のぞいたことあるけどうまかったわよ」と友達。
そうなんだ、あの頃は携帯もスマホも無かったから、
もしあったら彼女は僕に話しかけることもなくスマホをいじっていたと思う。
僕にしても同じだ。
その時に僕は思った。(そのことをはっきりと覚えているのだが…)
『このシーンをいつか思い出すことがあるだろうか?』
『向かいの窓に陽が差し、僕は友達と二人で座っている。』
『友達は僕のことをそれほど好きでもないのに』
『こうして朝の通勤電車に一緒に乗って学校に向かっている』
『この一瞬がとても愛しい。』
そのシーンをこの言葉と共に胸に刻んだ。
それを思い出した。
冬だった。
夜に友達の家に一緒に帰り、
僕らはコタツに向かい合わせに座って
そのまま朝を迎えた日だった。